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7 主のテリトリー⑥

 るりは今、少し前に結木が移植した苗木の前でしゃがんでいる。


 あれから結木は、さすがに少し疲れたので昼飯まで1時間くらい休みますと言い、隣室にこもった。

 床をのべ、本格的に眠るつもりのようだ。

 昨日の今日だ、起きていては辛いだろうくらいの察しはつく。わかりました、ゆっくりなさって下さいと笑んで見送ったが、寂しいのは否めなかった。

 母屋の客間へ戻ろうと思って立ち上がったが、ふと、さっき植えたメタセコイヤの苗木が気になった。

 ダイニングは庭に面している。

 昔風のガラスのはまった引き戸の向こうは、楓と小さな石灯籠のある庭になっている。さっき苗を植えたのは、そちらとは反対側の特に何もない場所だ。

 るりはそっと引き戸を開け、庭へ出た。

 メタセコイヤの幼い苗は太陽を浴び、元気に葉を伸ばしている。

 この苗木があの健気な美少年と同じだと言われてもピンとこない。彼の弟とか妹的存在と言われた方が、まだわかる。

(あれ?でも考えてみれば。これは自家受粉した種から育った苗、だったっけ?だったら彼の子供じゃないの?)

 人間の感覚ならそうだが彼らは違うのだろう、よくわからないが。

(親子とか兄弟とかが、そもそも感覚としてないのかも。挿し木で増えた個体なんか、親も子もないよね。あれ?でも……この場合は元の木が『親』にならないのかな?)

 首を傾げていると

「巫女姫」

 と声をかけられ、驚く。


 見ると、少し離れたところに人懐こい笑顔を浮かべ、大楠が立っていた。

 今日の彼は紋付き羽織袴ではなく、渋めの緑のポロシャツにベージュのコットンパンツだった。昨日の野崎氏の服に似たような雰囲気の、垢抜けているとは言えないがそれなりにきちんとした普段着、という感じだ。

「草仁さんと話したいと思って参りましたが……」

「寝とるみたいやな」

 大楠の後ろからナンフウが現れ、言う。昨日と同じカモフラのベストにカーゴパンツだ。

「やっぱりお疲れなんですね」

 ナンフウから一歩下がった辺りから声がしたと思うと、そこには津田高の標準服姿の遥が立っていた。

 さすがと言うべきなのか、彼らがそばに来ても気配らしい気配はしない。彼らが来ているなんて、声がする直前までまったくわからなかった。

「こんにちは」

 るりは立ち上がり、木霊たちに挨拶した。大楠は笑みを深め、会釈する。

「遥くんの苗が野崎の敷地になじみましたので、三人で参りました」

「楠と和棕櫚は元からこの敷地におるからな。ここの敷地には元々『おもとの泉』があるから我々も動きやすいねん」

 泉が生きてた頃とは比べもんにならんけど、とナンフウは軽く笑う。

「でも、やすんでらっしゃるのなら出直しますか?」

 遥の言葉にナンフウは諾う。

「ああ、その方がエエやろな。あれで昨夜、けっこうシンドそうやったし」

 大楠はうなずき、るりへ向き直った。

「巫女姫。ではあの方が目を覚まされたらお伝え下さいませ。今後の話をしたいので、宵の頃に三人で参ります、と」

 わかりましたと諾うるりへ、大楠は頬を引いて真顔になる。

「巫女姫もかなりお疲れのご様子。少しやすまれた方が良さそうですね」

「え?そうでしょうか?」

 今朝はいつもよりかなり朝寝をしたし、特別疲れている自覚はない。

「草仁さんがおやすみになっている間、巫女姫もおやすみになって下さい。……月の御剣がいつまでも大人しくしているとは思えませんし、やすめる時にやすんで下さいませ」

 失礼します、と言うと、大楠は大きく武骨な手をそっと差し出し、るりの目の辺りを覆った。

 途端に薄荷に似たすうっとした香りがかすかに鼻に抜け、急速に身体から力が抜けた。膝が崩れそうになったところを、すかさず大楠が支えてくれた。

「離れにはもう一組、布団、あったな?」

 大楠の声がぼやけてゆく意識の向こうでした。

「あった筈です。ダイニングの方にでも用意しますか?」

 珍しく丁寧語で話すナンフウに、大楠がうなずく気配がする。

「遥くんは草仁さんにフィトンチッドを。物音で目ェ覚ましはったら気の毒や」

 優し気な大阪弁で大楠は言った。半分まぶたを閉じながら、ああ、普段の彼らはやっぱり大阪弁なんだとるりは思った。

 イントネーションのかすかなゆらぎ以外、大楠も遥も方言を感じさせなかったが、それは気を張って敬語を使っていたからなのだろう。

(大楠さんも遥くんも、みんな大阪弁で話してほしいな……)

 ナンフウさんだけでなく。

 知らず知らずのうちに大楠にもたれかかり、るりは思った。


 大樹の乾いた幹にもたれかかるような気分でるりは、深い息をつくと静かに目を閉じた。


 

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