6 戦闘開始⑤
辺りがすっかり暗くなった頃、車は無事、小波へ着いた。
いかにも都心部から離れた郊外の町という雰囲気の、車がやっとすれ違える程度の幅しかない住宅街の道をゆっくりとした速度で進む。
「そろそろ目的地ですね。白塀が見えてきました」
いくつか角を曲がったところで、結木は言った。
車のヘッドライトに照らされ、白い塀が眩しく光る。
徐行でしばらく進むが、白塀はいつまでも続く。ひょっとして地元の名刹か何かだろうか、とるりは思った。
車が止まる。
白塀の方から誰かが近付いてきた。
「草仁さん」
穏やかな声が呼びかけてくる。常夜灯の光を斜めに浴びた、整えられた白髪の上品そうな老紳士だ。
襟がよれていないポロシャツにきちんとした仕立てのコットンパンツという、普段着ながらくだけ過ぎていない服装だ。彼がおそらく野崎氏だろう。
「こんばんは。車はいつものところでかまいませんか?」
運転席の窓を開けて結木が問うと、老紳士はうなずく。
「ええ。お帰りなさいませ」
車から降り、るりは改めて結木から老紳士へ紹介された。
「こちらは神崎るりさん。月夜見命を氏神に持つ月の一族の、おそらく最後のおひとりだと考えられる神鏡の巫女姫でいらっしゃいます」
諸々の経緯から自分はどうやらそうだとしか考えられないが、るりとすればこんな紹介をされるのは変な気分だった。
もっとも苦情を言うつもりはないし、他にこの老紳士へどう自分を紹介するのが正しいのかも、よくわからない。
「神崎と申します、突然のことで申し訳ありません。今後色々とお世話をかけてしまいますが、どうかよろしくお願い致します」
るりは当たり障りのない、最低限の挨拶をした。
老紳士は目許にしわを寄せて笑んだ。もの柔らかなそのたたずまいには、職業的に訓練されたそつのなさを感じる。
「お初にお目にかかります。野崎と申します、神鏡の巫女姫。結木さんから少しはお聞きになられたでしょうが、私の一族は初代おもとの守といえる龍神使いの親戚筋に当たります。この地で代々、泉の管理を担ってきた一族でもあります。古い言い伝えでしか存じ上げませんが、神鏡の巫女姫とお会いできて大変光栄でございます。大したおもてなしも出来ませんが、どうぞごゆるりとご滞在くださいませ」
野崎氏の非常に丁寧な挨拶に、るりはうろたえた。
「あ、いえその、あの。すみません、私……」
「松英さん。実は神崎さんはつい最近、ご自身が神鏡の巫女姫だとお知りになったばかりで色々なことに戸惑ってらっしゃるんです。ご自身のお立場にも全然慣れてないでしょう。だから松英さんは、出来れば親戚のお嬢さんを預かる程度の感じで、この方に接していただけませんか?」
結木が、困っているるりに代わって口を添えてくれた。ショウエイ、と呼ばれた野崎氏はうなずく。
「わかりました。では草仁さんに準ずる形で」
「う?う、うーん、わかりました。ではその辺りでお願いします」
少し困ったように結木は一瞬詰まったが、諦めたような妥協したような感じでそう答えた。
荷物をお持ちしましょうと言う野崎氏の申し出を慌てて断ると、ボクが持ちましょうと結木が、さっさとるりの荷物の中で一番大きいトートバッグを持つ。断るのも遠慮するのもなんとなく疲れてきた。甘えることにする。
白塀に沿ってしばらく進むと、通用口らしい木戸が見えてきた。かすかにきしみながら木戸は開く。水と土のにおいがした。
「こちらです、どうぞ」
よくわからないまま、るりは木戸をくぐった。
思わず深呼吸をしていた。
敷地内の空気は、明らかに外と違っていた。例えるのなら、古くからある神社にも似た清らかな空気が満ちている。結木が説明してくれた。
「野崎邸の敷地は一種の聖域です。祀る神はもはやいてはりませんが、神様との浅からぬ縁は土地そのものに色濃く残っていますから」
野崎邸、と聞き、るりは驚く。
「こちらは……その。野崎さん個人の、お宅、なのですか?お寺さん、とかじゃなくて?」
るりの問いに、結木は軽く声を上げて笑う。
「ええ。そうです。こんな下町で常識外れに大きいでしょう?維持管理するのん、さぞかし大変やと思いますね。こちらのおうちはずっと『おもとの泉』を、泉のそばで管理してきはったんです。代々、泉を含めた土地丸ごと、自宅の敷地として管理してきはったんですよ」
「まったく。税金の為に働いてきたようなものですよ」
先導するように歩いている野崎氏が、情けなさそうにそう言った。




