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6 戦闘開始④

 辺りが薄暗くなってきた。

 休憩を兼ね、予定していたサービスエリアへ寄る。何か軽いものを食べておこうとも、すでに車中で話している。

 今のところ怖いくらい順調だ。

「月の巫女姫に本気で叱りつけられて、かのお方もさすがにビビってはるんでしょう」

 冗談めかした言い方をするが、結木もどこかホッとしている様子だ。

 車を降りて建物へ入り、るりはぎょっとした。

 明るいところで見ると結木の顔色はかなり悪かったし、前髪で隠しているからわかりにくいが、傷が朝より大きく盛り上がっている。

「ああ、さすがにちょっと痛んできましたねえ。松の木さんにいただいた松脂の力が切れてきたのかもしれません」

 るりの視線に気付き、結木は苦笑いする。

「もう半分以上道を進んでいますから、なんとか()つでしょう。あっちに着いたら手当てしてもらいますからご心配には及びませんよ」

 そうは言うが、イートインコーナーでかけそばをすする彼に昨日のような健やかな食欲はない。

 たった一杯のかけそばでさえ持て余している雰囲気に、るりは更に心配になる。せめて高速を出るまでは運転を代わりたいと思っても、免許を持たないるりにはそれすら出来ない。

「いや大丈夫です、疲れが出てきただけですから」

 そう言ってほほ笑む彼の頬が、いつもよりも青白い。


 それでも食事を摂ったお陰か、少し元気が出てきたらしい。

 サービスエリアに着く前は黙りがちだった結木も、例ののんびりした口調でおしゃべりを再開した。

「ウチの産土神は通称として『オモトノミコト』とお呼びしてますけど、実はお名前があってないようなお方でしてねえ」

 相変わらず突拍子もない事柄を、ごく普通の出来事として彼は話す。

「あの方は正直()うて、人間サイドの感覚では神様とお呼びしてエエのかどうか微妙なお方です。もちろん決して邪悪なお方やありませんけど、慈愛に満ちあふれたお方でもありません。向き合う人間の性格っちゅうか本性っちゅうかによっても、微妙に変わってきはりますしねえ。ま、考えようによったら神様っちゅうお方は、そういうものなのかもしれませんけど」

 聞き流しそうになったが、るりはふと違和感めいたものを感じた。

「向き合う、人間によるって……?」

 結木は前を向いて運転したまま、かすかに苦く笑う。

「文字通り『向き合う』必要があったんですよ、かの方とは。それが泉……『おもとの泉』の番人である『おもとの守』の一番大事な務めでした。泉が己れの番人の候補者を選び、番人候補者は神様に認めてもらって初めて『おもとの守』になるんです。なった後も年一回は神様に挨拶して、番人に相応しい人格をちゃんと保ってるか見極めていただいて、引き続き守を務めていいのかお許しをいただくのがならいになってました。そのかわり……って()うのもなんですけど、自分の努力だけではいかんともしがたい事態の、収拾や改善をかの方へ願うことが可能でした。そもそもは泉をもたらしたとされる、後に龍神使いと呼ばれることになる男が村の為に水を望んだのが、この(えにし)の始まりやと伝えられてますし」

 水を含んだ土の濃いにおいが、るりの鼻先へ不意にきた。

 民話のようなおとぎ話のような、まったくつかみどころのない話だったが、不思議とリアリティが感じられた。懐かしい、と何故かるりは、胸の奥で思っていた。

 神が人と共に暮らしの中に息づいていた時代の息吹を、その土のにおいと共にるりは感じた。

 結木はハンドルを切りながら、こう話を締めくくる。

「つまりボクの()うてた『この世ならざる喧嘩相手』はオモトノミコトのことです。邪悪やないけど決して優しい訳やないこのお方と対峙するのは、どこまで己れの正気を保てるかという戦いでもあるんです。かの方に呑まれて正気を失った者は、少ないながらいてます。記録にも残ってますし……ボク自身も知らん訳ではないんです」

 最後の言葉に苦みが混じる。

 『結木さんの夢に出てきた、あの髪の長い女性がそうなのですね?』

 だがその問いは、結局るりの咽喉から発せられることはなかった。

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