6 戦闘開始③
今後を軽く打ち合わせ、電話番号を交換し、るりは事務所へ急ぐ。
鍵を開け、一通りの朝のルーティンを急いで済ませ、出勤してきた大野所長へ有給休暇の申請をする。
理由としては、今は介護付き住宅で暮らしている母方の大叔母の容体が急に悪くなった、ということにした。
親兄弟も祖父母も早くに亡くし、一番近しい親類がその大叔母だということは大野も知っている。
るりは、今日明日すぐどうなるという感じではなさそうだが高齢なのでいつ最悪の事態になってもおかしくない、祖父母の死に目に会えなかった悔いもあるので今度はそばにいたい、だから一週間ほど休ませてほしい、と、虚実を混ぜて大野へ頼んだ。
追い詰められた顔をしていたからだろうか、それとも違う理由があるからだろうか、意外なほどすんなり大野は有休を認めてくれた。
大急ぎで引継ぎの書面を作成し、アルバイトの老人たちにも事情を話して頭を下げ、預かっていた事務所の鍵を大野へ返し、職場を後にしたのは昼前だった。
自宅に帰り、出かける用意をする。
食事の支度にあまり時間をかけられないので、コンビニでおにぎりを買ってきた。
用意が一通り済んだ後にお茶を入れ、おにぎりを飲み込むようにして食べてしまう。
後片付けをした後、ガスの元栓など火の元を念入りに確認する。
彼らがその気になれば、るりの部屋を燃やすことなど造作ない。
普段以上に狂っている彼らだ、『るりの部屋を燃やす』ことで隣近所へ厄災をばらまくくらいのことはしそうだ。それを直接止めることは出来ない。
でも、今の時点でるりに出来ることはしておきたい。
『自分が』念入りに確認をすることで、少しは彼らへの牽制になる気もした。
午後二時過ぎ、仕事を終えた結木が迎えに来てくれた。
朝、いったん宿泊所へ戻って身支度すると言っていた通り、初日に見たスーツをきちんと着込んでいた。
「お待たせしました。お休みが取れたようで良かったです」
言いながら彼は、いつものようにふわりと笑う。
「どうぞ。仕事用の、夢もロマンもない土くさい車ですけどエンジンは快調ですよ。問題なく進んだら、夕方過ぎには小波に着くでしょう」
「よろしくお願いいたします」
荷物を抱え、緊張しながらるりは言った。
父や祖父以外の男性の車に乗せてもらうのは、考えてみれば初めてだ。
修学旅行の類いも、思えば行ってない。
アレが暴れるのが怖くて、こういう学校行事は理由を付けて参加せずにやり過ごしてきた。関東圏を出る事すら、生まれて初めてだ。
「さあ、行きましょか。当面は、長めのドライブやとでも思って肩の力を抜きましょう」
笑みを深めて促す結木へもう一度頭を下げ、るりは車に乗り込んだ。
今後の予定やら何やらを、雑談をまじえながら彼は話す。
「神崎さんに泊まってもらうのは、ボクが中二の頃からの知り合いでずっと世話になってる、まあ、地元の名士とでもいえる方です。前にちょっと話した『おもとの守』の中心的な人物を輩出してきた血筋の方です。今年で70歳くらいになりはるかな?その方と奥さんの二人暮らしなんですけど、広い屋敷やしお客さんの接待にも慣れてはるおうちですから、お気兼ねなく。ああ、ボクもしばらく、そちらの離れでご厄介になる予定です。自宅には今、両親がいないんですよ。まあ、いてたとしても説明出来ん事態ですから、理由をでっちあげて野崎さん、その名士のお宅でご厄介になるつもりでしたけど。両親は祖父母の世話と介護で、ここ半年ほど田舎に帰ってましてね」
ボクのうちは小波の地元民とはいえん、ヨソモノなんですよ。ナンデこの土地とここまで深い関りを持つ羽目に陥ったのかと、十代の頃は恨みがましく思いましたねえ。
そう言って彼は軽く笑う。
「じゃあその、ご両親は結木さんのお立場とか……」
るりが訊くと、彼はあははと笑って
「両親は、息子の『お立場』はしがない契約講師やりながら教授の鞄持ちやってる、おまけに樹木医なんてマイナーで儲からん仕事やってる、変人やと思ってるでしょう。実はメルヘンな能力持ちやとは、当然、夢にも思ってません」
と言った。
(……笑い事じゃない)
近しい人にわかってもらえない、辛さやもどかしさは身に沁みている。
でも笑い事にでもしなければやってられない、気持ちもわかる。
この人はきっと、今まですごく寂しかったのだろうな、と、るりは心の中でそっと思った。




