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5 草原の夢の続き①

 駐車場まで歩いてゆき、結木の軽自動車に乗せてもらって近くのファミリーレストランへ行く。

 薄暗い公園に目が慣れていたるりは、明る過ぎる照明と強烈な食べ物のにおいに軽い吐き気を催した。飢えているレベルでおなかが空いているのにもかかわらず、一気に食欲が無くなった。

 窓際の席に案内され、向かい合って座る。メニューを開くが、どれも脂のしつこさが容易に想像できる料理で、胃酸が逆流してきそうだった。

 結木は楽し気にメニューををめくり、ハンバーグとエビフライを盛り合わせたメインに大盛りライス、コーンポタージュとサラダの小をつけると言った。

「神崎さん、決まりましたか?」

 水だけでいいですと言いたくなったが、さすがに何も食べないのは良くないだろう。メニューの隅に小さく載っている、海老ときのこの入った雑炊を頼むことにした。

 料理をが来るまでの間、仕事の話を軽くした。流れで、いつ頃くらいに暇になるかという話もする。

「暇と言えばいつでも暇で、忙しいと言えばいつでも忙しい、そういう職種なんですけど……」

「ああ。生きてるモン相手ですし、天気や気侯次第で変わる部分の多い仕事ですから、そうなるでしょうね」

 煮え切らないるりの言葉を聞いても、嫌な顔ひとつしないで結木はうなずく。

 つべこべ言ってないで今すぐ休みを取れ、と言い出してもおかしくない立場なのに、この人の許容範囲はよくわからない。自分が曖昧な態度を取っている自覚はあるくせに、るりは密かにそう思う。

 自分に一体何が出来るのか、そもそも出来ることがあるのか、るりには大いに疑問だった。

 この人の命をむざむざ奪われるつもりなどないが、夢の中以外でアレを制する自信など、るりには微塵もない。ただの足手まといになりそうで、正直怖い。

 それとは別に、『小波』という町そのものも怖かった。

 ほんの十年ほど前まで木霊がヒトとして暮らしていたという、いにしえの神の霊力(ちから)が色濃く残るであろう土地。

 そこに所縁のある結木と出会っただけで、るりの能力は活性化したのだ。小波に行けば自分がどうなるか……そして自分とつながっているアレがどれほど活性化するか、計り知れない気もした。

 だが他に選択肢などない。

 大楠のような常識外れの存在が(怨霊憑きの自分が言うのもどうかと思うが)ごく普通に存在した場所でなら、アレと戦えるかもしれない、気もする。

「……逆に、強引でも休もうと思えばいつでも休める、仕事かもしれません。所長に話して一週間ほど休ませてもらえるよう、手配します。明後日か明明後日(しあさって)からなら休めると思います」

 厳しいだろうなあと思いながらも、るりは言い切る。

 今までほとんど有休を取ってこなかったのだ。困った顔はされるだろうが、さすがに頭から駄目だとは言われまい。

 そうこうしているうちに料理が来た。

 結木は嬉しそうな顔で瞬くうちにサラダとスープを平らげ、メインのおかずとご飯を、今度はゆっくり食べる。

 るりは雑炊を、スプーンでゆっくり胃へ流し込む。

 食べられるか心配だったが、胃からじんわり身体が温まってくると、少しずつ吐き気もおさまってきた。

「小波には『おもとの泉』と呼ばれている、水量の豊富な湧き水がありましてね」

 エビフライにタルタルソースをつけて頬張り、咀嚼嚥下した後に彼は言う。

「ナンでも大昔に、水争いが起きそうなひどい干ばつがあったんだそうです。それを憂いた、後に『龍神使い』と呼ばれるようになる男が、水を下さいと神様に祈って湧いた泉やと言われてます。神様のお陰で湧いた泉ですので、神様の霊力を色濃く持った水が湧くんです。その水と、ナンといいますか相性っちゅうのか親和性っちゅうのかが、ある程度以上ある人間が泉の方から呼ばれて、泉の番人……『おもとの(もり)』って役に就くんです」

「……はあ」

 はあとしか言えない。昔話でも聞いている気分だ。

「ボクは最後の代の『おもとの守』の一人でした。守の代表者である『守のツカサ』に、どういう訳か泉に選ばれました。でもボクが就任して五年も経たんと泉に寿命が来て……さっき大楠先生が言うてはった事態になったんです。あ、大楠先生ももちろん、『おもとの守』の一人でしたよ」

 美味しそうにデミグラスソースのかかったハンバーグを食べながら彼は、実に当たり前のように、飄々と、不思議な話をした。冷静な時なら、この人には虚言癖があると警戒するであろう内容だ。

 が、散々不思議な経験をしてきた自分でさえ知らなかった、あれこれの不思議をたった今、目の当たりにしてきたばかりだ。少なくとも彼の言うことを、丸ごと受け入れようとは思っている。

「と、言いましても。町自体はどこにでもある、ごくフツーの町です。ボクとボクが関わることになった『おもとの守』関係のアレコレが、ぶっ飛んでメルヘンなだけなんです。中小企業が軒を連ねる、どっちか()うたら田舎の、地味で現実的な町ですよ」

 最初は、ナンでこんなややこしいことに関わるようになったんやろうと、それこそ神様を恨みました、と、食後にコーヒーを飲みながら彼は軽く笑った。


 食事を済ませ、結木の車で自宅であるワンルームマンションの前まで送ってもらった。

 すぐお風呂に入り、パジャマに着替えた頃には十一時近かった。

 色々あり過ぎた濃密な一日のせいで、さすがにるりはくたくただった。

 髪だけはなんとか半分乾かし、倒れ込むようにベッドへ入ると、瞬くうちに泥のように眠り込んだ。


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