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4 クサのツカサ①

「……哀しすぎます」

 結木がポツリとそう言った。声に湿り気を感じてるりは驚き、頭を上げて結木をちゃんと見た。

 結木の目は真っ赤だった。

「哀しいやないですか、すべてが。そもそも誰も悪くないですやん」

 そこで結木は言葉を詰まらせ、気を落ち着かせるようにゆのみを取り上げてお茶を飲んだ。

「そりゃあ、小学生の神崎さんに普通やない興味を持った、柴田とかいう男が一連のトリガー引いた犯人ですけど。公平に見て、殺されるほど悪いことはしてませんよね?だからと()うて、柴田をぶち殺したくなった神崎さんのお兄さんの気持ちも、わからんことないです。幼い妹がショック受けて寝込んでるんですよ?やり過ぎはやり過ぎですけど、ボクがお兄さんでも、出来たらやった、かもしれんと思います」

 結木は何度か大きな息をついて、真っ直ぐるりの目を見た。

「もちろん神崎さんにも何の罪もないです。神崎さんに人とは違う能力があったのは、生まれつきのことやないですか。普通では感じ取れんことが感じ取れるのが罪やったら、この世で生まれつき才能のある人はみんな、罪があることになります。天才ランナーも天才音楽家も、みんな罪があることになります。そんなアホな話、ありますか?」

「結木さん……」

 そんなことを言われるとは思っていなかったので、るりは正直なところ唖然とした。

 こんな忌まわしい女へ、同情とはいえここまで親身な言葉を言える人は初めて見た気がする。しかも、この途轍もない怨霊に命を狙われているというのに。

(ひょっとして、わかっていない?)

 そう思いつき、るりは恐ろしくなった。

 この人は、アレに命を狙われているという事態がどれほど絶望的か、きちんとわかっていないのだ。

「ゆ、結木さん……」

 しかし、これ以上どう説明すれば彼に伝わるのかるりには見当もつかず、絶句するしかなかった。

 結木は再び、椅子の背もたれに身を預けた。軽く目を伏せ、しばらく何か考えていた。

「わかってることを、整理させてもろてもよろしいでしょうか?」

 そう言い、結木は居住まいを正した。そして机の上に散らばっているコピー用紙を引き寄せた。

「まず神崎さんのお父さんも、子供たちほどではなさそうですけど能力を持ってはった。この能力は神崎さんのお血筋に現われる能力で、お父さんは一族に伝えられてるあれこれを、全部ではないけどご存知やった……と」

 彼は紙にさらさらと

『ミツルギ』『ゴリョウ』

 と書いた。

「多分ですけど、ミツルギは『御剣』……ゴリョウは『御霊』と書くんやないかと思います」

 彼はカタカナの隣に漢字を書いた。相変わらず美しい文字だ。こんな状況にもかかわらず、るりは一瞬、見惚れた。

「つまりお兄さんは……神道的に言うなら祟り神になってしまいはった、そんな感じでしょうか?もちろんボクは専門外ですし、かなりいい加減なあやしい知識になりますけど、確か祟り神と()う存在は、鎮めることが出来た筈です」

 菅原道真なんかが有名な例ですよね、と結木は言って軽く笑んだ。

「しず、める……」

 思いもかけないことを言われ、るりはぼんやりと結木の言葉をくり返した。

「ええ。残念ながらボクにはそんな力ないですけど、出来そうな知り合いは知らんでもない、といいましょうか?人間やないんですけど、いい意味で人間以上に人間らしい、博識で紳士的な方です。まずは彼を頼りましょう」

 人間ではない、人間以上に人間らしい……『彼』。

「それが……結木さんのおっしゃっていた、かつての『この世ならざる喧嘩相手』なんですか?」

 るりが問うと、結木は首を振った。

「いえいえ。彼とは、まあ口喧嘩くらいはしたことありますけど、どっちか()うとボクの恩師にあたるようなお方です。樹齢800年ほどの(くすのき)でね。楠なんですけど神社の神主やってたこともある異色の経歴をお持ちの方で……って、ああすみません、訳わからん話ですよね」

 結木は苦笑する。

「まあ、ボクも色々と胡散臭い秘密持ちといいますか、こちらの松さんが()うてはった『オナミのクサのツカサ』と呼ばれている立場の者でして。草木とある程度意思の疎通が出来る、そこだけ聞いてたらメルヘンチックな、ヘンなおっさんなんですよ。まあ、だからお陰で、ある程度は古いこともわかるんやないかと思うんです。……祟り神になってしまいはった、お兄さんを鎮める方法も、ね」


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