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3 るりの追憶③

 その夜以来、兄は目覚めなくなった。


 後で両親に聞いた話では、兄はいつもと特に変わらない態度で夕飯を食べお風呂へ入り、宿題も済ませて明日の用意をし、ベッドへ入ったらしかった。

 翌朝、いつまで経っても起きてこない兄を不審に思い、まず母が、次に両親共が兄を起こしに行った。

 しかし兄は健やかな寝息を立てて眠り込んだまま、ゆさぶろうが軽く叩こうが、決して目を覚まさなかったのだ……と。

 るりは回復してきた。

 しかし兄は眠ったままで三日経ってしまった。

 目覚めない兄の身体が衰弱しないよう、点滴をうちに来たかかりつけの医師から、大きな病院で診てもらうよう指示され、紹介状も渡された。

 父も母も、難しい顔をして黙り込んでいた。


 翌朝、日の出の頃にるりは起こされた。

 兄の病気を治せる場所へ行く、と言われた。病院へ行くのかと思ったが、父は違うと首を振った。

「神崎の先祖が住んでいた場所だ。明生の病気は、伝えられてきたミツルギではないかと思うんだ。急いで現世へ呼び戻さなければ、明生は死んでゴリョウになってしまう」

 父の話した言葉のすべてがわかった訳ではなかったが、ひどく切羽詰まった状況だということだけはわかった。

「だからるりは今から、川嶋のおじいちゃんおばあちゃんの家へ……」

「私も行く」

 父の言葉へ被せるようにるりは言った。いつもは大人しくて聞き分けのいい、るりらしくない態度だ。父は一瞬言葉を失くした。

「私も行く。行って、一緒におにいちゃんを呼び戻すの」

 兄が死にかけているというのに、自分だけおじいちゃんおばあちゃんの家でのうのうとしていてはいけない。その時るりは強くそう思った。

 父はしばらく黙ったまま、何かを考えるようにうつむいていた。息をつき、思い切ったように顔を上げた父は、とても厳しい目をしていた。

「わかった。るりもおいで。ただ、とても恐ろしい状況になるかもしれない。お父さんもお母さんも全力で頑張るけど、お前を守れる自信があるとは言い切れないんだ。ミツルギはミコヒメを傷付けることだけはない筈だけど、絶対そうだとも言い切れない。伝えられている話は切れ切れで、わからないことが多すぎるからね」

 謎めいたことを言い、父は苦く笑った。そしてるりの頭を撫ぜ、泣きそうに瞳をゆらすと

「ごめん」

 と、謝った。


 眠ったままの兄の身体を車へ運び、運転席の後ろのシートを倒して横たえる。シートベルトを、首に絡まないよう気を付けながらかけて固定し、薄い毛布で兄の身体を包んだ。

「るり。おにいちゃんの隣に座って、様子を見ていてくれないかな」

 るりはうなずき、助手席側の後部座席にジュニアシートを敷いて座り、シートベルトをかけた。

 兄は相変わらず眠っている。楽しい夢でも見ているように、口許がかすかにほころんだ。

 どこへ行くのかよくわからないまま、車は家を出発した。


 その後の記憶は曖昧だ。

 出発してすぐ、るりは猛烈に眠くなった。

 おにいちゃんを見ていなければ、と、必死で眠気をこらえていたが、すぐに意識が曖昧になった。


 よくわからない夢を幾つも見た。

 内容はほとんど覚えていないが、とても美しいこの世ならざる場所で、焦燥感に駆られながら何度も叫んだらしいことは、ぼんやり覚えている。

 それとは別に、奇妙に生々しい夢も同時に見た。

 夢の中には柴田がいた。

 ぼさぼさの髪で目の下に隈を作り、彼は、青白い顔でふらふらと町を歩いている。

 呼び止められたような顔をして、柴田は突然道の真中で立ち止まった。こぼれ落ちそうなほど大きく目を見張り、虚空へ向かって訳のわからない罵詈雑言を浴びせる。ひとしきりわめいた後、彼は突然走り出した。

 古びた雑居ビルの入り口へ飛び込み、息を切らせて彼は必死で階段を駆け上る。

 息を乱しながらも、彼は時折後ろをふり返っていた。恐怖に引きつった顔で小さな悲鳴を上げ、もつれた足で更に階段を上り続ける。

 るりはその様子を、さながらテレビドラマでも見ているようなアングルで、ぼんやり追っていた。

「いやだ、いやだ来るなあ!」

 最後に大きな声で叫ぶと、彼は、廊下の突き当りにある窓へ力任せに体当たりをし、落下した。

 落下した彼がその後どうなったのか、見ることはなかった。


 すさまじい衝撃。

 左半身へ、叩きつけられたような痛み。

 るりはハッとして目を開ける。

 

 視界が左に90°、傾いていた。


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