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2 悪意は蠢く⑤

 結木はこぼれ落ちそうに目を見張った。

「え?」

 ぱしぱしと彼は、何度か目をしばたたいた。

「あの。その名はどこで……って、こちらの松の木さんしか、()うてはりませんよね?」

「……あ」

 るりは思わず口をつぐむ。心の声を聞き取っていたと彼にばれてしまった。血の気が引く。心を読まれて愉快な人などいない。

 しかし結木が明るい声で笑い出したので、るりは拍子抜けした。

「あー、やっぱりボク、あの時声に出してなかったんですね?ボクの声だけやなくて、松の木さんの声も聞き取ってはったんですね?いや、ちょっと安心しました。返事もせえへん松にぼそぼそ話しかける、気色の悪いイカレた男やと思われてるんやろうなと、若干、へこんでましたからね」

「気色の悪いイカレた男だなんて……思っていません」

 むしろその感性を、いいな、とるりは思った。

 そう『思った』ことが結果として結木を窮地に陥れたのだとすぐ気付き、胸がふさいだ。

 笑いの名残りを残したまま、結木は続ける。

「木と話をする場合なんですけど、心の中の声を……なんちゅうか、前へ出すような感じで話すんです。稀ですけど、勘のエエ人には聞こえるらしいんです。大抵気のせいやと思われて終わりですけどね」

 ああ、だから彼は気にしないのかと、るりはかなりホッとした。

 結木は笑いを納め、真面目にるりを覗き込む。

「でも木の声まで聞こえる人には初めてお会いしました。すごいですね」

 こういう仕事をする上で強力な武器になりますよ、と、何だかのん気なことを彼は言った。るりは苦笑いして首を振る。

「いえ……あの。木の声が聞こえたのは、今回初めてです。多分、結木さんがいらっしゃったから聞き取れたんじゃないかと思います」

 そうですかね、と彼は小首を傾げたが、

「仮にそうやったとしても、これからは神崎さん一人でも聞き取れるんやないかと思いますよ。聞き取ったんは神崎さんご自身の能力(ちから)やないかと思いますから」

 と、ふわりと笑んだ。いつもの彼の表情で、何だか涙ぐみたくなるくらい懐かしく感じた。ごまかすようにるりはゆのみを取り、冷めかけたお茶を一口飲んだ。

(『能力(ちから)』……)

 そう、これは『能力』だ。

 血の中に受け継がれてきたらしい、卑弥呼が活躍していた時代ならば重宝されたかもしれない、疎ましい『能力』。

 幼い頃、父から聞きかじった話のあれこれをるりは思い出す。

 そしてアレがアレになり、るりにまとわりつくようになったそもそもの原因も。

 この『能力』のせいだ。


 結木は頬を引き、椅子に座り直した。

「それはそれとして。差し支えのない範囲で……で、取りあえずはかまいません。僕を殺そうとしてるらしいこの世ならざるお方について、教えていただけませんか?」

 当然の質問だが、るりは一瞬、言葉を失くす。

 包み隠さず話すつもりはある。

 もっとも、話したところで彼が助かる道はほとんどない。が、このまま彼が何も知らずに殺されるのを、指をくわえて見ているつもりもない。

「は…い。私の知っている限り、出来るだけ詳しく、お話します」

 言った途端、全身が震えた。

 話さなければならないが、本当は話したくない。

 身内の恥、なのだから。


 るりの顔がきつくこわばったからだろう、結木は少し困ったように眉を寄せ、立ち上がった。

「お茶、冷めてしまいましたね。入れ直しましょうか?それともコーヒーとかに……」

 るりは慌てて立ち上がった。

「あ、いえ。私がします」

 自分のゆのみと結木が使っていた来客用のゆのみを取り上げ、キッチンスペースへ行った。結木は特に追いかけてはこなかった。

 スポンジに洗剤をかけてゆのみや急須を丁寧に洗い、丁寧に布巾で拭く。

 茶葉を急須へ入れ、ポットのお湯を注ぐ。

 蒸らしている間に、ゆのみと、茶うけ用の豆菓子を小皿に用意する。

 いつもやっている手順で作業していると、だんだん落ち着いてきた。

 茶菓を持って事務所へ戻ると、結木は例のコピー用紙に書かれた一覧表?を、所在なげに眺めていた。

「ああ、ありがとうございます」

 彼は礼を言ってふわりと笑んだ。その瞬間、この笑顔を守りたい、と、るりは強く思った。

 言葉にすると陳腐だし、何だか少女漫画のヒーローのセリフめいているが、彼の笑顔が曇るのも、彼が呼吸を止めて冷たい骸になり果てるのも、るりには耐えられなかった。

 今までアレに運命を狂わされた人たち以上に、るりは、この人を守らねばと強く思った。

 どうすればいいのかはまったくわからない。

 が、彼なら、彼と一緒なら、アレを撃退できるのではないかという、かすかな希望が見える、気がした。

(『オナミのクサのツカサ』)

 どういう存在なのかわからないが、大樹が敬意を示すほどの存在なのは確かだ。

 それに、『この世ならざるお方』との喧嘩に慣れている、と彼は言った。

 賭けてみてもいい。

 アレに狙われながらも逃れられる、道を見出せる、と。


 もう一度席に着き、お茶を一口飲んだ時には、るりの心は決まっていた。

「お話します」

 結木は居住まいを正した。

「アレは……少なくともアレの芯は。私の兄……兄だった、怨霊なんです」

 

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