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2 悪意は蠢く④

 結木は眉を寄せ、すがめた目で虚空をにらんだ。キリ、というかすかな音が響く。奥歯をきつく噛みしめたのだろう。

「気に入りませんねえ」

 彼は言う。押し殺した怒りの気配がにじむ。

「実はボクがさっき見た悪夢ですけど。十年以上も前の、思い出したくもないキツい思い出がベースになってたんですよ」

 彼の目が一瞬、うるむ。

「ボクには、ガキの頃から憧れてたお姉さんがいまして。でも彼女がある日、失恋したショックが耐えきれんで、自殺を図りましてね。ボク含め彼女の知り合いが数人、そばにいたんですけど止められませんでしてね……死なれました」

 ひとつ大きく、彼はため息をついた。

 淡々としていたが、身を切られるような辛さが言葉の端々ににじんでいた。るりは息をつめ、結木を見つめた。彼は軽く目を伏せ、小さく笑った。

「いやもう、あの年は最低の年でした。彼女が自殺しただけやなく、色々と個人的に辛いことが重なって……心身ともに限界超えまして。真面目な話、一回、死にかけました」

 胸の底がひゅっと冷たくなるようなことを、彼は淡々とした口調で言う。

「医者の話では心肺停止の瞬間があったそうですから、ちょこっと死んだんでしょう。その時、臨死体験といえる体験もしました。まあ、その辺はどうでもエエんで割愛しますけど……」

 彼は伏せていた目を上げた。押し込めた怒りが瞳を冷たく光らせている。

「気に入りませんね。神崎さんにまとわりついてるこの世ならざるお方は、多分ですけど、そうやって夢っちゅうやり方で、狙った相手の心の傷をほじくり出して苦しめ、最終的に息の根を止める、そういう方法を取りはるんやないですか?」

「え、ええ……」

 気圧された気分でるりは諾う。

 この(ひと)は誰だろう、と、るりは心の隅でつぶやく。

 怒りに冴える結木は、ひやりとするほど恐ろしい。

 ふわりと柔らかくほほ笑む、松へ礼儀正しく接する、のんびりとした口調で話す、あの真面目だけど浮き世離れた、樹木医の彼は何処へ行ったのだろうか?

 結木は再び、椅子の背もたれに深く身を預けた。

「気に入りませんね。ニンゲン誰しも、触れて欲しくない心の傷のひとつやふたつ、あるのが普通でしょう?それを、わざわざ探し出して、かさぶた引っぺがして塩塗り込むような真似、許せませんね。まあ、ボクごとき一介の男が許せませんって()うたかて、この世ならざるお方は痛くもかゆくもないでしょうけど。だからと()うてただただ翻弄されるのんもムカつきます。たとえ敵わぬまでも一矢報いたいモンですね」

「だ、駄目です!無理です!」

 思わずるりは叫ぶ。

「アレには誰も、どうしても逆らえないんです!眠らずに生きられる人なんていないでしょう?仮に自分の意思で眠らない努力をしたとしても、アレはターゲットを強引に眠りの中へ引きずり込む力があるんです、さっきの結木さんみたいに!眠りの中では、アレは神に匹敵します。誰も敵いません……」

 大きく息を吐き、るりは絞り出すようにこう言った。

「あれは……悪意の塊みたいな存在なんです!」


「悪意の塊、ですか」

 結木の声が静かに響く。

 不思議なことに、怖がっているのでも怖がる自分を鼓舞する為に虚勢を張っているのでもなさそうな、冷静な声音だった。

「確かに悪意の塊ですね、悪意に満ち満ちてるというのか。たとえそういう夢を見るってわかって身構えてても、あんなキツい思い出を寝るたんびに目の前へ突き出されたら、いくらボクが心臓に毛ェ生えたおっさんでも寿命が縮まります。最悪アチラさんの思惑通り、あの世行きでしょうね」

 ふっ、と、冷笑にも似た笑みを彼は口許に閃かせた。

「やっぱり気に入りませんね。何が腹立つって、こういう一方的にやられるしかないって状況が、一番(いっちゃん)腹立つんですよね。ガキの頃からの悪癖が頭をもたげてきました。リアルではどつきあいの喧嘩なんかせえへん主義ですけど、ソッチ系の、この世ならざるお方とのガチンコ勝負は引かん主義なんです。ま、はっきり()うて、こういうお方に喧嘩売られたら基本逃げられませんから、ぶつかってゆくしかないんですけど」

 ふふ、と、結木は不敵に笑む。

「どうせ逃げられへん喧嘩やったら、積極的にぶつかるだけです、玉砕覚悟で。引き分け、もしくは痛み分けに持ってゆけたらこっちの勝ち、みたいな……」

「結木さん……」

 るりは茫然と名を呼ぶ。

 彼は一体、何者なのだ。

 あまりにも易々と、彼の言うところ『この世ならざるお方』の存在を受け入れていることに、今更ながら違和感を持った。

 るりの顔色に気付いたか、結木は少し、困ったように眉を寄せながら苦笑いした。

「いやその、神崎さんにまとわりついてはるお方ほど、ダイレクトにアブナいお方やないんですけど」

 疲れたようなため息をついて彼は続ける。

「怖さ加減では似たようなモンの、この世ならざるお方とは……ティーンエージャーの頃から付き合いがないでもないんですよ。だからまあ、フツーの人よりはこういう類いの喧嘩に慣れてます、否応なく」

 勝てる自信があるとまでは言いませんが、と彼は、やや情けなさそうに笑ってみせた。

「オナミの……クサのツカサ……」

 昨日彼が『松に挨拶』した時に聞こえた、声にならない声が言っていた言葉を、るりは思い出した。

 

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