4 外は雨
あれから三日がたった。僕は教会から出してもらえなかった。
まあ出してもらえないのは僕だけじゃないけどね。
この季節のこの時期は雷を伴って雨が降るのだそうで、この三日間は時折雷鳴とともに、雨がどしゃっと降ったかと思えば、しとしとと小雨になったりと止むことなく降り続いていた。
トテトテトテトテトテぽすん。
教会に窓ガラスがはまっているのは礼拝堂と司祭たちの居住区の右棟、司祭長様や女司祭たちの自室、左棟では孤児院長室と応接室だけである。
孤児院の窓にはガラスはない。あ、右棟でも下っ端の助司祭ニックの部屋もガラスがついてない木製窓だね。
あかりを節約するために、窓を開け放てない雨の日は全員礼拝堂に集まっている。
シスターと女の子たちは部屋の隅に固まって裁縫だ。繕い物や刺繍をしている。田舎の女の子には裁縫と料理の腕は良いお嫁さんの条件だそうな。針子を目指すシェリーは待ってましたとばかりやる気満々だね。
ファーザーロレンス以外の男子は、女子とは反対の隅で木工に精を出している。
刃物を持つことを許されているのは十歳以上の年長さんで、ブラザーニックが切り出した木材をポッドとゼクスが皿の形に整えている。
それを年少組のジョドとダグがヤスリがけをして皿を完成させるのだ。
トテトテトテトテトテぽすん。
僕? 僕はトレーニング中さ。この三日でなんと五歩歩ける様になった。もうすぐ六歩もいけそうだ。
トテトテトテトテトテトッべちゃん。
む、失敗失敗。
みんなは僕がただ歩くだけだと思っているだろうが、さりげなく扉に近づいていっている。
朝に比べ窓からの光が若干明るくなった。雨が止んだかもしれない。
雨がやめばアイリスを探しにいくんだ。
トテトテトテトテトテトッぺとん。
なかなか六歩目がうまくいかないが、ようやく扉に到着した。振り返ると、みんな作業に集中して僕の方を見ていない。よし、今だ。
「んしょ、んん……」
……
……なんてこった、ドアノブに手が届かない! あうう、慣れない背伸びをし疲れてそのまま崩れ落ち跪き頭垂れた。
「リューク、何してるの?」
この声はアリアだ。僕はぽてんと仰向けに倒れアリアを睨む。
アリアが叫ばなければアイリスはいなくならなかったのに。
アリアが叫んだからアイリスは逃げちゃったんだ。
「どうしたの、顔しかめて。あ、うんちしたいのね、シスターチェスタ! リュークがうんちみたい」
ちがーう! うんちじゃない!
あ、シスターチェスタがやってきて僕を抱き上げた。
「はいはい、もうちょっと我慢するんだよ、おまるのところまで我慢だよ〜」
そう言いながら早足で礼拝堂を出て孤児院の方に……と言っても教会の中だけどね。
僕はオムツを巻かれているが、1週間前からトイレトレーニングが始まった。三歳でオムツが取れてないのはさほどおかしくはないと思うんだけど。
メリサだって四歳だけどしてるし。くそっ、これは人間としての尊厳が……
「さあさ、リューク。う〜んだよ、う〜ん」
シスターチェスタにオムツをひん剥かれておまるに座らされた。ここまではまだ我慢できる。だけど、だけどね。
目の前でじぃ〜〜っと見られていると出るものも出ないよ。しかも「う〜ん」ってきばるのを促されて……
「ちちゅたチェちゅた、あっち」
向こうへ行くか、せめて向こうを向いてくれと指差してみた。
「リューク、うんちが終わったらだよ。さあ、う〜ん」
向こうに行きたいわけではなくてですね、シスターチェスタ。僕の股間をジッと見つめないでください。
「さあ、頑張るんだよ」
ああ、もう……
疲れたよ、アイリス。なんだかとても眠いんだ……アイリス……
はっ! しまった。いつの間にか寝てしまった。
結局うんちが出るまでシスターチェスタが許してくれなかったので、十分以上おまるに座っていたんだ。
礼拝堂に戻った後、クッションの上に降ろされたが、疲れて眠ってしまったようだ。
「雨が止んだみたいですね」
シスタータバサが少女たちに裁縫道具を片づけるように指示し、自分は箒を持ってきた。
さっさと掃きながら扉の方に移動すると、シスターチェスタが扉を開けた。ゴミは外に掃き出すんだな。
「あら、何かしら」
シスターチェスタが外に出ると、何かを手に持って戻ってきた。
「シスタータバサ、ウサギですよ。それも二匹も。狩人の誰かが置いていってくれたんでしょうか?」
「こんな雨の日に狩を? それに黙って置いていくなんて変じゃないかしら」
「教会の玄関に置いていったんですから、落し物ってわけじゃないですし、きっと面と向かって渡すのが照れ臭い御仁かもしれませんね。今夜のスープの具にいただきましょう」
良い笑顔で言うシスターチェスタの言葉を聞いた子供達が「やったあ」「お肉だ〜!」と、歓声をあげている。
今日の夕食は屑野菜とウサギ肉のスープみたいだ。わーい、お肉だー。