都会の夜海
それは机で作業している時だった。
ふと違和感を感じて、くるぶしに手を滑らせた。すると何かが落ちた。
鱗だった。
それは光を受けて青にもピンクにも輝いた。
そういえば、昨日貰ったお菓子の瓶。あれに入れたら綺麗かもしれない。
じっと眺めているうちに、そう思い立った。そこで、菓子を入れるにしては精巧に作られた瓶に滑らせ入れてみた。鱗は妖しく光っていた。
それから毎日鱗が身体から落ちるようになった。さして不思議には思わなかった。何故かそれが当然のように思えた。
もうすぐ瓶は鱗で一杯になりそうだった。最初の頃は一日一回落ちるだけだったのが、最近では身体のどこかに手を滑らす度、鱗が落ちるようになっていた。
この瓶が一杯になってしまったら、自分や周りはどうしてか、壊れてしまう気がしていた。
瓶が一杯になって、最初に壊れたのは恋人だった。この奇特な病について話し、瓶を見せると、まるで彼は鱗に取り憑かれたようであった。時間があれば飽きもせず鱗を光に透かして見るのであった。鱗に心酔する姿に狂気を感じて、私は鱗をあげるその代わりに彼に別れて欲しいと言った。彼はすぐさま頷いて、意気揚々と鱗の入った瓶を持って行った。
次に壊れたのは友人であった。疑い深い友人はこの奇病を信じなかった。しかし、鱗が身体から落ちるところを見せると口々に質問をしてきた。最終的に、この病は治さなければならないと強く断言をして、医者に連れて行くと言って連れて行かれたのは怪しい研究所であった。私をいくらで売るか話し合っている中、間一髪のところで逃げることができた。
家族には何も言わなかった。心配を掛けたくなかったし、家族が恋人や友人のようになってしまうことを恐れたからだ。しかし、友人が家族にこの病について話したようであった。だが、家族は友人から私を遠ざけようと努力をしてくれた。
そんな中、友人は私の家族だけでは飽き足らず、友人の友人や自らの家族などにもこのことを話したようであった。怪しげな研究所は私に多額の賞金をかけた。こうなってしまったら家族が危険に晒されるかもしれない。
一躍追われる身となった私は置き手紙を実家に送り、逃亡生活を送ることにした。
逃亡生活を始めるにあたって私は長かった髪の毛を切った。そして歩いているうちに鱗を落とさないよう、前は着ることのなかったぴったりした服(といってもタイツやストッキング、スキニーパンツだが)を好んで着るようにした。勿論化粧も、何なら話し方や声のトーンすらも変えた。
しかし、遂に見つかってしまった。私はあの人たちの執着がそれほどまでとは知らなかったのだ。
潜伏先のホテルにあの人らはやってきた。私は必死に見つからないように身を隠したが、とうとう屋上まで追い詰められてしまった。
そしてすんでのところで屋上のドアに鍵をかけた。マスターキーをフロントのスタッフが持ってくるまでの時間は、そう長くはないだろう。
私は靴を脱ぎ、タイツを脱ぎ捨てて屋上の縁に近づいて行った。
深い青に染まる空の色、その中で光る高層ビル群の窓は光を受けて輝く熱帯魚のように、ふよふよ、と揺れていた。
さあ、海に飛び込もう。