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王太子殿下の苦悩 1

 港にある宿屋は、夜更けだというのに慌ただしさを増していた。リネン類や椅子、机など調度品を新たに運び入れ、客室の設えを変えている。


「おい、女将。普段通りで構わない。急に訪ねたのはこちらだ」

 ルーカスが制す。

「なぁに言ってるんですか!ダメですよ。すぐ済みますからお待ちください、殿下」

 女将が指示を出しながら、ルーカスにウインクをした。相変わらずだとルーカスは苦笑する。お忍びで歩き回っていた10代の頃から出入りしている宿屋の女将は、ルーカスが王子だと分かってからもその距離感を変えることはなかった。―――部屋は豪華にはなったが―――現在(いま)でも港町周辺での仕事の際には使う宿だけに、気心も知れている。

 海から上がるとカイトに後の指示を出し、急ぎ美月を連れてきた。自分の信頼できる場所で、一刻も早く美月を休ませたかった。それは己の行動を猛省しているが故でもあった。


 船首からダイブする美月の姿を見た時には、肝を冷やした。あの高さから飛び込んで無事でいられるのか?慌てて救助に向かう。

 海の中は漆黒の闇。美月が飛び込んだあたりまで進むが何も見えない。辺りを照らそうとすると、丁度照明弾が上がった。照らし出された美月は、ただ、水の中で佇んでいた。慌てて腕を掴みそのまま一気に海面まで引き上げた。気を失っているのかと思ったが、そうではなさそうだ。盛大に咽せ込んでいる。


 『何故、水の中でぼーっとしているのだ、死にたいのか!』怒ったところで通じていなかった。ああ、そうだった。急ぎ言葉が通じるようにすると、嬉しそうに破顔して礼を言ってきた。

 駄目だ。その顔は、俺には凶器でしかない。胸が抉られるのではないかと思えるほど騒めく。

 ―――無事で良かった。強く抱きしめ、美月の存在を腕の中に感じる。もう怒る事など出来そうにない。それでも精一杯、心配していたことを伝えた。


『…馬鹿、何やっているんだ…』

『えーっと、色々あったけど…、今はルークの腕の中?』

 何だ、その答えは!その上目遣いはっ!俺の理性は飛んだ。


 海の中で口づけを交わした。誰にも邪魔されることのない静寂の中―――。

 そう長い時間ではなかった。それでも喜びが溢れてくる。

 そうして気がついた。


 晩秋の夜の海。


 慌てて海面に顔を出し、転移魔法で警備艇に移動した。それから濡れすぼった美月の体を温風魔法で乾かす。全力で。

『すごい、ルーク。魔法ってやっぱり便利だね』

 美月は相変わらず王太子を便利扱いする。青い顔をして…。




「お待たせしました。終わりましたよ、殿下。どうぞ御寛ぎ下さい。」


 己の愚かさを呪っていた俺に、女将が声をかけてきた。

 溜息とともに我に返る。


「ありがとう、世話になる。…美月は、どうしている?」

「お嬢様は湯浴みをしているそうですよ」

「そうか、ありがとう」

「殿下も早く湯浴みして、冷えた体を温めてくださいな」

「ああ、そう、だな…。ありがとう、女将。感謝する」

 いつもの流れで女将は微笑み、部屋を辞する。ルーカスは手早く湯浴みを済ませると、再び港へと戻っていった。




 港に戻り海上警備隊長のナッツェと状況を確認していると、レナードが到着した。城下の警備隊員と、城から派遣された騎士団も一緒だった。


「ルーク!あ、いや、ルーカス王太子殿下!遅くなりました」

 レナードは騎士の一人に馬を預けると、ルーカスに駆け寄ってきた。

「ご苦労だったな、ウェリントン公爵」

「ミツキは……、無事、なんですね?」

 湾内に何故か帆を纏めて停泊している船、横づけしている警備艇、行き交う人々、何よりルーカスに焦りの色は感じられなかった。その様子から美月が見つかったのだとレナードは判断した。


「ああ、……無事だ」

「その妙な間が気になるところですが―――。では私はルクタスの船と保証の件について交渉してきます。殿下はどうなさいますか?」

「ああ、俺も行く。その前に、美月の護衛を海上警備隊員に任せているから交代させよう。…ジェイソン!頼めるか?」

「はっ!」

「6名だ、人選は任せる。後の者はナッツェ海上警備隊長の指示に従ってくれ」

「御意!」


 ルクタスの船への移動は警備艇を利用している。警備艇の多くは魔石を動力としている。そう大きな船ではないが、それを動かすとなると話は別だ。大きな魔石が必要となる。相応に値が張る魔石を使っている事は、それだけ海上警備に重きを置いているという事だ。その一団を纏める隊長のナッツェに任せておけば、間違いはないだろう。


「それで?何があったんですか?」

 警備艇に乗り込んだレナードは、ルーカスの隣に立ち声をかけた。


 ―――それを今聴くか?

 と、言葉にはせず、ルーカスはレナードを見据える。


 …駄目だ。レナードのこの視線には勝てそうにない。特に後暗いことのある身としては…。

「………あとで話す」

 ルーカスは早々に降参した。

 きっとまた言われるであろう、『馬鹿ですか!』と。


 己の行いに、苦い思いがこみ上げてくる。しかし、悩むのは後だ。


 ひとまず、ルクタスの船への謝罪と交渉に尽力するべきだ。

 ルーカスは襟を正してルクタスの船に乗り込んだ。


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