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思惑 1

「昨日も練習してないんだけど」

「昨日は雨のため、本日は夜会の準備のためです」


 美月は開きかけた唇を閉じて嘆息する。


 今日は朝から良い天気だ。トレーニングに出かけようと、いそいそと翡翠の間を出たところで止められた。

 この数日で、ウォーカーは随分と美月の扱いが上手くなった、というより容赦なくなったというべきか。


「夜会の準備って、こんな朝早くから何を準備するの?」

「女性はいろいろ準備があるのではないのですか?あと、怪我などなさったら大変ですから本日のトレーニングはお休みいただくようにと、ウェリントン公爵様から申しつかっております」

「レオが…」


「ふーん、分かった。レオが相手じゃ勝てる気がしないわ」

「良い判断だと思います」

 ウォーカーは安堵し、にっこりと微笑んだ。

 美月もにっこり微笑むが、目は笑っていなかったようだ。ウォーカーの顔が、緊張に僅かに歪んだ。


「…ウォーカー、あなた毎日居るけど、いつ休んでいるの?」

「えっ?休みですか?」


 美月はあからさまに安堵したウォーカーに、少し苛立ちを覚えていた。

 昨夜は、ルーカスの言葉や夜会のこと、自分の気持ちなど考えれば考えるほどに全く整理ができず、そのまま朝を向かえてしまった。ならば走って気分転換をと、部屋を出た所を止められた。昨日も雨だからと制された。とはいえ、ウォーカーが悪いわけではない。単なる八つ当たりだ。


「そうよ。たまには休んだら?」

「休みは10日に1日頂いております」


 具体的な数字が出てきて、少し冷静になった。


「え?でも私が来てからもう半月よ?その間休んでないじゃない」

「はい。自分はミツキ様をお守りする役目を仰せつかっておりますので、休日は返上させて頂きました」

「は?何言ってんの?10日に1回しかない貴重な休みを返上する馬鹿がどこにいるのよ!もう今日は休んだら?どうせ私も夜会まで暇なんだし」

 毎日張り付いているウォーカーをどうにかしてやろうと、悪戯心が湧き上がっていたのだが、すっかり影を潜めてしまった。


「申し訳ございません。ですが本日は夜会まで私が就かせていただきますので、ご容赦願います。それに、…本日のミツキ様はお暇ではございませんよ」


 そう言ってウォーカーが目を向けた先を見て、ひゅっと息を飲んだ。なぜなら、鬼気迫るオーラを発しながら、侍女一団がこちらに向かって歩いてきていたからだ。大きな桶やら何やら抱えている。もう、嫌な予感しかしない。


「まあ、ミツキ様!そんなところで何をなさっておいででしょう?さあ、早くお部屋にお戻りになってくださいませ」

「え、い、いや、ちょっと?ちょっと待って…」


 問答無用で押し戻されていく美月を見て、ウォーカーは少しだけ同情した。



 浴室まで連れて行かれた美月は、湯殿に首まで沈められた。じわりと湯を足され、汗が滲んでくる。そうして次は水を張った桶に浸からされ、そして再び湯殿へ。これが三度繰り返された。なんでも老廃物を出してしまうのだとか。


「本当にこんなこと、皆がしているの?脱水になるでしょう?」

 早々にSOSを出して水をもらった。

 その後は全身を揉みほぐしていく。これはさながらエステのようだと少し気が抜ける。それからシャンプー、トリートメント、全身を洗われ、やっと浴槽から解放された。

 濡れた髪を丁寧にタオルで拭き取ってもらい、櫛で梳いていく。

 ここで軽食をとサンドイッチとお茶が差し入れられた。美月は普段の量からは少ないそれをペロリと平らげる。

 次に、ガウンを剥ぎ取られドロワーズを履きコルセットを装着する。


 いつもより二割増で締め付けられている気がする。さっき食べたサンドイッチがお腹の中でどうなっていることやら。絶対に消化によくない生活だと文句の一つでも言いたいが、数名掛りで汗を拭きながら世話をしてくれているので、何も言わずに耐えることにした。


 パニエを着けてドレスを頭から被せられる。背中も広く開いたローブデコルテのドレスは、白地に金糸で刺繍を施し、襟ぐり周囲にたくさんの真珠がちりばめられていた。

 髪の毛はコテで巻かれ、複雑に結い上げられていく。今日は二人掛りだ。

 姿勢を正し、頭が動かないように首を固定する。浴室でほぐしてもらった体が、既にガチガチになっている気がするのは、気のせいではないだろう。


 もう何でもいいから早く夜会になって欲しい。


 化粧もして、結い上げた髪に真珠をちりばめたティアラを乗せ、花をモチーフにした真珠の首飾りを着ける。首飾りは、ルーカスにもらったネックレスと一緒に着けるように調整されていた。


 全てが終わりぐったりとした美月を侍女たちが取り囲み、美しいと褒めたたえた。

 有難い。ここで褒めてもらえないとモチベーションが維持できそうにはなかった。


 異世界ってブラック過ぎる…。

 心の中で独りごちる。


「さあミツキ様、そろそろお時間ですわ」

 侍女頭の気合の入った声に、美月は再び姿勢を正した。


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