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残された時間 2

 さて、騎士団の訓練場と思わしきこの場所は、──いや、間違いなく訓練場なのだが──さながらサッカー部のグランドのようだった。


 団長の気合に準ずる騎士団の面々も、訓練場で美月の来るのを待っていた。

 もちろん美月は上機嫌だ。そもそも皆、言わずもがな、騎士団に属している騎士たちだ。鍛え上げられた体躯に俊敏な動き、統率は取れ、指示はすぐ入る。ここ最近は女子部での活動だった美月にとって、騎士団の野太い声は、若干むさくるしいと言えなくはなかったが、それもご愛嬌と言えるぐらいに楽しんでいた。ただ、皆が真面目に取り組むあまり、質問と指導等対応に忙しく、美月は自分のトレーニングに割ける時間が大幅に減っていた。それでも、

「なにこれ、めっちゃ楽しい!そのうち皆で試合とか出来るんじゃない?」

 と、嬉々として騎士たちの中で走り回っていた。


「これは、いったい…。美月、君は何をやっているんだい?」


 突然、疑問符のついた言葉をかけられ振り返ると、サミュエル王子が観覧席から目を丸くしてこちらを見ていた。

 昨日は縛っていた紺色の髪を解き、その緩やかなウェーブを風に靡かせている。少し目尻の下がった紫水晶の瞳を微かに細め、薄い唇にのせたその微笑みは本日も妖艶さを醸し出し、男性をも虜にしそうである。


「あら、サミュエル王子。おはようございます、お早いんですね」

「やあ、おはよう、ミツキ。僕の大事なミツキが朝からサッカー練習をすると聞いたから、見学に来たんだよ」

「まあ、そうなんですね。別にあなたの大事な人ではないのですが、見学でしたらどうぞ」


 突然の隣国の麗しの王子の登場と、美月に対する親しげな言葉がけに、騎士たちはざわついた。ルーカス王太子殿下の婚約者である美月に対し“僕の大事なミツキ”などと恐ろしいことを言っていたからだ。


「団長!サッカーしている間は大丈夫よね?訓練になったら立ち入らない方がいいでしょう?あの王子」

「あ、ああ。そうだな」

「わかった。じゃあ、私が上がる時に一緒に連れて行くわ」


 美月は軽く息を吐くと、声を張り上げた。

「じゃあ次はドリブル練習しよう。昨日言ってあった8の字ね。なるべくボールが体、足から離れないように、まずは右回り。アウトサイドで押し出していくことを意識して。左回りになったらインサイドね。…ああ、サミュエル王子も一緒にどうですか?」

「えっ!?…いや、いいよ。僕はここで。ミツキの走る姿を見ているのが幸せだから。といっても、これじゃあ選手というより指導者だね」

「そうね、そうかも」

「ああ、でもそうやって指示を出している君も美しいよ。目眩がしそうなくらいに」

「…いや、無いから」

 背筋が冷たくなるのを感じたが、気合いを入れ直し、美月はサッカーに集中していった。


 騎士団の面々は自主トレも真面目に取り組んでいたようで、昨日出していた腿でのリフティングも、昨日教えた足裏でボールを扱う事もまあ、できているとしたものだろう。それにしてもよくその革のブーツでサッカーができるものだと美月の方が感心した。


 訓練場での練習が終わると、サミュエル王子は優雅に微笑みながら美月のもとへとやって来た。

「お疲れ様、ミツキ。ミツキのこの姿が見られて僕は胸がいっぱいだよ。我がエアージョン帝国でもサッカーの練習場を用意するよ。冬は雪になるから屋内の練習場も用意しよう。思う存分サッカーをしてもらいたい。もちろんうちの騎士団も使うといい。君が笑顔でいられるように、僕はあらゆることに手を尽くそう。安心して嫁いで来るがいい」

 甘い微笑みを絶やすことなく、サミュエル王子が告げる。


「いや、結構です。エアージョンには行きませんので。どうぞお構いなく」

 サミュエル王子に手のひらを向け、美月はきっぱりと断った。が、王子はその手を取り、指先に口づけた。

 「つれないね、ミツキ。僕をこんなに夢中にさせておいて、罪な人だ」

 「…っ!」


 いや、無理無理!見目麗しい王子だけど、なんかダメ!お願い!その手を離してー!

 目を潤ませる美月の姿が、サミュエル王子には扇情的に映るようで、熱を帯びていく瞳に恐怖を感じ、慌てて手を引いた。

「それより、私をいつ帰してくれるんですか!」

「ええー、僕がこんなに口説いているのに、帰るのかい?」

「当たり前です。試合も控えているんです。帰らせていただきます!」

「ふーん。本当に帰っていいんだね?君がいいならそれでもいいけど」

「えっ?」

「ま、でもメイソンが復活するには、あとひと月はかかるだろうね」

「ひと月?ひと月後には試合があるのに!間に合わないじゃない!それは困るわ!ちょっと、責任とって何とかしてよ!」

「もちろんだよー!だから、昨日から責任とって妃に迎え入れようと話しているじゃないか。こっちは準備万端さ。さあ、今すぐにでも」

 再び美月の手を取ろうとするサミュエル王子。今度は掴まれる前に、手を引いた。


「その責任じゃないわよ。巫山戯ないで!」

「ひどいなあ。こんなに真剣なのに。…ま、なんとか元通りになるようメイソンに話してみるけど」

「本当?約束よ!」

 美月の瞳が期待に満ちていく。

「…困ったな。本当は僕の妃以外の選択肢なんてあげたくないのに。そんな顔をされると、叶えてあげたくなるじゃないか。ずるいよ、ミツキ」

 サミュエル王子は深い溜息を付いた。



 トレーニング終了後、美月はサミュエル王子と訓練場を後にした。大丈夫かと心配をする団長に、お互い護衛もついているからと声をかける。

 美月が去っていった訓練場では、サミュエル王子と美月の関係を騎士団の面々に問われ、身動きが取れない団長の姿があった。


 そうして、訓練場を出て城内に入る前にサミュエル王子と別れた。これ幸いと、美月は締めの尖塔でのトレーニングに向かった。今日も、賑やかに女官たちが待っていると思いきや、シーンと静かに並んでいた。

 あれ?何だ?

 一人シルエットが違う。って…。

「グレース王女殿下!どうなさったのです?このようなところで」

 慌てて美月が駆け寄る。

「まあ、ミツキお姉さま。お会いできて嬉しいわ。私ずっとお姉様への面会をルーカス兄様にお願いしているのに、ちっとも取り次いでくださらないのですもの。待ちくたびれてお姉さまの所に押しかけるところでしたの。うふっ」

「はぁ、左様でございますか」

「ええ、そしたらここでトレーニングをなさると聞いて、お待ちしておりましたのよ。私も見学させていただいて宜しくて?」

「もちろんです」

 そういうことなら、と黙々と女官を抱えて階段の昇降を続ける美月に、グレース王女は目をまん丸に見開き、空いた口がふさがらなかった。女官も見学に来ていると思っていたのだろう。13歳の王女には刺激が強かったかとちらりと見ると、その瞳は輝きを増していた。

「凄いですわ。お姉様!颯爽と降りてくるさまはまるで騎士(ナイト)のようですわ」

 興奮やまない王女は、しかし教育係が迎えに来て、あっけなく連れ去られるように帰っていった。


 さて、美月に残された時間は約1ヶ月だ。このひと月の間に騎士団にどんなトレーニングができるのか、美月は一番大事な問題から目を背けるように、トレーニングメニューを考えていた。


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