1.出会いと衝突
世界観共有の日常系学園百合小説[星花女子プロジェクト]参加作品です!
よろしくお願いします!
空の宮市に雪が降ることは滅多にない。それでも冬は当たり前のように寒い。
「うっ、さむっ!」
学園に一番近い駅のホームに足を降ろした彼女は電車と外の寒暖の差にやられ、殆ど無意識に自動販売機の前へと足を進める。
「……コーンスープにしよ」
小銭を入れた彼女は小さくそう呟くと自販機のボタンを押す。彼女の指示により、ガタンと足元の受け取り場所に缶が落ちてくる。
「ふぅ」
彼女は熱を持っているそれを手に取り軽く振りながら、もう一方の手で小銭を吐き出した財布を鞄にいれる。
朝嶋 美桜。
私立星花女子学園に通う見た目も中身も一般的な女学生だ。冬休みと共に立成18年を迎えた彼女は高等部一年生として、新学期の為絶賛登校中なのである。
セミロングの黒髪をマフラーで隠しながら温かいコーンスープを飲む。寒い空気の中でそれは至福の一時でもあった。
(でもこういうのって量が少ないよねぇ)
振ったにも関わらず底に残ったコーンと格闘しながら彼女はそんなことをのんびり考えていた。そして諦めたのか空き缶となったそれを指定のゴミ箱に捨てる。
星花学園指定の制服を軽く整えた彼女はそこで漸く学園に足を向ける。定期券を改札に捧げ、駅にある小さな喫茶店でコーヒーやら軽食を嗜んでいる働く人々を横目に外に出た。
「うー……」
駅前は風が強く、マフラーで被せていなければ彼女の髪を散々に荒らしたに違いない。折角温まった身体もすぐに冷えてしまいそうな程痛い寒さだ。
(早く行こう)
ここに長居する意味は何もない。そう悟り歩き出した彼女の前には仲良さそうに歩く三人の女の子が映っていた。
制服が同じな所から星花女子の生徒だろう。校章が見えないため学年はわからないが、その三人の少女は仲良さげに喋りながら時々お互いを小突いたりしながら楽しそうに笑っていた。
そんな少女達を美桜は羨望の目で見つめていた。
(いいなぁ……)
彼女に友達がいないわけではない。クラスには仲が良く笑い合うような友人もいるし、所属している弓道部にそういう友人はいる。
彼女が憧れの視線を持っているのはそこではないのだ。
「あんな風に自然と触れ合えればなぁ」
ポツンと呟かれた言葉は冬の寒さを表す風の音にかき消された。
*****
女の子が好きだった。暖かいし、柔らかいし、良い匂いはするし、可愛かったり美人だったり、声も綺麗で兎にも角にも女の子が昔から美桜は好きだった。
初恋は覚えていないが、昔小学校の頃によく遊んでくれた近所の美人なお姉さんが始まりだった気がする。
ただ、美桜はその気持ちを誰かに打ち明けたことはない。彼女自身、自分のそういう感情を恥ずかしいと思うことはないし、いつか、いつかは素敵な彼女を恋を育みたいと思っている。
それでもつい奥手になってしまうのは、それを否定されることが怖いからだった。昔からそういう事を思って生きてきた自分の全てを否定されるのが恐ろしくてしょうがない。
美桜はそういう女の子だった。
新学期が始まり、学生の日常に戻ってから数日の放課後。弓道場に向かいながら様々な生徒とすれ違う。
この星花女子学園は基本的に生徒のレベルが高い。というのが美桜の私見だ。実際に他校でもそういう噂があり、そういうトラブルには気を付けましょうという連絡があったのも覚えている。
(つまり皆可愛いってことなんだけど)
何か体育系の部活だろうか、大きなリュックサックを背負って談笑しながら歩くグループとすれ違う。健康的な肉体美に豊かに成長した身体つきは確かに人目を引くに違いない。そんなグループの中で腕を組んで歩いている二人組もいる。
(いいなぁ)
朝と同じことを思いながら美桜は擦れ違いざまにチラリと彼女らを目に追った。
彼女はスキンシップが苦手だが、それが嫌いということでは決してない。というよりも本音は是非ともやりたいと思うぐらいだ。
ただ、何故かわからないがそうしたスキンシップをされると何だか胸が苦しくなって心臓の音がうるさくなるのだ。恐らく緊張しているのだろうが、そのせいで美桜はそういう触れ合いを苦手に感じているのである。
(私ももうちょっと大らかだったら、あんな風にできるのかな……)
チラ見から無意識に殆ど振り返って歩いていく彼女らを見ていることにも気づかずに、美桜はそれを羨ましく思いながら前も見ずに歩いていた。
そのせいで、前から来る少女に気づくことが全く出来ず……
「うわっ」
「きゃあっ!」
鈍い衝撃を受けた時には既に遅い。流石に倒れるようなことはなかったがそれは美桜の話だ。
「いつつ……」
ぶつかったと思われる少女は持っていた物を落として尻餅をついていた。何だか調理器具のようだが、それよりも美桜は彼女に目を奪われていた。
尻餅をついているせいか身長はわからないが大体一緒ぐらいだろうか、少しだけ幼さが残る容姿に長いポニーテールの黒髪が特徴で、とにかく可愛いという言葉が美桜の脳内を駆け巡る。
「……あ、ご、ごめんなさい!」
しかし、そんな感想はすぐに吹き飛んだ。明らかに自分の不注意でぶつかって尻餅をつかせたというのにいつまでも見つめているのは流石におかしいことぐらいわかる。
「こっちも不注意だったよ~。ごめんねぇ」
少し間延びした高めの明るい女の子の声だった。
手を差し出して彼女を助け起こすと、急いで落とした道具を一緒に拾っていく。
「ご、ごめん。本当にボーっとしてて」
「んん、私も躱せなかったからお互い様だよ」
校章は同じ色。ということはクラスが違う同学年の少女らしい。立つと身長は少しだけ自分より低い、しかし中々に体つきは豊かで何となく目を向けてしまいそうになる。
「えっと……?」
というより目を向けていた。人間の欲とは恐ろしい。
「あ、え、その」
つい見つめてしまっていたことにやっと気づいた美桜だったが、無自覚であったためか咄嗟に声が出てこず、謝るべきなのかどうするべきなのか判断が出来ずにいた。
そんな中で目の前の少女は何かに気づいたのか、ポンと手を軽く合わせると落とした鞄から小さな包みを取り出した。
「はい、これ!」
「え?」
「料理部で作ったんだけど、余っちゃって誰かにあげようと思ってたクッキー!」
「え? え?」
「鞄見てたから、これが欲しいのかなーって」
もしかしてそれを欲しがられたと思われたのかと、美桜は慌てて断ろうとしたが、目の前の彼女に両手をぎゅうっと包むように渡されてしまい固まってしまった。
「それじゃ!」
「あ、待っ……」
結局、名前もわからずクラスもわからず只々可愛らしい少女からクッキーを貰ったという事実だけが残った美桜は廊下にただ一人立ち竦み、小走りに消えていく彼女をずっと見ることしかできなかった。