4.熱血妹は心配性。
『何、良い奴ぶってんの?』
──声。
『あいつさ、最近ちょっと調子乗ってね?』
───声がした。
『お前とはもう関わりたくない』
────どこからか、声がした。
『あたし、もうあんたに興味ないし』
─────どこからか、そんな声がした。
『学校来んなよお前!』
──────どこからかそんな怒声がした。
声が聞こえる。
いつまでもいつまでも、声が聞こえた。
嘲笑が、侮蔑が、罵倒が、冷笑が、非難が、嘲罵が、中傷が、いつまでもいつまでもいつまでも、脳裏に響いた。
──いつまでも。
───いつまでも。
────いつまでも。
─────いつまでも。
──────いつまでも────
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
俺は瞬時に目を見開き、勢いよくベットから飛び起きた。服が湿りきっていてる。恐らく、大量に汗をかいたのだろう。気持ち悪い。心の底から気持ち悪い。
俺は目元に流れてきた汗を手で拭う。けれど、不快感は拭えない。
本格的に脳が再起動してくると、五感が周りの状況を認識しだす。
外は明るく、どこからか鳥の囀りが聞こえてくる。時刻は朝なのだろう。
「兄ちゃん、凄い声したけど大丈夫か?」
側から、心配そうな声がした。夢の中の嘲りとは違う、よく聞き慣れた声。
俺は声のした方へ顔を向ける。
そこには、声の主にして俺の妹、黒峰紺奈が立っていた。いつも元気があり余っていて、熱血で、真っ直ぐで、少々ウザったらしい。そんな中学三年の少女である。
いつものように俺を起こしに来たのだろうか。
なんせ朝に弱いからな、俺。目覚ましをかけても起きれないくらいだ。
だが、様子はいつもと違う。不安そうな面持ちで俺を見下ろしているのだ。
確かに、朝っぱらからあれだけ大きな声量で叫ばれたら不審がるのも仕方ない。とはいえ、あまり心配させるのも良くないだろう。
「あぁ、大丈夫」
悪夢──その内容は、かつての親友や俺を慕っていた娘をはじめ、信じていた殆どの人間に裏切られた、そんな記憶。
小学生の頃起こった出来事とはいえ、一瞬たりとも忘れたことはない。
そのトラウマは、俺を恋愛アンチ、ひいては人間不信にさせるのに充分過ぎるほどで。
しかし、全ては既に終わった事。もう戻ることは出来ない、過去の出来事。
だから、何も問題はない。
「そっか、なら安心だ! 」
ニッと笑いながら、先程とはうって変わって元気のよい声色でそう告げた。こっちがデフォルトの妹。
「んじゃ、朝ご飯もうすぐできるし、早くリビングに来てくれ!」
それだけ伝えると、紺奈は勢いよく俺の部屋から飛び出ていった。トレンドマークの黒髪ポニーテールを揺らしながら。
まっまく、嵐のような奴だな。もう少し落ち着きというものを覚えていただきたい。
★★★★★★★★★★
適当に身支度を済ませてから、俺は紺奈に言われた通りリビングにやって来た。リビングはかなり散らかっている。黒峰家の人間は片付けが苦手なのだ。
そして今は、食卓で紺奈と二人向き合って朝食をとっている。
他愛もない雑談にも切りがついたところで、ふと質問してみた。
「もし学校一の美少女が二次オタだったらどうする?」
「いきなり何の話だ? ……ははーん、さてはその娘にお近づきになりたいってことだな~」
「違う違う。あくまで仮定の話だ」
口ではそう言うも、正直ドキリとさせられてしまった。確かに特定の相手を意識した質問だったからだ。当然お近づきになる気は一切ないのだが。
「で、どうなんだ? アニメ見てなさそうな奴が実はオタクだったら、お前ならどうする?」
続けて問われ、紺奈は気難しい顔をしながら腕を組んで考え込んだ。一々リアクションがオーバーな奴だ。
「ん~、アタシなら友達になろうとするかな」
「え、何で?」
「だってアニメの話するの楽しいし」
「他人と話してて何が楽しいんだよ……」
それは、俺には理解し難い感性だった。あくまでアニメは見て楽しむモノであって、会話を楽しむモノではないんじゃないのか?
学校にも、どのキャラを推してるだの、どの作品が好きだのと言った会話を繰り広げているグループがいるが、そんなどうでもいい会話をしていて楽しいのだろうか。俺から言わせれば、好きなアイドルやらテレビ番組やらで盛り上がっている連中とそう変わらない。どのような内容であれ、“俺は雑談”というものに価値を見出せない。
だが紺奈は違った。
彼女も俺と同じくオープンオタという人種だが、俺とは異なり友人もたくさんいる。日夜友人とアニメの話題を語り合っているらしい。
一方で、朝比奈が心配するようにオタクでない生徒から気持ち悪がられている、という事もないようだ。それは、紺奈の活発過ぎる性格が成せる業だろう。
「はぁ…… そんなんだから兄ちゃん、彼女はおろか友達すらいないんだぞ?」
「友達なんていらない。恋人なんぞもっての他だ。誰かと付き合うくらいなら死んだ方がマシ」
「うへぇ、兄ちゃんの青春楽しくなさそうだなぁ……」
しかめっ面をしながら、そう言い切りやがった。
余計なお世話だ。俺は他人と戯れるより、物語の世界に浸っているほうが余程楽しい。
「ま、まぁ兄ちゃんがリア充になったらアタシと遊べる時間減るし、今のままの方がいいんだけどさ」
「ほう、デレたか」
「えっ? き、聞こえてたのか!?」
「舐めんな」
紺奈は恥ずかしかったのか、ポニテをいじりながら小声で呟いたようだが、あいにく距離が近すぎるので十分聞こえてしまった。ここで聞きそびれるのはラブコメの主人公だけ。
ちなみに頬もほんのり染まっている。
「あっ、でも、もしアタシの方が先に彼氏作っちゃったらゴメンな?」
「そこは最後までデレとけよ……」
とはいえ、どこぞのラノベのように妹に求婚されたりしても、それはそれで困るけどな。申し訳ないが、妹に恋愛感情はこれっぽっちも抱けない。
「大体な、いくら見てくれが良いとはいえ、お前みたいな男っぽい奴に彼氏なんかできるかよ」
「はっ、兄ちゃんこそせっかくかなりのイケメン高身長なのに、その性格のせいで台無しになってるじゃねぇか!」
「ほざけ」
双方モテないことを貶しあったところで、俺は完食した。妹はまだ食べきれていない。
俺は席を立ち、食器を流し台にもって行き──と、その前に妹の方へ振り返る。
「いつも朝ご飯作ってくれてありがとな」
何故親が作らないのかだが──それは一旦置いておこう。例のトラウマに関わっているとだけ言っておく。
「どうしまして────と言うとでも思っていたのか!? アタシの金が欲しいのだという魂胆は見え透けているぞ!」
「お前なぁ…… 俺を何だと思ってやがんだよ」
「守銭奴のクズ」
「死ね」
全く、これだから三次元の妹は…… 誰か、この生意気な妹と二次元の可愛らしい妹を交換してくれ……
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