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3.隠れオタクは騒がしい。

 俺たちはほぼ会話を交わすこともなく京都駅まで辿り着き、駅のホームベンチで隣り合って座った。一つ間を開けて。

 帰宅ラッシュ前なので、ホームはあまり混雑していない。おかげで、朝比奈の息遣いとか服の擦れる音とか、そういうもんが嫌でも耳に入ってくる。


 電光掲示板によると、次の電車が来るまでしばらく時間が掛かるようだ。本でも読もう。

 俺はビニール袋から先程買った小説のうち一冊を取り出す。このすばと同レーベルの『涼風ハルヒの消滅』というSFラブコメだ。人気シリーズともあって、前三巻はなかなかに面白かった。今巻にも期待したいところ。


 ふと、朝比奈の横顔に目を向ける。

 どこか切なげな表情を浮かべていた。

 朝比奈の目線は終始不自然なほど前に固定されていて、話し掛けてくる素振りは一切ない。もっと騒がしい奴なのかと思っていたが、案外そうでもないのだろうか。俺としては喜ばしいところだ。読書に集中できるし。


 その時、春の暖かいそよ風が吹き抜けた。朝比奈のボブヘアがなびく。朝比奈は目を細めながら、髪を抑えた。

 なんというか、とても絵になっていた。この光景を模写すれば、ダヴィンチをも超えられるかも知れない。

 ──やっぱりこいつ、美少女なんだな。二次元至上主義者の俺にそんな感慨を抱かせるほど、神秘的に美しくて。


 いや、何を考えているんだ、俺は。三次元に可愛さを見出してどうする。さっさと読書を始めよう。

 俺は本を開ける。ページをめくっていく。すると──



「えっ!?」



 隣から驚愕の声が上がった。

 何事だろうか。


「しゅんくん、それって『ハルヒシリーズ』だよね!?」


 前のめり──いや、正確には横のめりになって、俺に問いてくる。おいビッチ、距離が近い。


「お、おう。……っていうか、その“しゅんくん”って何?」


「俊太郎くんのあだ名に決まってるじゃんっ!」


「勝手につけんなよ……」


 ほぼ初対面なのにあだ名呼びとか、リア充の感覚は絶対おかしい。

 あだ名をつけられるなんて小学生ぶりだ。そういえば、当時も“しゅんくん”って呼ばれていたような気がする。俺のあだ名はしゅんくんになる定めらしい。


「いいじゃんいいじゃん! それよりさ、しゅんくんもハルヒ、好き?」


「まぁ、有名だしな。話が凝ってるっていうか、ワクワクさせられるというか……」


「~~~っ! わかるわかるっ! それにキャラも魅力的だよね!? 長戸有美ちゃんとかクーデレで可愛いし! ピョンくんも何だかんだカッコいいし!」


「あ、あぁ、そうだな。俺はどっちかってとみくり派だけと……」


 朝比奈はどんどん言葉を畳み掛けていく。

 彼女は興奮からか頬がほんのり染まっていて、目はキラキラ輝いていた。どんだけハルヒ好きなんだよ……

 俺たちの距離も、心なしか近づいてきている気がする。おかげで荒い鼻息が頬を撫で、まろやかな香りも漂ってくる。髪の毛が顔に当たってこそばゆい。


 それからも、朝比奈はいかにハルヒが素晴らしい作品であるかを演説し続けた。選挙に出馬でもする気なのだろうか。


 そうこうしていると、アナウンスと共に電車が駅に侵入してくる。しかし、朝比奈は一向に話を切り上げる素振りを見せない。


「それでね、あたしがアニメにハマったのはハルヒの影響なんだけどね。やっぱり人一人をアニオタに仕立て上げられるハルヒはすごい作品だと思うんだっ! それは当時ではかなり高クオリティな作画だったからこそ成し遂げられたわけで──」


「わかった。わかったから。だから早く電車に乗ろ? な?」


 そういえば、結局小説を読むことは叶わなかった。

 朝比奈は予想通りの騒がしい奴だったらしい。失望した。




 ★★★★★★★★★★




 至極残念なことに、電車内でもマシンガントークは健在だった。


「──って、あたしは思うんだっ!」


 俺たちは四人掛け座席の片側に、隣り合って座っている。一緒に帰ることにした以上、ここまでは仕方ない。

 だがしかし、いくら何でも距離が近すぎやしないだろうか。電車が揺れるたびに肩が触れ合ってしまうくらいだ。暑苦しいことこの上ない。


 他の乗車客の目だって気になってしょうがない。いくら帰宅ラッシュ前とはいえ、少なくない乗客が乗っているのだ。

 もし彼氏彼女の関係に勘違いされることがあれば、今生最大の屈辱である。全身全霊で誤解を解かなくてはならない。


「ところでさ、今期は何見てるの!?」


 それは、アニオタ同士の会話で必ずと言っていいほど出てくる質問だった。


「今期は『アインシュタインズ;ゲート・ゼロ』とか『異世界喫茶店』とか、あとは『ガンゲーム・オンライン』かな」


「うんうんっ! GGO面白いよね! 白熱するバトルでずっとハラハラさせられるよ! レナちゃんも可愛いし!」


「まぁな。あと銃がカッコいい」


「へぇ~、しゅんくんって銃とかにもにも興味あるの?」


「銃っていうよりはミリタリー全般って感じだ。そんなにコアじゃないけどな。軍これやってちょっと興味持っただけだし」


「あたしも軍これやってるよ! あ~でもゲームだったら最近はウィンターポケッツの方がプレイしてるかな」


「確かにウィンポケ面白いよな。ストーリーがホント感動的だった」


「~~~っ! あ~~もう、あたしたちほんと気が合うよね!」


 興奮が絶頂に達したのか、朝比奈は歓喜の声音を発した。そんな時だった。


 ──朝比奈が俺に抱き着いてきた。

 柔らかい、女の子の感触。形の良いふっくらとした双丘が俺にむにむにと押し付けられる。

 密着したことで、制服越しに朝比奈の心地よい温もりが伝わってくる。まるでハワイへバカンスでもしに来たような感覚だ。


 前に座っている禿げかけた社畜のおっさんが、こちらを恨めしそうに睨んでくる。居心地悪い。

 公衆の面前で何やってるんだ、こいつは。


「おい、暑苦しいから離れろ…… あと車内では静かにしててくれ」


「~~~っ! ひゃっ!」


 俺に指摘され我を取り戻したのか、勢いよく俺から離れる。羞恥のあまり顔を真っ赤に染め、俯く。

 しばらくして、少しは落ち着きを取り戻せたのだろうか。申し訳なさそうに苦笑しながら、潤んだ眼で俺を見上げてきた。


「……ご、ごめんね。熱くなりすぎちゃった……」


「いや、謝るほどのことじゃないと思うけど」


「ううん、ちゃんと謝らないとだよ。こんなんだからオタクは気持ち悪がられるんだよね……」


 朝比奈はかなり落ち込んでいる具合だった。声のトーンが明らかに元気を失っている。もはや今にも泣き出しそうな表情だ。

 かつて何か熱弁したせいで辛い目にあったことでもあるのだろうか。

俺に朝比奈の過去を知る由はない。けれど、ただこれだけは言えた。


「確かに、大声を出すのはよくないかもな」


「……うん、ほんとそうだよね……」


「でも、語ること自体は悪いことじゃないだろ」


「へ?」


 きょとんとする朝比奈。


「自分の好きなことを語って何が悪い。自分の趣味に誇り持てるのは良いことに決まってるだろ」


 朝比奈は面食らったような顔をした後、ふっと表情を緩めた。


「やっぱりしゅんくんは凄いよね」


「……は?」


 急に何の話だろうか。俺は褒められることなど滅多にない人種だというのに。そもそも人と関わる機会自体少ないのだが。


「ほら、ちゃんと自分の趣味を表に出せてるところが凄いなーって」


「ま、隠すのもバカバカしいしな。他人の目を気にするなんざ俺の性に合わない。それだけだ」


「でも、あたしさ。しゅうくんにとっては何でもない事すら出来なくて…… だから、しゅうっちのそういうとこ──凄く、カッコいいと思う」


「別に……カッコつけてなんかない」


「そこがカッコいいんだよ」


「そんなもんかね」


 オタクであることを隠すか隠さないかなど、一度たりとも悩んだことがなかった。

 “俺が楽しめればそれでいい”、そう思っている俺にとって、他人なんて心底どうでもいい存在だ。周りの目を気にすることなんざ、バカバカしいとすら思っている。

 だから、朝比奈の考えを俺は理解し得なかった。

 オタクであることを隠さないのは当たり前のことだから。だから、カッコいいことをしているつもりは毛頭なかったのだ。オープンオタクなど、カッコつけの対極と言ってもいい。


 それから朝比奈は、俺の言う通り大人しくしてくれた。

 ただただ無言で電車に乗り続ける。聞こえてくるのは喧騒と走行音だけ。そう、俺が望んでいるのはこういう時間、そして空間だ。


 永遠に続くかとも思われた沈黙が破られたのは、トンネルを抜けた時だった。


「…………ねぇ、しゅうっちはさ、もしかして昔、あたしのこと──」


 それは、至極小さくてか細い声で。だから──


『まもなく大津~、大津です』


 車掌のアナウンスに簡単にかき消されてしまった。


「何か言ったか?」


「ううん、何でもないよ」


 そう言う朝比奈の表情は、少し寂しそうだった。しかし、すぐにいつもの明るい表情に戻る。

 何を言いたかったのだろうか。だが、それを知る術はもうない。俺には分からない。予想も出来ない。


「あっ、あたしここで降りなきゃ。それじゃ、本は明日渡すからねっ!」


「あいよ」


 俺の返事を聞き届けてから、朝比奈は立ち上がり、ドアの方へ向かう。


 ドアが開くと、思い出したように振り返り、手を振りながら「ばいばい」と別れの挨拶を口にした。

 俺も軽く手を振り返す。


 そして俺は、遠ざかっていく朝比奈の背中を見送った。


 その時だった。



──急に強いデジャブを感じた。



 その後ろ姿を、昔どこかで見たような気がしてならなかったのだ。俺と彼女が出会ったは今年なのだから、そんなこと(・・・・・)ありえないはずなのだが。

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