2.学校一の美少女は隠れオタク。
学校を出た後、俺は家に直接帰らず、アニメイトを訪れていた。
今日は五月一日。某人気ラノベレーベル、角山ユニーク文庫新刊の発売日だ。それを買うために、俺ははるばる隣の県、京都のアニメイトまでやって来たというわけである。
俺の在住する滋賀県にも一応アニメイトはあるが、俺の通う学校からは京都のアニメイトの方が近いのだ。それでも電車に乗らなきゃいけないのはめんどくさいのだが。
俺はラノベコーナーに立ち入る。早速新刊コーナーを発見し、そこまで歩み寄った。
ふう、ユニーク文庫5月刊はここか──って「この素晴らしい異世界で最強に!」の十七巻、あと一冊しかないのかよ…… 流石は人気作品。
間に合って良かった。俺の好きなシリーズだし、買えないとちょっと泣く。
誰かに買われる前に早く確保しておかないと。
俺は急いで目当ての本に手を伸ばし──何か暖かくて柔らかい物に触れた。本ってこんなに温もりのある質感だったか?
が、そんなわけもなく。
「あっ」
そんなか細い声が、隣から聞こえた。
俺は声のした方へ振り向く。
そこには、一人の少女が立っていた。
明るい茶色に染められたゆるふわボブヘア、あどけなさの残る整った顔だち、健康的な肌。身長は178cmの俺より20cm以上低そうだ。
制服は大きく着崩れされている。二人の距離は近く、彼女を見下ろす形となっているため、はだけた胸元からは谷間とブラジャーがチラリズムしていた。推定カップはD。ブラジャーの色は黒。意外。
これはもう、見間違えようもなかった。見誤りようもなかった。
紛れもなくあの──朝比奈陽葵だ。
……何で彼女がこのオタク御用達の店にいるんだ?
「あーっと……」
取り敢えず何か喋ろうと声を絞り出したが、あいにく続く言葉が出てこない。
俺たちはお互い、手が触れ合ったまま固まる。
大きくてくりくりとした瞳に上目遣いで見つめられて、居心地が悪い。
すぐ側にある朝比奈の顔は赤く染まっていた。それが手を触られた怒り故なのか、はたまた恥ずかしさ故なのかは知らない。
先に沈黙を破ることに成功したのは、朝比奈の方だった。流石はリア充、コミュ力に長けている。
彼女の薄桃色のふっくらとした唇が小さく動く。
「えと、手……」
「あ、あぁ、スマン」
朝比奈の指摘通り、いい加減手をどけた。続いて朝比奈も手を引っ込めた。
やはり怒っているのだろうか。俺は恐る恐る朝比奈の顔を覗こうとするも、俯いてしまってよく見えない。
それから再び、静寂が場を支配する。いつまで経っても朝比奈はこの場から動こうとしないので、俺に何か用でもあるのかと考え、しばらくここに留まることにした。
体感時間的に十分ほど経った頃。流石に俺も待つのが面倒になり、アニメイトから立ち去ろうとする。
しかしそれより早く、朝比奈の口が開いた。どこか怯えているような、そんな表情を浮かべながら。
「あの俊太郎くん……だよね?」
「お、おう」
あのって何? 俺、そんな有名人じゃないでしょ。どっちかって言うと空気人間だし。
「…………ないで」
続いて紡がれた台詞は、リア充ビッチにあるまじき声量の小ささだった。
「は?」
「だ、誰にも言わないで。お願い、何でもするから……!」
「へ? は? いや、何のこと?」
「だ、だから、あたしが実は二次オタってこと……」
改めて朝比奈を注視すると、彼女はラノベや漫画だけでなく、エロゲまで手に抱えていた。
この分だと、本当に朝比奈は二次元を嗜んでいらっしゃるらしい。
学校一の美少女が二次オタだったとは、俺的ベスト3に入る衝撃の事実だな。現実は小説より奇なりとはよく言ったもんである。
「とりま、朝比奈が二次オタなのは分かった。けど、何でそんなこと頼むんだ?」
「それは、ほら。あたし、俊太郎くんみたいに自分の趣味をオーブンに出来なくて。情けないけど、周りにオタ趣味がバレると皆に引かれそうで嫌っていうか……」
「なるほど、な。まぁ安心してくれ。言いふらしたりはしない」
確かに俺はビッチが嫌いだ。隠れオタという人種も、オタクの中の恥晒しだとすら思っている。自らオタク文化を貶めることに繋がるのだから。
とはいえ、それ以上に他人への興味がない。朝比奈とて、それは例外ではない。
故に、ビッチを貶めるため朝比奈の趣味をばらしてやろうとか、そんな面倒なことをするつもりは毛頭ない。その時間を使ってアニメでも見てるほうがよほど有意義だ。
そもそも、言いふらしたくても言いふらせないからな。友達いないし。
「えへへ、じゃあ、二人だけの秘密だねっ!」
唇に人差し指を当てながら、元気よくそんな事を口にしやがった。ウィンクまでしてるし。
これだからビッチは…… 一つ一つの台詞で男を落としにかかろうとしているらしい。危険極まりない。
ちょっとした仕返しをしてやろう。
「でもな、その前に一つ条件がある」
「ほへ?」
「お前、『何でもする』って言ったよな?」
「い、言ったけど……」
ぼそぼそと何か言葉を垂れ流しながら、朝比奈は自分の身体を抱えて身をよじり始めた。あたかも自分の貞操を守るかのように。
もしやこいつ、盛大な勘違いをしてるな。ビッチは思考も淫乱なのかよ。
「いや、別に朝比奈の想像しているようなヤバい要求はしないから」
「へ? いやいやいや、べ、別になーんにも変なことは考えてないもん!」
頬を紅潮させながら、手をぶんぶん振る朝比奈。怪しさ満点だ。
「へいへい。とにかく、俺はただ『このすば』を貸してほしいだけだ」
「このすばって、これのこと?」
朝比奈は首を傾げさせながら、一連の騒動で完全に放置状態となっていた『このすば』を指差した。
「そうそれ。俺の好きなシリーズだし、読めないとぶっちゃけ悲しい」
「え? そもそもこれ、あたしが買っちゃっていいの?」
「当然だろ。先に取ったの朝比奈だし」
「えへへ、やった! ありがとっ! 俊太郎くんは優しいね!」
「別に優しくはない」
朝比奈は目を輝かせ、満面の笑みを浮かべながらいる。朝比奈のこういう無邪気ところが愛されている秘訣なんだろうな。俺から言わせれば、もう少し大人しくあってもらいたいが。すぐ傍ではっちゃけられるとなんだか俺まで疲れてくるし。
そんなわけで、俺はさっさと家に帰ることにした。
「んじゃ、そういうことで。このすばは明日俺の机にでも置いといてくれ。じゃあな」
ぶっきらぼうにそれだけ伝えると、俺はアニメイトの出口へと足を向けた。帰ったら何をしようか、とかそういう他愛もないことを考えていた──そんな時だった。
俺の腕に強い抵抗が生まれた。
何事かと後ろを振り向く。見ると、朝比奈がすがるように俺を見つめながら、俺の袖を引っ張っているではないか。期待と不安が入り混じった、そんな眼差して俺を見据えてくる。
「何かまだ用があんのか?」
「うん。あのね……一緒に、帰りたい」
「はぁ?」
こいつは一体何を口走りやがった? 男女仲良く一緒に帰ろうだと? 冗談じゃない。
「えと、色々お話とかしたいなぁ、なんて──」
「やだよ」
朝比奈の台詞をぶった切って、俺は断固拒否してやった。即答だった。
「えぇぇ…… 何で?」
「俺は基本独りでいるのが好きだからな。誰かと一緒に帰るなんて御免だ」
他人と時間を共にするということは、同時に会話をする義務が発生するというわけで。話題を探ったりだとか、話を広げようと試行錯誤したりだとか、相手に気を使ったりだとか、そんなもん全部ストレスを溜めるだけ。無意味で無価値な行為だ。
独りでいれば、自分のしたいことを好きなように出来る。ぼっちは自由の民なのだ。
自由万歳。自由を守るために全力で戦い抜こう。
しかも相手がビッチともなると、下手したら金を毟り取られかねない。帰りの電車代を俺が払うことになったり、最悪強引に食事を奢らされたりだとか。
誠に危険だ。
「むむぅ…… じゃあ、一緒に帰ってくれたら、このすばの特典小説あげる! これならどう?」
うっ……このすばの特典小説、はっきり言ってすごく欲しい。
俺はグッズなどといった類には興味のない人種だが、特典小説ともなれば別だ。裏話だとか、ヒロインとのイチャイチャエピソードが読めたりだとか、なかなか価値の高い物である。
わざわざ本屋ではなくアニメイトに足を運んだのだって、特典小説を入手する為だったりするし。
前言撤回。自由の守護者なんてやめだやめ。
「はぁ……わーったよ」
「やった!」
手を上げて喜ぶ朝比奈。そんなに俺と一緒に帰れるのが嬉しいのかよ……
そんなこんなで、俺は朝比奈と共にアニメイトを出た。掌には、朝比奈の手の温もりが未だ残っていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!よろしければ、ブクマやポイント評価、感想などもよろしくお願いします。
ツイッターもやっておりますので、フォローしていただけると幸いです!
https://twitter.com/YukkuriKiriya