表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/5

2.学校一の美少女は隠れオタク。

 学校を出た後、俺は家に直接帰らず、アニメイトを訪れていた。


 今日は五月一日。某人気ラノベレーベル、角山ユニーク文庫新刊の発売日だ。それを買うために、俺ははるばる隣の県、京都のアニメイトまでやって来たというわけである。

 俺の在住する滋賀県にも一応アニメイトはあるが、俺の通う学校からは京都のアニメイトの方が近いのだ。それでも電車に乗らなきゃいけないのはめんどくさいのだが。


 俺はラノベコーナーに立ち入る。早速新刊コーナーを発見し、そこまで歩み寄った。


 ふう、ユニーク文庫5月刊はここか──って「この素晴らしい異世界で最強に!」の十七巻、あと一冊しかないのかよ…… 流石は人気作品。

 間に合って良かった。俺の好きなシリーズだし、買えないとちょっと泣く。


 誰かに買われる前に早く確保しておかないと。

 俺は急いで目当ての本に手を伸ばし──何か暖かくて柔らかい物に触れた。本ってこんなに温もりのある質感だったか?

 が、そんなわけもなく。


「あっ」


 そんなか細い声が、隣から聞こえた。

 俺は声のした方へ振り向く。


 そこには、一人の少女が立っていた。


 明るい茶色に染められたゆるふわボブヘア、あどけなさの残る整った顔だち、健康的な肌。身長は178cmの俺より20cm以上低そうだ。

 制服は大きく着崩れされている。二人の距離は近く、彼女を見下ろす形となっているため、はだけた胸元からは谷間とブラジャーがチラリズムしていた。推定カップはD。ブラジャーの色は黒。意外。


 これはもう、見間違えようもなかった。見誤りようもなかった。



 紛れもなくあの──朝比奈陽葵だ。



 ……何で彼女がこのオタク御用達の店にいるんだ?


「あーっと……」


 取り敢えず何か喋ろうと声を絞り出したが、あいにく続く言葉が出てこない。

 俺たちはお互い、手が触れ合ったまま固まる。

 大きくてくりくりとした瞳に上目遣いで見つめられて、居心地が悪い。

 すぐ側にある朝比奈の顔は赤く染まっていた。それが手を触られた怒り故なのか、はたまた恥ずかしさ故なのかは知らない。


 先に沈黙を破ることに成功したのは、朝比奈の方だった。流石はリア充、コミュ力に長けている。

 彼女の薄桃色のふっくらとした唇が小さく動く。


「えと、手……」


「あ、あぁ、スマン」


 朝比奈の指摘通り、いい加減手をどけた。続いて朝比奈も手を引っ込めた。


 やはり怒っているのだろうか。俺は恐る恐る朝比奈の顔を覗こうとするも、俯いてしまってよく見えない。


 それから再び、静寂が場を支配する。いつまで経っても朝比奈はこの場から動こうとしないので、俺に何か用でもあるのかと考え、しばらくここに留まることにした。


 体感時間的に十分ほど経った頃。流石に俺も待つのが面倒になり、アニメイトから立ち去ろうとする。

 しかしそれより早く、朝比奈の口が開いた。どこか怯えているような、そんな表情を浮かべながら。


あの(・・)俊太郎くん……だよね?」


「お、おう」


 あのって何? 俺、そんな有名人じゃないでしょ。どっちかって言うと空気人間だし。


「…………ないで」


 続いて紡がれた台詞は、リア充ビッチにあるまじき声量の小ささだった。


「は?」


「だ、誰にも言わないで。お願い、何でもするから……!」


「へ? は? いや、何のこと?」


「だ、だから、あたしが実は二次オタってこと……」


 改めて朝比奈を注視すると、彼女はラノベや漫画だけでなく、エロゲまで手に抱えていた。


 この分だと、本当に朝比奈は二次元を嗜んでいらっしゃるらしい。

 学校一の美少女が二次オタだったとは、俺的ベスト3に入る衝撃の事実だな。現実は小説より奇なりとはよく言ったもんである。


「とりま、朝比奈が二次オタなのは分かった。けど、何でそんなこと頼むんだ?」


「それは、ほら。あたし、俊太郎くんみたいに自分の趣味をオーブンに出来なくて。情けないけど、周りにオタ趣味がバレると皆に引かれそうで嫌っていうか……」


「なるほど、な。まぁ安心してくれ。言いふらしたりはしない」


 確かに俺はビッチが嫌いだ。隠れオタという人種も、オタクの中の恥晒しだとすら思っている。自らオタク文化を貶めることに繋がるのだから。

 とはいえ、それ以上に他人への興味がない。朝比奈とて、それは例外ではない。

 故に、ビッチを貶めるため朝比奈の趣味をばらしてやろうとか、そんな面倒なことをするつもりは毛頭ない。その時間を使ってアニメでも見てるほうがよほど有意義だ。

 そもそも、言いふらしたくても言いふらせないからな。友達いないし。


「えへへ、じゃあ、二人だけの秘密だねっ!」


 唇に人差し指を当てながら、元気よくそんな事を口にしやがった。ウィンクまでしてるし。

 これだからビッチは…… 一つ一つの台詞で男を落としにかかろうとしているらしい。危険極まりない。

 ちょっとした仕返しをしてやろう。


「でもな、その前に一つ条件がある」


「ほへ?」


「お前、『何でもする』って言ったよな?」


「い、言ったけど……」


 ぼそぼそと何か言葉を垂れ流しながら、朝比奈は自分の身体を抱えて身をよじり始めた。あたかも自分の貞操を守るかのように。

 もしやこいつ、盛大な勘違いをしてるな。ビッチは思考も淫乱なのかよ。


「いや、別に朝比奈の想像しているようなヤバい要求はしないから」


「へ? いやいやいや、べ、別になーんにも変なことは考えてないもん!」


 頬を紅潮させながら、手をぶんぶん振る朝比奈。怪しさ満点だ。


「へいへい。とにかく、俺はただ『このすば』を貸してほしいだけだ」


「このすばって、これのこと?」


 朝比奈は首を傾げさせながら、一連の騒動で完全に放置状態となっていた『このすば』を指差した。


「そうそれ。俺の好きなシリーズだし、読めないとぶっちゃけ悲しい」


「え? そもそもこれ、あたしが買っちゃっていいの?」


「当然だろ。先に取ったの朝比奈だし」


「えへへ、やった! ありがとっ! 俊太郎くんは優しいね!」


「別に優しくはない」


 朝比奈は目を輝かせ、満面の笑みを浮かべながらいる。朝比奈のこういう無邪気ところが愛されている秘訣なんだろうな。俺から言わせれば、もう少し大人しくあってもらいたいが。すぐ傍ではっちゃけられるとなんだか俺まで疲れてくるし。

 そんなわけで、俺はさっさと家に帰ることにした。


「んじゃ、そういうことで。このすばは明日俺の机にでも置いといてくれ。じゃあな」


 ぶっきらぼうにそれだけ伝えると、俺はアニメイトの出口へと足を向けた。帰ったら何をしようか、とかそういう他愛もないことを考えていた──そんな時だった。


 俺の腕に強い抵抗が生まれた。


 何事かと後ろを振り向く。見ると、朝比奈がすがるように俺を見つめながら、俺の袖を引っ張っているではないか。期待と不安が入り混じった、そんな眼差して俺を見据えてくる。


「何かまだ用があんのか?」


「うん。あのね……一緒に、帰りたい」


「はぁ?」


 こいつは一体何を口走りやがった? 男女仲良く一緒に帰ろうだと? 冗談じゃない。


「えと、色々お話とかしたいなぁ、なんて──」


「やだよ」


 朝比奈の台詞をぶった切って、俺は断固拒否してやった。即答だった。


「えぇぇ…… 何で?」


「俺は基本独りでいるのが好きだからな。誰かと一緒に帰るなんて御免だ」


 他人と時間を共にするということは、同時に会話をする義務が発生するというわけで。話題を探ったりだとか、話を広げようと試行錯誤したりだとか、相手に気を使ったりだとか、そんなもん全部ストレスを溜めるだけ。無意味で無価値な行為だ。

 独りでいれば、自分のしたいことを好きなように出来る。ぼっちは自由の民なのだ。

 自由万歳。自由を守るために全力で戦い抜こう。


 しかも相手がビッチともなると、下手したら金を毟り取られかねない。帰りの電車代を俺が払うことになったり、最悪強引に食事を奢らされたりだとか。

 誠に危険だ。


「むむぅ…… じゃあ、一緒に帰ってくれたら、このすばの特典小説あげる! これならどう?」


 うっ……このすばの特典小説、はっきり言ってすごく欲しい。

 俺はグッズなどといった類には興味のない人種だが、特典小説ともなれば別だ。裏話だとか、ヒロインとのイチャイチャエピソードが読めたりだとか、なかなか価値の高い物である。

 わざわざ本屋ではなくアニメイトに足を運んだのだって、特典小説を入手する為だったりするし。


 前言撤回。自由の守護者なんてやめだやめ。


「はぁ……わーったよ」


「やった!」


 手を上げて喜ぶ朝比奈。そんなに俺と一緒に帰れるのが嬉しいのかよ……


 そんなこんなで、俺は朝比奈と共にアニメイトを出た。掌には、朝比奈の手の温もりが未だ残っていた。

最後までお読みいただきありがとうございます!よろしければ、ブクマやポイント評価、感想などもよろしくお願いします。

ツイッターもやっておりますので、フォローしていただけると幸いです!

https://twitter.com/YukkuriKiriya

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ