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咲の新しい寝床

 咲にはどうしても譲れないものがある。

 でも、それは養い親になってくれたヴィーラには言い出せないもので、ヴィーラの館から引っ越した今だからこそ、言い出せるものだった。


 それは寝床。この世界に来て以来、ずっと寝床だった石の台。あれは風邪の元だった。あれのせいで咲は年中風邪を引く羽目になった。

 ヴィーラとタキトゥスに挟まれて眠っていても、骨が凍るくらい身体の芯から冷えた。

 アークデーモンの母親は子どもと一緒に眠るからとずっと我慢していたが、もう限界だった。ヴィーラの館を出たからにはもう我慢しない。


 という事で、咲はタキトゥスに直談判することにした。むしろ、タキトゥスの使用人は知らない魔族なのだから、タキトゥス以外に相談する相手はいない。館の持ち主でもあるし。


 タキトゥスは今、家具や絨毯のある居間で連れて来たばかりの咲にまめまめしく世話を焼いている。


「タキトゥス」

「なんだ?」


 お茶を淹れている手を止めて、いつも通りアークデーモンらしい何者も恐れていない不遜な態度でタキトゥスは聞いた。


「あたしの寝床なんだけどさ、石の台じゃなくてマットレスがいいんだけど。もうこの際、ソファでいいから石の台だけは勘弁」


 タキトゥスは不思議そうに首を傾げる。


「何故だ。今までも石の台を使っていただろう? 一度、わたしの作った石の台を見てくれ。あの石が気に食わないなら、別の石で作る」


 石の台自体が嫌だということをタキトゥスは受け入れられないようだ。一般的なアークデーモンが番に石の色や種類が気に入ってもらえない時と同じ対応をした。


「タキトゥスが作った石の台が嫌なんじゃなくて、石の台で眠るのが嫌。だって、滅茶苦茶冷たいし。いつも風邪を引いているのは石の台のせいに決まってるじゃん」

「それは・・・。わかった」


 そう言われると、咲が毛布を何枚も巻き付けて眠っていることやすぐに風邪を引いて苦しんでいることを知っているタキトゥスは咲が石の台で眠るのを嫌がっている事実を受け入れるしかない。咲は病気をしないアークデーモンではないのだから、アークデーモンのように石の台で眠って病気にかかるなら、タキトゥスはその事実を認めるしかないだろう。アークデーモンは番至上主義だから。


「じゃあ――」

「咲は石の台の上に寝ているから寒いのだろう。わたしの上で眠れば寒くない」


 石の台で眠らなくてよくなったとぬか喜びをする咲にタキトゥスは代替案を示す。


「?!」


 予想していなかった意外な答えに咲は目を丸くした。


 ヴィーラの館にいた時にはアークデーモンの母親が子どもと寄り添って眠るのが普通だったから、咲がヴィーラやタキトゥスの上で眠ったことはない。横を向いて眠っただけで窒息死させかけたヴィーラの胸に顔を埋めて眠るなど自殺行為だ。ヴィーラの一種の凶器である大きさの胸はゴムボールほど固くないが、弾力もあるのに仰向けに寝ても重力に逆らっている代物である。

 ヴィーラの胸と違って、タキトゥスの胸板で鼻や口を塞ぐには密着する必要がある。顔だけ横を向いて眠れば、確かに物理的には死なない。

 しかし、タキトゥスの胸板も一種の凶器だ。きっと、タキトゥスの上で眠る時に生存本能が羞恥心に負けるだろう。恥ずかしくて死ぬ。


「無理無理無理無理!! 恥ずかしい!! そんなことできないよ!!」

「何を言っている。咲はわたしの番だぞ。大人になったことだし、乗せて寝ても何の問題もないだろう」

「いや、問題あるって!」


 タキトゥスを異性として意識するようになってしまったら、また睡眠不足に陥るか、その前に恥ずかしくて死ねる。


「ない」


 当のタキトゥスはそんな咲の気持ちなど気付いていないようだ。


「あるって! そんなことされたら、また前みたいに眠れないよ」


 咲は必死に思いとどまらせようとした。


「大丈夫だ。ちゃんと対策は練ってある」

「そんなこと言っても、やだよ」


 そんな対策があるなら、とっくに咲が試している。

 咲が試していない方法でもあるというのか?


「試してみるだけ試さないか?」

「でもさ・・・」


 アークデーモンのアークデーモンにしかわからないものがあるのかもしれないが、咲の返事は思わしくない。

 いくらタキトゥスがその水色の目に真摯な色を浮かべていても、風邪と生命の危機があるのだ。簡単には頷けない。


「駄目だったら、明日、別の寝床を用意する」

「それならいいけど・・・」


 咲は乗り気ではなかった。

 それでも、石の台以外の寝床の約束とタキトゥスがなんとか眠れるようにしてくれるというのを咲は信じることにした。







「すまない、咲」


 タキトゥスは平身低頭で謝った。


「・・・」


 咲はほとんど眠れず、睡眠不足で頭が回らない状態で不機嫌だった。


 寄り添って川の字で眠っていた時にはヴィーラとタキトゥスの体温が横からだけでなく、石の台を通じてもわずかながらに伝わっていた。それでも寒いが。

 しかし、タキトゥスの上で眠った場合、下だけは充分温かい。両側の温もりはないがそれは毛布で何とかなる。


 問題はタキトゥスがとってくれた対策では眠れないことだった。






 翌朝、タキトゥスはすぐに人型魔族の好む寝床を用意した。そのおかげで、咲はその日から数年ぶりに普通のベッドで眠ることができるようになった。

>咲は念願の寝床ベッドを手に入れた。

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