フェアリー
○プロローグ
これは一人の英雄に憧れた少年とその相方エルフの物語である。
今日から僕は冒険者になる。ずっとなりたかった憧れ。ここルネビアには伝説がある。英雄ナポーゼの伝説。子供の頃からよくじいちゃんに聞かされた。ナポーゼはここルネビアニにある迷宮層第78階層までたどり着いた唯一の人物だ。「僕もナポーゼみたいになりたい」そう毎日のように思ってきた。そしてナポーゼがたどり着けなかった階層に僕は行きたい。今日、ついにその願いが叶う一歩目なのである。
○1章
「うええええええ」
やってしまった、まさかこんな日に限って寝坊するなんて。
確かに昨日はなかなか眠れなかった、というか眠れるわけがない。
ついつい何回もナポーゼの伝記を読み返してしまった。
今日はなんたって僕の人生の新たな一ページが開かれる日なんだから。
なるんだ英雄に。
集会所に着いた頃には太陽もてっぺんを過ぎていた。
幸いにもそんなに人はおらず、すんなり受付に入れた。
いつもは長蛇の列ができている。
急いで来たから息は上がりっぱなしだがそんなことはいい。
僕は息が整う間も無く言った。
「あ、あの冒険者になりたいんですが」
「冒険者だね。君、名前は?」
「ゼル・アレインって言います」
「ゼル君ね。私はレリア。よろしく」
そこにいたのはとても美人で、優しそうなお姉さんだ。
「はい。よろしくお願いします」
「じゃ、ちょっと待ってね」
ついに冒険者か、じいちゃんにナポーゼの伝説を聞かされてからずっとなりたかった。
ついに僕もなれるんだああああああ。
「お待たせ。これにサインをいいかな」
えっとサインサインと。
「んが」
置いてあったのは大量のサイン書。よくこの量を一人で持ってこれたなと思った。この人何者。
「あのぉぉ、これ全部サインするんですか・・・」
「ええ、もちろん」
レリアさんは満面の笑みだ。多分冒険者になりたいと思ってくる人たちみんなにこの笑顔でサイン書を渡してるんだろうな・・・鬼だ。
冒険者になるんだ。これぐらいすんなり終わらせられる。
これが意外にも大変な作業だった。
「あのぉできました・・・」
「お疲れさん。またちょっと待っててね」
また何か持ってくるのか。もうサインだけは勘弁を。
「はい、これ」
「なんですか、これ」
サイン書とはうって変わってこじんまりとした小さなカード。
「これはねぇ、ステータスカード。ここに職業、ランク、スキルなど個人情報が記載されるんだ」
「おお、なるほどぉ。じゃあ僕はなんて書いてあるのか…」
職業・冒険者
ランク0
スキル・なし。
「なにもないじゃないですかあぁぁ」
「あったりまえよ。あなた今日から冒険者なんだから。これからよ。」
そうだ。今日から僕の冒険者ライフが始まるんだ。
「それはそうと、スキルカードってこんな地味でしたっけ」
「ん?どういうことかな」
「英雄ナポーゼのはもっとこう派手で輝いていたというかなんというか」
僕は本でナポーゼのスキルカードを見たことがある。というか何回も見た。そのカードは神々しくてとても輝いていた。でも今、手元にあるカードは違う。
「はぁ…ばかなの。彼だって最初はゼル君と同じそのカードから始まったのよ。そこから彼は毎日鍛錬してランクを上げた。そしてあのカードになったのよ。」
レリアさんが怒るとこんなに怖いんだ。さっきまでの笑顔が嘘のように思える。
「僕もそうなれるように頑張ります!」
そうだ、絶対なるんだ英雄に。
「じゃ最後にパートナーになるエルフちゃんを決めないとね」
冒険者になるとエルフがパートナーになる。
そのエルフは命を共有していて、自分が死ねばエルフも死んでしまう。
逆にエルフが死んだら自分も死んでしまう。
「どうやって決めるんですか」
「そりゃぁ簡単よ。ついてきて」
そういってレリアさんは受付の奥にある薄暗い部屋に歩いていった。
「あのぉまだですか?」
「もう少しだよ」
どのくらい階段を下っただろう。レリアさんに案内された部屋には地下に続く階段がありその階段を今も下っているところだ。
「ほら、ついたよ」
階段を下りきりそこには小さな部屋があるだけだった。
「あの、誰もいませんよ?」
「そう慌てないでよ」
そういってレリアさんは壁に何か文字を書いた。
書いたというよりはなぞったというべきか。
壁が一瞬光って、音を立てながら両サイドに開いた。
「さ、行こうか」
どうやらまだ奥に部屋があるらしい。
次の部屋にはすぐに着いた。
「なんですかこれ。もしかして幽霊」
部屋には無数の青白い火の玉のようなものが浮かんでいた。
「違うよ。これはエルフちゃんたちの魂」
「なぁんだよかった…って、えーーこれがエルフ!」
「そ、これがエルフちゃん」
「あの、姿・形がないんですけど」
「今はね。これから作るんだよ。今ここにあるのは魂だけ。姿・形を決めるのはゼル君だ」
「僕が決める?そんなことできるんですか」
「できるよ。どんなエルフちゃんが生まれてきて欲しいか想像する。で、その思いをここにある魂に送り込む。それで完成」
簡単そうに言われたけど結構難しそうだ。本当に大丈夫なのか不安になる。
「わかりました。じゃあどんな子がいいかな」
やっぱりお姉さんタイプがいいな。優しくて、美人で、甘えさせてくれて頼りになる。それでやっぱり巨乳。
じいちゃんもよく言っていた。巨乳は男のロマンだと。
「ゼル君、顔が緩みすぎて気持ち悪いよ」
顔に出てしまってたらしい。恥ずかしすぎる。
「す、すみません。つい。」
「で、決まったのかな?」
「はい。決まりました」
「なら早速やってみようか」
そうして僕たちはとりかかった。
僕は魂に手を伸ばし願った。お姉さん、巨乳、お姉さん、巨乳、
お姉さん、巨乳
「お姉さん、巨乳、お姉さん…」
「はあぁ、だから心の声漏れてるって」
どうやらいつのまにか口に出してたらしく恥ずかしい。
でも今はそんな事を気にしてはいられない。
願うんだ、僕の理想のエルフのために。
魂がどんどん変形していく。そしてついに完成した。
「あれ?ちょとまってください…」
そこに現れたのはお姉さんでも巨乳でもない、見るからに幼い少女だった。
顔はとても幼く、胸も…ない。背は僕よりも低い。
「あはははははははははは」
完成したエルフの姿を見てレリアさんは笑いが堪えきれなかったようだ。
「笑わないでくださいよ」
「ごめんごめん。でも、ゼル君の願いは巨乳な……あははははははは」
レリアさんが笑いを堪えられないのもわからなくもない。
でも幾ら何でも笑いすぎだ。
そりゃ願いましたよ、巨乳なお姉さんを。
でもそこに現れたのは願いとは正反対のエルフだった。
「あの、僕がエルフの姿を決められるんじゃ。僕が願ったエルフとは違うんですが」
「そのはずなんだけどね。ゼル君の願いというか欲望は魂の方が受け付けつけなかったんじゃないかな」
「そんな。はあああぁ」
これじゃ僕がただの変態でバカみたいじゃないか。
「なに、そのため息は。さっきから黙って聞いていれば違うだの巨乳だの。私に何か文句でもあるの」
エルフが初めて喋った。声は可愛いかった。
「いや、そのなんといいますか」
「なに?いいなさいよ」
言えるわけない。僕は巨乳で優しいお姉さんがよかったなんて。
「レリアさん。もう一回。もう一回だけやらせてください」
僕はレリアさんに泣きながらしがみついた。
「残念ながら一回しかできないんだ。諦めなよ。それに可愛らしくていい子そうじゃない」
確かに見た目は悪くない。でもやっぱり理想とはかけ離れてる。
「そんなぁ…わかりました、我慢します」
仕方がない。いつか巡り会える。なかなか手に入らないからロマンなんだ。
「我慢ってなによ。私だってこんなヒョロヒョロで弱そうな変態のパートナーなんて嫌よ」
「これから強くなる。あと変態じゃない。巨乳は男のロマンなんだ。夢が詰まってんだよ」
「はいはい無駄な幻想を抱くのはやめて現実を受け入れなさい。貧乳こそ正義。貧乳こそ最強」
こいつ自分で言ってて悲しくないのか。というか自覚してるし。
「まあまあ二人ともその辺にしときなって。これから一緒に冒険を始めるんだから。これからが心配だよ。あとエルフちゃんも現実を受け入れなさい」
そんな笑顔で現実をつきつけるレリアさん。まさに悪魔。
「うっさい。私だってこれから成長するもん」
「そ。ならいいんだけどね。じゃそろそろ戻ろっか」
またあの階段をのぼるのか…。
3人で階段をのぼった。
「お疲れ。これでゼル君も今日から冒険者だね。頑張って。何かあったらいつでも私に言ってね」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って僕は集会所を後にした。
帰り道、エルフと二人きりになると気まずかった。
というか何を話したらいいかわからなかった。
「そういやまだ名前聞いてなかったな。なんていうんだ?」
「名前を聞くときはまず自分からでしょ。常識、そんなことも知らないの」
こいつ見た目は可愛いのに言葉がきつい。まあ言ってることは正しいんだけど。
「僕はゼル・アレイン。これから一緒に頑張ろうな」
「私はリザ。まぁよろしく変態さん」
どうやらこいつの中で僕が変態と決まってしまっているらしい。
早めに誤解を解いておかないと。
「だから変態じゃないって言ってるだろ。だからもう変態呼ばわりはなしな。」
「ふん。あんなお願いしといてよくそんなことが言えたわね」
まさかこいつ知ってるのか。だとしたら余計にまずいぞ。
「あんなお願いってなんだよ。僕は別に、そんな、変な、お願いはしてないし…。」
「いやしてたし。魂の中にいるのにまじまじと伝わってきたし。
あんたのゲスい欲望が。本当気持ちわるかったわ」
「すいませんでした。この通りです。今回だけは見逃してください」
僕はその場で土下座していた。こうするしかなかった。
このままでは僕の冒険者生活が1日目にして終わりを迎えようとしていたからだ。
「まあいいわ。今度巨乳とか言ってみなさい。殺すわよ」
どうやら許してくれるらしい。変態冒険者の名が広まらなくてよかった。
それにしてもこいつ、どんだけ胸のこと気にしてんだよ。
「ぐぅぅぅぅ〜」
そんな会話をしているうちにフェアリーのお腹がなった。
「そういやなにも食べてなかったな。よし今日は僕たちの冒険者記念ってことでご馳走にしようか」
「ご馳走!なになに。なに食べるの。」
なんだこいつ。やけに食いつきがいいな。
さっきまでこんな笑顔見せなかったくせに。
「着いてからのお楽しみってことで。早く行くぞ」
「なによ、もったいぶっちゃって。ご馳走じゃなかったら承知しないからね」
僕がご馳走を食べに行くといったらあの場所しかない。
昔はよくじいちゃんと行った場所。
「ほら着いたぞ。」
「なによここ。見た感じとてもご飯を食べるようなところじゃないんですけど。
ていうか廃墟なんですけど」
確かに見た目は完全に廃墟だ。僕も初めて連れてこられたときはそう思った。
初めて来る人はこんなところにお店があるなんてわからないだろう。
「お店は地下にあるんだ。やっぱり廃墟に見えるよな」
いつのまにかリザは僕にぴったりくっついていた。
「なに、リザ。幽霊とか怖いの」
「うっさい。べつに怖くないし」
意外に可愛いところもあるんだな。こうやって普通にしていれば可愛いのに。
しかしここまでくっつかれると緊張する。
「なにニヤついてんのよ。ほんときもい。変態。早く行きなさいよ」
変態はもう言わないっていう約束じゃ…
「はいはい。行きます行きます」
僕たちは地下にあるお店に向かった。
ドアを開けると今日も店は賑わっていた。
ここはいわゆる冒険者のたまり場みたいなところだ。
「いらっしゃいませ。ってゼル君じゃないかにゃ。」
「いらっしゃいゼル君。」
二人はこの店の看板娘。大概のお客はこの二人目当てに来てるだろう。
「ニャルシーさん、フローラさん、久しぶりです。」
ニャルシーさんは見た目が猫で語尾に「にゃ」とつけて喋るのが特徴的だ。
職業はビースト・テイマーでこの町では結構な有名人だ。
フローラさんはこの店の一番人気。冒険者ではない。
多分同じ僕と同じくらいの歳じゃないかな。
「あれ、今日は一人じゃないのかにゃ。」
さっきからずっと僕にしがみついて隠れていたリザに気づいたらしい。
「ほら、もう大丈夫だから離れてもいいぞ、いつまでビビってるんだ。」
まだこの店を疑っているのか。もしくは本当に幽霊が怖いのか。
「べ、べつにビビってなんかないし。勘違いしないでよね。」
「ゼル君このツンデレちゃんは誰にゃ。」
「誰がツンデレよ。私はリザ。今日からゼルと一緒に冒険することになったの。」
今回はちゃんと名前で言ってくれた。変態と言われなくてよかった。
「てことはゼル君、冒険者になったんだ。昔から英雄ナポーぜに憧れてたもんね。おめでとう、頑張ってね。」
「ゼル君がもう冒険者なんて、はやいにゃあ。」
「やっとなれました。てことで今日はその祝いに食べに来たってわけなんです。」
「今日は盛大に祝わないとね。マスターにもそう言っておくわ」
「じゃ仕事にもどるにゃ。」
僕らは空いてるテーブル席に座った。
どうやらリザも落ち着いたようだ。
「ねえゼル、本当にご馳走なんでしょうね。私、結構期待してるんですけど」
「大いに期待してくれていい。僕が保証する」
レーナさんの作る料理はどこの店より美味しい。
一度食べたらやみつきになる。きっとリザもそうなるだろう。
レーナさんはこの店のマスターでこの街で知らないものはいない。
昔はすごい冒険者だったらしいのだが今はもうやめてしまったらしい。
「お待たせにゃ。ドリンクだけだけど先に乾杯しようかにゃ」
「じゃゼル君の冒険者記念に乾杯にゃ~」
「乾杯~」
いやぁ美味しい。特に今日の一杯はいつもより何倍も美味しい。
「なにこれゼル、すごく美味しんだけど。」
「そうだろ。これはこの店一番人気だからな」
気に入ってくれたみたいでよかった。
なんたってラッシー・コーフィはこの店イチオシだ。
「ゼル君、リザちゃん。今日は閉店まで祝いつくすにゃ」
「そうね、今日は楽しんでいってね」
いつのまにかテーブルは料理で埋めつくされていた。多すぎなきがするのだが。
それにこれだけ出されるとお金の方も心配になる。
「あの、フローラさん。さすがに多すぎじゃないですか。お金のほうが…」
「お金なら気にしないで。今日はマスターのおごりだって。」
「それほんとですか。あとでお礼言っておきます」
これでなにも気にすることなく食べられる。さっそくいただこう。
だがテーブルにさっきまで所狭しと並んでいた料理がほとんどなくなっている。
「おい、リザ料理は」
「とっても美味しいよ」
「味を聞いてるんじゃない。ていうかお前が食べたのか、食べたんだな!」
こいつこんなに小柄なのに、よくあんだけの量を一人で食べれたな。
というか僕の分は…。
「なにしてんだお前。僕はまだ一口も食べてないんだよ、お腹空きまくりなんだよ」
「私だってお腹空いてたのよ。それにあんたがお金のことなんか気にしてたから悪いのよ。こんな日くらいお金のことなんて気にしなくたっていいじゃない」
こいつ・・・今すぐにでも追い出してやりたい。
「あんだけ食べたんだ。もういいよな、おとなしくしてろ。」
「まだ食べるし。まだまだ食べれるし。あと何品でもいけちゃうんだから。」
どんだけ食うんだよ。いっそフードファイターにでもなってしまえ。
「ちょとは僕のことも考えろよな。どんだけ食い意地悪いんだよ。」
そのままにらみ合いが続いた。
「まあまあ二人とも落ち着いて、料理はまだまだあるから大丈夫にゃ。」
そう言って次から次に料理が運ばれて来た。
いつの間にかまたテーブルの上には所狭しと料理が並んでいた。
「今度は遠慮しろよな。」
「はいはいわかりました。」
どうやら本当に遠慮してくれたらしい。
そこからお祝いパーティーは閉店時間まで続いた。
帰り時にはリザはすっかり酔いつぶれていた。
なぜかラッシー・コーフィで酔ったらしくなかなか起きない。
「ほら帰るぞリザ。起きろ」
こいつ、ほんと手のかかるやつだ。
「ゼル君も大変ね」
「今はしょうがないと思います。お互いの事、何もまだ知らないですし。」
「今日が始まりの日だもんね。頑張ってね」
これから知っていければいいと思う。
それにこうやって見てるとやっぱり可愛い。
「今日はありがとうございました」
「いいってことにゃ。ゼル君の祝いなんだからにゃ。」
「ゼル、冒険者はそんなに甘くないが頑張れよ。」
「はい、レーナさん。ごちそうさまでした」
全く起きる様子がないリザをおぶって店を後にした。
「もうとたびぇしゃせなさいよ〜」
夢の中でも食ってるのか。どんだけ食べるつもりだ。
寝言くらい可愛らしいこと言えないのかよ。
今日も空には満天の星が輝いている。
明日からどんな冒険が待ってるのかな。