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第5話

アシュリー様に早速絵をお見せしたかったのだけれど、少々お茶会の予定が立て込んでいて、時間が取れなかった。お茶会は貴族令嬢をやっていくうえで重要な情報戦の場だ。最近少々妙な噂が飛び交っている。『クリスティーナは魔女だ!』という、噂である。『愛を誓うと心を盗られる。』というところまで具体的に噂されている。この世界では「魔女狩りだー!!」みたいなのは特にない。ただ、魔女は得体の知れないもの…と恐れられているだけだ。何となく私のことを『人の心を盗む魔女』と悪意的に伝えている噂だ。


「クリスティーナ様が魔女だなんて、酷い言いがかりですわね。」


リンジー様が憤ってくれる。


「あら、私、本当に魔女かもしれなくてよ?」


極めて平然と答えた。周囲が吃驚したような表情を浮かべる。


「どういう意味ですの?」


イザベル様が真意を訪ねてくる。


「私が以前長い長い幸福な夢を見ていた…というお話はしましたわよね。」

「ええ。最愛の殿方の出てくるお話ですわよね。」


お茶会に出席していた殆どの令嬢はその話を知らなかったので、改めてサミュエル様のお話をした。私が愛し、私を愛してくれた最愛の殿方の話を。名前はあえて出さなかった。「あの方」とか「最愛の方」とぼやかしながら話した。


「……という夢なのですが、今はその最愛の殿方は置いておきましょう。私はその夢の中でロマンス小説を好んで読んでいたのです。その一つにクリスティーナ・クロフトという少女がヒロインのロマンス小説がございましたの。」


私は『クリスと唯一の至宝』のあらすじを大方話した。ただし私以外の実在する人物の名前はイニシャルだけ告げた。S子爵子息が…みたいに。


「もしあの夢で読んだロマンス小説の舞台が今、この世界のこの時代だというのなら、私は魔女の血を引く娘なのかもしれませんわ。ただし、今のところ私は誰にも愛を誓われていないので、本当かどうかわかりません。それにしたって酷い設定ですわ。徒に愛を誓われてわざわざ宝石を砕くだなんて、私がくたびれもうけじゃないですか。私だって本当に愛おしい殿方の心以外は欲しくないですわ。私自身だって物語のクリスティーナのように誰かに仮初めの愛を誓ったりしませんわ。あら、やだ、むしろ私の方が危険なのではなくて?私は相手の殿方から出てきた宝石を砕くとお約束して差し上げますけれど、私が脅迫されて仮初めの愛を誓わせられたら、私の心は奪われてしまうのだもの。そんな殿方が現れたら皆様、助けてくださいましね?」


みんながくすくすと笑う。


「クリスティーナ様はもう石を盗られてしまったのではなくて?」


一人の令嬢が恐る恐る発言した。


「どういう意味ですの?」


尋ねると、その令嬢は本当に身を小さくして答えた。


「その…アシュリー・ディナール様とクリスティーナ様が恋仲だと聞きました…あんな恐ろしい男性、心を盗られていなければ…」


ちょっとむっとした。アシュリー様を恐ろしいだなんて…。


「アシュリー様は素敵な男性だと思いますけれど。私は夢の殿方を探しているのです。もしかしたら、アシュリー様が彼なのかしら…と疑っている最中なのです。」

「あら、灰色の瞳の、音楽の才豊かな殿方だったのではないですの?」

「夢ですもの。同じ見た目をしているとは限りませんわ。アシュリー様は音楽の才能が豊かでしてよ?歌唱はさほどお得意ではないようですけれど、素晴らしい作曲センスをされてますの。」


お茶会に出ている令嬢の幾人かは、アシュリー様が10~12歳のハントリー音楽祭での見事なバイオリンの音色を耳にしたことがあったらしく、「確かに。」と頷いている。


「それより私が魔女だという噂はどこから出たものなんですの?その方は私の夢の世界にもいらっしゃった方なのかしら?」

「そうですわね…わたくしは、エイプリル様が仰ってたのを聞いたのですわ。」

「私は、イリーナさまが仰ってたのを聞いたのですわ。」

「私も。」


どんどんと噂の根元が掘られていき、どうやら噂の出どころはブリタニー・シュレイン男爵令嬢らしい…というのが突き止められた。このお茶会には出席していないが。向こうも逆に噂の出どころが突き止められるだなんて思ってないだろう。


「違っていたらごめんなさい。もしかしてブリタニー様はアルベルト・ディナール様のファンではなくて?」


ちょっと聞いてみた。


「まあ。どうしてお分かりに?その筋では有名な話でしてよ。それはもう熱心な信奉者だと。」

「『クリスと唯一の至宝』でのクリスティーナの恋のお相手役は、アルベルト様でしたの。」


悪い役ではないからお名前を明かしてもいいだろう。


「まあ!ではクリスティーナ様にアルベルト様をとられたくなくて、こんな噂を立てたのかしら?」

「アルベルト様をお慕いしているのはわかりますけれど…」

「必死ね。」

「クリスティーナ様より勝るところが何もないからって…」

「悪評でライバルを蹴落とすだなんて、淑女の風上にも置けませんわ。」


本人がお茶会に出席してないから言われたい放題である。こういうことがあるから、色んなお茶会にこまめに顔出しして印象良くしておきたいんだよね。火種を蒔いといてなんだけど。


「でも、夢の殿方はやっぱり、アルベルト・ディナール様ではないですの?綺麗な灰色の瞳をされてますし、確かバイオリンも割とお上手でしたわ。」

「私もそうなのかしら?と思ったこともありますけれど…なんだか違いそうですの。ダンスを踊った時も上手なリードだとは思いましたけれど違和感がありましたし、夢と同じ曲を演奏してらしたけれど、曲に込めるイメージが全然違いましたの。正直一緒に居ればいるほど違和感が増えていくんです。アシュリー様は逆にいつもしっくりくるんですのよ?」

「まあ。」

「でもアシュリー様のお顔、いいんですの?」


やっぱり焼かれた跡のある顔はご婦人方には不評っぽい。


「構いませんわ。私は夢で感じた唯一の人を愛し、愛されている幸せな気持ちがもう一度欲しいだけなのです。どんなに見た目が変わっていても、負傷されて、他の方に恐れられていても、この方以外に要らないっていう唯一が…夢から覚めたときに零れ落ちてしまった私のたった一つの恋をもう一度手にしたいだけなのです。」

「純愛ですわ!」


前世でも純愛って言われてたなー。10歳から16歳まで音信不通だった魔の6年間が、サミュエル様のお父様の生木を裂く様な行いで引き裂かれた恋人たち…みたいな感じで劇になっていたっけね。見に行ったよ。ヤンデレ感-120%。純愛感+30%くらいの出来栄えでしたね。


「でも、アルベルト様は失恋かもしれないですわね。」

「クリスティーナ様に夢中だっていう噂ですのにね。」


うーん…そうなの?でも私は…アルベルト様の中にサミュエル様の影を見いだせないんだよ。もし原型もわからないくらいに変化してしまったサミュエル様がアルベルト様だというのなら…どうしたら…うむう…


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