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第2話

エザートナー家はクロフト家から経済的支援が受けられず、困窮していると聞くが、もうそのことは私とは無関係だ。

私はお父様に可愛がられて、使用人さんたちにも愛されて、すくすくと美しく成長した。

私は去年サミュエル様の寝顔を描いてセモナ美術大賞へ出展した。『S.R』というタイトルで。私の隣で春の日差しを浴びながら幸福そうに眠るサミュエル様のお姿はセモナ美術大賞の佳作に入った。また『佳作』か…この辺が私の才能の限界なのかもなあ……本当は、この絵を見たサミュエル様の生まれ変わりが私の前に名乗り出てくれる…という展開を夢見てみたのだが、そんな夢のような出来事はなかった。私はハントリー音楽祭には欠かさず聴きに行き、サミュエル様の音を探すのだが、13歳から始めた私のサミュエル様探しは順調とは言えない。私が転生した位だからサミュエル様も…と思ったのだが、そう上手くはいかないのかなあ。

15になり16になる年、今年も春風しゅんぷう祭がやってくる。前世の世界が舞台の世界観らしいので歴史にも似通ったところがあるし、風習もよく似ている。春風祭。社交界デビューである。クリスティーナは流石にヒロイン。美しさは文句なしだし、システィーナ時代に身につけた気品のある所作も言うことなしだろう。私はあまりデビューに関して心配していない。わくわくもドキドキもしないが。婚約に関してだが、お父様は絶対に勧めてこない。私は「夢で……最高に愛しい殿方に出会って、結婚する夢を見てしまったのです。目覚めた今も、その殿方が頭から離れず、愛しい気持ちを忘れられないのです。あの殿方以上の方が現れるまで恋愛感情での結婚は出来ないでしょう。どうぞお父様のご自由に政略結婚させてくださいまし。愛のない閨事も耐えて見せますわ。」と言った。お父様は「そんな悲しいことはしなくていい。もしそのクリスが夢で見た殿方以上の男性が現れなかったら、どこかから養子をとればいいだけの話だ。例えクリスの代で血が途絶えても構わないよ。」と言ってくれた。ご自分が愛のない結婚をしただけに苦痛は誰よりわかっているらしい。


「クリス。夢の殿方以上の男性は見つからないかもしれない。でも男性を品定めするだけが春風祭の楽しみではないよ。友達の一人でも作って、楽しく過ごしておいで?」


お父様は優しくそう言ってくれた。他家の内情を探るのが夜会の醍醐味だ!とか夢のないことは仰らなかった。お父様にとって私はいつまでも守られる対象であってほしいようだ。


「有難うございます。お父様。」


ドレスはほんのりと淡いミントグリーンのシアーな感じの生地でエンパイアライン。腰の後ろにピンクや、オレンジ、黄色などの淡いカラフルな造花がたっぷりとミントグリーンのリボンに白いレースが寄せられている。プラチナブロンドの髪は編み込みハーフアップにして薔薇のような形をしたカラフルな造花と蔦が絡みあった髪飾りを付けている。造花はたっぷり、髪の裾は鏝で巻いてある。緩くウェーブを描く髪がなんとも優美だ。明るい青緑の大きな瞳はぱっちりとしている。くどくない程度、美しく化粧を施されて、満足の出来栄え。


「きっとクリスが、会場で一番美しいと思うよ。」

「ふふふ。有難うございます、お父様。でも世の中には私たちが想像もできないような美しい方がいらっしゃいますわ。」


私とサミュエル様の血を受け継いだ娘は正直、信じられないくらい美しかった。白銀の髪にサミュエル様から受け継いだ神秘的な灰色の瞳の少女は氷の精霊のように冴え冴えとして怜悧な美貌をしていた。笑うとぱっと急に雪解けの春のように柔らかい印象になる娘。私が退いた後、長く社交界の華として君臨していた。あのレベルの美少女がいればクリスティーナなど、簡単に霞んでしまうだろう。

遠縁のウォルト・エレウス男爵子息にエスコートされる…と言っても現地集合現地解散なのだが。ウォルト様は、もじゃもじゃの赤毛の男の子。私を見たらかちんこちんに硬直してお世辞の一つも出てこなかったようだ。

ダンスをしたら足を踏まれてしまった。


「す、すいません。」

「構いませんよ。初めてですもの。緊張しますわよね。」


ふふ、と笑って流した。

会場は十二乙女宮だが、私が知っている十二乙女宮とは乙女たちのお顔やポーズが違っていて、壁画も感じが違う。でもどこか似ている。似ているようで違う。既視感と新鮮味を両方感じる。

年頃の男女を見てみたが、美しくて目立つというほどの男女はいなかった。ぶっちゃけお父様が言われるように私が一番美しいと思う。そう言い切ってしまうと自意識過剰っぽくて嫌だけど。柔らかな物腰と、洗練された仕草に、主人公ヒロインの美貌まで加わって「春風はるかぜの乙女」と呼ばれた。容姿や仕草だけでもモテ要素万歳なのに、クロフト伯爵家の一人娘という大きな餌までぶら下がってるんだから、モテないはずがない。ひっきりなしにダンスに誘われたので程々の所で「疲れましたので…」と断ることにした。

近くにいたちょっと印象の良さそうなご令嬢に話しかけて、イザベル・クリンストン伯爵令嬢とリンジー・ファボラ子爵令嬢と仲良くなった。イザベル様は金髪だけど、私のような淡いプラチナブロンドではなくて、濃い実った小麦のような色の御髪で、翡翠色の瞳をしている。お顔立ちはゴージャスな美人系かな?リンジー様は茶褐色の髪に瑠璃色の瞳のご令嬢だ。お顔立ちは平凡だが、仕草が小動物のようで愛らしい。

3人でぺちゃくちゃお喋り。


「まあ。イザベル様はもうご婚約者様がいらっしゃいますの?」

「ええ。アーチボルト・チュリス侯爵子息様に嫁ぐ予定ですわ。中々素敵な方でしてよ。」


道理で春風祭でもおっとり構えているわけだ。他の貴族令嬢は魚の目鷹の目のハンターなのに。


「リンジー様は?」

「婚約者はいないですけどぉ。私は一人娘なので、小さいですが子爵家を継ぎたい次男三男の方が捕まえられるかなー…って楽観視してます。」


なるほど。『もれなく爵位を継げる』のは意外と美味しい物件なのかも。私も同じ立場かもしれないけど。相手はより取り見取りかもしれないけど…サミュエル様を超える胸のときめきが無ければ、いやでごわす。


「クリス様は?」

「私は…生涯片思いというかなんと言うか。」


夢で見た素敵な男性のお話をした。音楽の才に秀でた神秘的な灰色の瞳の殿方。少し独占欲が強くて、やきもち妬きな。


「どうしても忘れられないんです。」

「そうなの…。」


イザベル様もリンジー様も気遣わしげな顔をした。優しいご令嬢たちだ。

会場を見てるとご令嬢たちがそそくさと道を開けている。一人の男性が通ったからだ。彼に間違ってもダンスになど誘われたくない、という意思表示らしい。その男性は私と同じくらいのお年頃の男性。黒髪に蜂蜜色の瞳。右半分は綺麗なお顔をされていたが、左側は包帯が巻かれていた。


「アシュリー・ディナール様ですわね。ディナール伯爵家の次男の…。確か長男のアルベルト様の双子の弟さん。」


おお。物語のヒーローの弟か。


「お可哀想な方ですわ。小さな頃左手を痛められて日常生活には支障はないものの絵筆を握れなくなったとか…」

「あら、私は楽器に触れられなくなったと聞きましたわ。」


噂は様々らしいけど左手を痛めているらしい。日常動作には支障はないらしく、包帯なども巻いていない。


「お顔もその時に?」

「いえ、あちらは去年、泊まっていた宿で火事があった折に幼い少女を庇って燃え盛る鉄柱に顔を焼かれてしまったと聞きましたわ。」

「見るも無残なお顔になってしまったとかで、女性には人気がないのですわ。ただでさえ次男で、少々気難しい方だと聞きますし。」

「そうなのですか…。」


とてもお綺麗な方なのにお可哀想に…十二乙女宮の隅の方でぼんやりと会場を眺めている。

軽食をつまみながら、イザベラ様とリンジー様とお喋りを楽しみ、イザベラ様がアーチボルト様と踊る…と仰られたので、私もまた少し踊ることにした。何人かと踊っていると、急に「ヒッ」と小さな悲鳴が上がり、道が開けられた。アシュリー様がこちらにやってきたようだ。


「春風の乙女。僕とも一曲お願いできますか?」


「あいつ、なんて身の程知らずな…」という非難の声が聞こえる。蜂蜜色の瞳はトロリと甘い印象。素敵な方だと思う。


「喜んで。」


踊ってみてびっくり。アシュリー様のリードが、まるで私がもう何十年もずっと一緒に踊ってきたみたいに踊りやすかったからだ。まるでサミュエル様みたいな繊細なリード…吃驚した瞳を向けると、あちらもあまりのしっくり感に驚いているらしく、吃驚した瞳を向けてきた。


「また…貴女と踊りたい…」

「はい…また今度…」


とろりと甘い印象の蜂蜜色の瞳を見つめる。どきんと胸が高鳴った。ダンスは終わってしまったけれど、なんとなく離れがたくて、お互いにくっついている。


「アシュリー。春風の乙女を独り占めすんなよ。」


朗らかな笑い声が聞こえた。


「兄さん…」


ほうほう。この人がアルベルト様か。黒髪に灰色の瞳をされている。お顔立ちは怖い程に整ってらっしゃるのに、笑うと茶目っ気があって魅力的な殿方だ。会場では際立って綺麗な男性だと思う。

アルベルト様はまじまじと私を見つめた。


「なんて美しい…君のような美しい人を見たのは生まれて初めてだ…」


呆然と私を見つめて賞賛してくださる。まさに運命といった様子。私もじっと情熱的な灰色の瞳を見返す。随分と見目麗しい方ですのね。


「春風の乙女、僕とも一曲踊ってくださいませんか?」


私の手を取ってちゅっと口付けた。「キャー!!」という乙女ハンターたちの悲鳴が聞こえる。これだけ美しい方ならファンの女性がつくのも頷ける。


「ええ。」


アルベルト様の灰色の瞳はサミュエル様と同じ色彩だ。熱を持ったようにじっと私を見つめてくる。アルベルト様の瞳の中に私に対する恋情を感じた。

くるりくるりとともに踊る。


「こんなに踊りやすい令嬢は君が初めてだ!」


そう仰って下さるけれど…確かに踊りやすくはあるんだけど…ううむ。


「また僕とも踊ってくれますか?」

「……機会があれば。」

「僕は運命を感じました。ただの口説じゃないですよ?」


アルベルト様にぱちんとウィンクされた。

リンジー様とイザベル様の元へと戻る。


「夢の殿方ってアルベルト様の事じゃございませんの?神秘的な灰色の瞳をされてますし。確かバイオリンの名奏者との噂ですわ。」


バイオリン…もしかして?という淡い希望が湧く。アルベルト様がサミュエル様なのだろうか…だとしたら嬉しいけど…ううむ…


「わかりません。保留です。」



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