第1話
システィーナちゃんの原作をクラッシュしつつ、運命の殿方(サミュエル様)を探す物語開幕。
見せ場は6話目なのでイマイチかなあ?と思っても6話目までお付き合いいただければなー、と思います。
「クリスティーナ、迎えに来るのが遅くなってごめんね。今日からはお父様と一緒に暮らそうね。」
不意に、どこかで聞いたセリフだと思った。脳内を閃光が駆け抜ける。
私の名前は、クリスティーナ。マイク・クロフト伯爵の熱愛していたカリーナという女優とマイク・クロフト伯爵の間に生まれた娘。カリーナは豪奢な赤の巻き毛に、濡れたような黒い瞳に、赤く熟れた唇の、ボンキュッボンバディの蠱惑的な容姿の女性だったが、娘の私はマイク様のご容姿をそのまま引き継いだ、ストレートの淡いプラチナブロンドに、青緑の瞳、柔らかな桃色の唇をしている。身体の凹凸はちょっと切ないレベル。まだ12歳だし焦るようなことでもないのかもしれないけど、結構がりっとしておる。
私の名前は、システィーナ。ティリル伯爵家の令嬢にして、サミュエル・ロンソワ様のお嫁さん。長らく白銀の乙女と呼ばれて、社交界の華として君臨した麗しの令嬢。サミュエル様とは恋愛結婚で、男の子と女の子の2人の子をもうけた。男の子の方に無事にロンソワ公爵家を継がせ、女の子の方は、幼馴染だったシェスカ公爵家の子息…私の友人のアンジェリカ様の息子さんのところにお嫁に行った。息子にも娘にも子供ができて、私はおばあちゃん。息子の方にしっかりと家を任せ、私はサミュエル様とともに、湖の近くの、眺めの良い場所に屋敷を建てて、複数の使用人に世話されながらのんびりと、絵を描いたりしつつ暮らしていた。サミュエル様の方はバイオリンの腕が有名になり、お弟子さんを何人かとって、音楽文化に貢献していた。そんなシスティーナの前世は酒と恋愛小説を愛する日本のOL。システィーナとして転生してもロマンス小説の愛読だけはやめられず、読んだ作品は数知れず。
その中の一つに「クリスティーナ、迎えに来るのが遅くなってごめんね。今日からはお父様と一緒に暮らそうね。」というセリフがあった気がする。『クリスと唯一の至宝』というロマンス小説。主人公の伯爵家の庶子であったクリスティーナが、12歳の折、人気女優であった母を亡くし、生活に困窮する。愛人であったカリーナを失い茫然とするも、このままでは娘の先行きが危ない!と感じたマイク伯爵がクリスティーナを引き取る場面だ。
あー…システィーナであった頃は乙女ゲームのモブ転生だったらしいけど、今度はロマンス小説のヒロイン転生なのね。
クリスティーナは伯爵家ですくすく美しく成長して16歳になり、社交界にデビューすると、数多くの貴公子たちが、クリスティーナに愛を囁く。そこで初めてクリスティーナは己の母、カリーナに流れる、魔女の血筋の能力を知る。クリスティーナに愛を囁く男性の胸からポロリと綺麗な宝石が出てきたのだ。社交界で『渡り鳥の君』と言われるような心移ろいやすい貴公子ですら、クリスティーナに石を取られると、もうクリスティーナ以外の女性に心を移すことができなくなる。クリスティーナから逃れる手段はクリスティーナの持つ宝石を砕く以外にあり得ない。
心優しい、クリスティーナは、業の深い能力だ…と嘆きつつ宝石を砕き続ける日々。ある日クリスティーナはサディアス・レオノア子爵子息に乞われ、サディアスに仮初めの愛を誓ってしまう。そうすると、なんと、クリスティーナの胸から例の宝石が出てきてしまったではないか。サディアスにその宝石を奪われ、クリスティーナはサディアス以外の男性を愛することができなくなってしまう。サディアスはクリスティーナを傍に侍らせながら、他の女性に愛を囁き放題。切ない思いを抱え、涙しつつもサディアス以外を愛せないクリスティーナ。その秘密を知った、アルベルト・ディナール伯爵子息が、サディアスの持つ宝石を砕き、クリスティーナを救うというお話だ。勿論クリスティーナはアルベルトに惚れる。
はい。今思い出せて幸運だったのか不運だったのか。誰にも愛を誓わねば石は出てこないことを知っている、という意味では幸運だったけど…今ここにサミュエル様はいてくださらない…ということを知ってしまったという意味では不運だった。今世で恋などできるのだろうか。
「クリスティーナ?」
「あ、ええ。お父様、迎えに来てくださってありがとうございます。」
「うんうん。君は今日から、クロフト家の令嬢だ。沢山幸せになろうね。愛しいカリーナの娘。」
私はお父様に連れ帰られ、クロフト伯爵家のお屋敷に住むことになった。そこにはお父様の正妻のキャロリン様と、キャロリン様の娘のアデラ様が。キャロリン様は黒髪に茶色い瞳のご夫人。アデラ様はストロベリーブロンドに灰色の瞳のお嬢さんだが……お二人ともちょっと可哀想めな顔面偏差値。
「まー!これが例の女優の娘ですの!?噂とはだいぶ違って貧相な体つきですのね。」
まあ、愛人の娘であるクリスティーナが快く思われるはずもなくて、キャロリン様には会って早々嫌味を言われた。そういうキャロリン様は少々お体つきがふくよかすぎるのでは?ぎらっぎらのお豚さんがブヒブヒ言ってるように見えますわね。
「初めまして、キャロリン様。クリスティーナと申します。不束者ではございますが、どうぞよしなに。」
淑女の礼をとる。
原作では「こ、こんにちは、キャロリン様。」とか言ってしまって、「まあまあ!流石平民!礼儀も知らないのね。」とキャロリン様に嫌味を言われるのだが、システィーナ時代に磨いた完璧な淑女の仕草で対応した。嫌味を言おうと思ってたらしいキャロリン様がぐっとつまって、鼻を鳴らして去っていった。ドスドスと重い足音を立てながら。
原作ではやれ礼儀作法がなってない、だとか、特技の一つもないのか、これだから教養のない平民は…だとか苛められるのだが、社交界の華と謳われたシスティーナの記憶がそんな誹りを許すはずもない。完璧な礼儀作法、高い計算能力や、絵画の技術、歌唱にすら優れていた。
勿論弱点もある。この世界の歴史や文学を知らない。自分の弱点を熟知している私は早々にお父様におねだりして家庭教師を雇ってもらった。この国と、他国の歴史、有名な文学作品をよく学んだ。原作のクリスティーナは明るく優しく、しかし礼儀作法にはちょっと疎い、平民の面影を残す素朴な娘…という前世で言うところのマリー様タイプの女性だったが、私はそれとは全然違うクリスティーナ像を築きあげた。
クリスティーナが家庭教師に称賛されるたびお父様は喜んだ、「流石、カリーナと僕の子!」と。キャロリン様とアデラ様が面白く思うはずもなく、背中に乗馬鞭などを頂いてしまった。
キャロリン様はお父様に隠れて私を虐待するのが趣味になったらしく、殴ってみたり蹴ってみたり、鞭で打ったりと、やりたい放題。私は日記に細かく虐待の記録を付け、体を傷つけられる度に、医師の診断書を書いてもらって日記に綴じた。
私は何も言わなかったが、私を不憫に思った使用人の一人が、こっそりと私を虐待中のキャロリン様をお父様にお見せしたらしい。丁度裸に剝かれて鞭を頂いてるところをばっちりと。お父様大激怒!勢いのままキャロリン様と私がいる現場に乗り込んできて、キャロリン様を叱責。キャロリン様は「出来心だった。」「こんなことをしたのは今日が初めて!」と言い訳をした。
「本当かい?使用人はキャロリンがしょっちゅうクリスに虐待を加えていると言っていたが。」
「まあ!そんなことを言ったのは誰です!?」
キャロリン様は醜く顔を歪めた。その使用人の姿を求めて恨みがましい視線を彷徨わせた。
「君に解雇されてしまっては可哀想だからそれは教えるつもりはないがね。」
「本当に!本当に今日が初めてですわ!あなたがあんまりクリスティーナばかりをチヤホヤするから、ついアデラが不憫になってしまって…」
「僕は平等に接しているつもりだがね。クリス、キャロリンの言っていることは本当かい?」
ふっふっふ。私のターンだな。日頃の恨み、晴らさせてもらうぜ。
「いいえ。お父様、キャロリン様に鞭で打たれるのは今日が初めてではございません。」
「あんた!」
キャロリン様が私を罵倒しかけた。お父様が制す。
「覚えている限りでいいから聞かせておくれ。」
「マイク様、クリスティーナが嘘をついているのです!それに人の記憶は不確かなものですし…」
「いつかお父様に助けていただこうと思い、日記につけているので…お持ちしましょうか?」
日記と聞いてキャロリン様が青褪めた。私は部屋から日記をとってきた。医師の診断書が綴じられている分厚い記録をだ。
お父様はそれをじっくり読み、頷いた。
「キャロリン、選ばせてあげよう。僕と離縁してエザートナー家へ戻るか、5番街の家へ移るか。」
5番街の家というのは王都5番街にあるクロフト家の監禁施設だ。「生涯幽閉」と決められた貴族を幽閉するための施設。私は行ったことはないが、前世でサミュエル様が購入したような『愛する乙女を飼育するための屋敷』とは違い、鼻つまみ者の隔離を目的とした施設らしく、最低限の施設設備と逃がさないことを目的とした屈強な見張りが付き、普通の使用人はお愛想レベルであると聞いた。
エザートナー家というのはキャロリン様の生家。子爵家らしい。オーガスト・エザートナー子爵というキャロリン様のお父様に「いくら愛しているとはいえ、平民の女優を娶るのは無理だろう?キャロリンを娶ってくれれば、我が家もキャロリンも愛人の事には目をつぶるよ。」と唆されて結婚したらしい。エザートナー家はクロフト家の財産狙い。出自が子爵レベルで容姿が醜いキャロリン様では到底まともな政略結婚は出来ないと踏んだオーガスト様が思い付いたのが平民の女優を熱愛するお父様への体面だけの妻、である。クロフト家はエザートナー家に何かと融資している。
「そんな!考え直してくださいませ、マイク様!」
キャロリン様がお父様に泣きついた。
「元々僕と君の結婚が愛情も、さしたる利益もなく、ただ体面の為だけに結ばれたというのはお互いに承知しての事だろう?僕はカリーナだけ愛せればよかった。今はカリーナと僕の娘であるクリスティーナが愛せれば、クリスティーナが健やかに暮らせれば、君のことも、僕に全然似てなくて、君の侍従にそっくりなアデラのことも目をつぶろうと思っていた。でもこれは流石に…目をつぶれないよ?クリスティーナに害を及ぼす君のことを僕は許さない。さあ、キャロリン、選べ。君に残されている道は2つだけだ。」
顔色が真っ白になったキャロリン様が「実家へ…戻ります…」と小さな声で告げた。
「アデラも連れて戻ってくれ。我が家にいると事故死してしまうかもしれないからね。」
うわー。お父様、さっくり殺害宣言した。
原作ではキャロリン様の退場はこんなに早くなく、もっと長きにわたってクリスティーナを苦しめるのだが。アデラ様も「私が正妻の子、正当なクロフト家の跡取りなのよ!」とか言って家を継ぐのだが。クリスティーナはディナール伯爵家へ嫁に行くのでその後の実家のことはあまり描写されなかった。サクッと居なくなってくれて嬉しいです。
「クリス。クリスのことはお父様が守ってあげるからね。」
「有難うございます、お父様。」