既に妻子持ちだった件について
「ちょっ!ちょ!ちょっと待って!?俺って妻子持ちなの!?」
「はい、エルクロム様より歳が一つ下の妻、ユリシア奥様と今年3歳になられるアリアお嬢様です」
「なんだとぉぉぉぉぉぉぉ!!」
あまりの予想外の展開にエルクロムは大声で叫んでしまう。
「じゃ、じゃあ妻はどんな感じの子なんだ!?」
エルクロムは興奮しながらメイネリアに聞くが彼女は表情を一つ変えずに答える。
これがどんな時にも動じない真のメイドなのだろうか、いや、ただ単に興奮しているエルクロムを気持ち悪く思い、冷ややかな態度を取っているのだろうかと思ったがそれでも興奮は止まらない。
「ユリシア様はレイネッタ男爵家のご長女様であられ、容姿端麗で性格もとても温厚なお方です。その美しさは一たび舞踏会に立てばどんな男性でも一目奪われるでしょう」
超が付く美女のメイネリアがこれだけベタ褒めするとは、それくらい期待していいのだろうか?
それともただ単に主の妻だから持ち上げてるのか?
そんな風に少し疑わしい部分はあるが今は素直に受け取っておく。
「そうか、そんな妻が俺に・・・クックッククク」
エルクロムは不気味な笑みを浮かべる。
当初、転生したイケメンハイスペックを使って、可愛い女の子侍らそうと暗躍していたが、メイネリアの言葉を聞き、可愛い妻がいるなら別にいいかと一人で納得しているのだ。
「じゃあ、今度はわが娘について聞こう!」
可愛い妻がいるとわかったエルクロムは今度は嬉しそうにメイネリアに聞く。
コロコロと態度が変わる男である。
「はい、アリアお嬢様は正真正銘のエルクロム様とユリシア様のお子様であり、元気一杯のとても賢いお方です。勿論容姿もエルクロム様とユリアム様同様、とても可愛らしいお姿をされています」
「ほう、ほう」
(そうか~。可愛い妻にまだ幼くこれまた可愛い娘持ちかー。それはそれでいい人生が歩めそうだな~。
うわ~。家に帰ってきたら毎回『パパおかえりー!』とか抱き着いてくるんかな~。で、奥さんに『あなたおかえりなさい』って」
エルクロムは自分のこれからの生活を勝手に妄想し興奮し始める。
だが、一つ疑問が生まれる。
(じゃあ、何で俺が三日寝込んでいて起きたのに誰も来ないんだ???)
普通に考えれば高熱で3日間寝込んでいた夫が起きれば普通は妻や娘が心配したと駆け寄ってきていいはずなのにそれがない。
それどころか使用人もメイネリア以外の姿は見えない。
「で、メイネリア。その妻と娘はどこに???」
「はい、ユリシア様とアリア様は現在、お仕事で隣にあるリットリア領にて1か月程滞在しておられます。後5日程すれば戻ってこられると思われます」
「そうなのか?」
「はい」
(というか妻と娘を1カ月、出張で仕事に向かわせるって俺がこの体になる前の人格はどんな奴だったんだ?妻が仕事バリバリタイプとか?それともこの世界の一般常識とか?)
「まあ、わかった。で、あと他の使用人たちの姿が見えないんだけど」
「は、はい。それは・・・」
初めてメイネリアが言葉を詰まらせた。あの冷ややか、言い換えればクールな態度を受け答えしていた彼女が初めて表情を変えている。
今の質問で少し、戸惑っている様子だ。
なにかあるのか?だがそこに怒りは覚えない。
『主人が目を覚ましたのになぜ挨拶に来ないのだ!』というような傲慢な態度を彼は生憎持ち合わせていない。
逆にの使用人が『ご主人様、ご容態は大丈夫でしょうか!?』と押し寄せてきたら『ご心配をお掛けして申し訳ありません』と彼は答えてしまうだろう。
彼は所謂、低姿勢な男なのだ。
「まあ、いいや。じゃあ俺から会いに行こうかな。ちょっとみんなに自己紹介してもらいたいし」
「かしこまりました。では、食堂にて使用人を全員を集めますのでお待ちください。準備でき次第、またお呼びします」
そう言ってメイネリアは部屋から出て行った。
俺はその間、白い寝巻きから黒いタキシードスーツに着替えていく。
メイネリアに最初は青や緑の宝石が大量に付けられた真っ赤な服を着せられそうになったが俺が断り、
ある服の中で一番まともな服がタキシードスーツしかなくそれにした。
エルクロムの前の人格の趣味はとても悪いようだ。
それから10分程度経ってメイネリアが戻ってきた。
「お待たせしました。準備が出来ましたので食堂までお願いします」
そう言われ、俺は部屋を出てメイネリアの後を付いていく。
案内されながら横幅の広い廊下を歩いていく。
床には赤い絨毯が敷かれており、左右に部屋のドアが並んでいる。
「ちなみにこの屋敷には部屋がいくつあるんだ?」
「食堂やトイレなどの施設を含めなければ全部で二十二部屋あります」
「二十二!?」
その驚きの数に声を上げる。
「掃除とか大変そうだな」
「はい、確かに大変ですが毎日掃除は怠ってはいません。着きました」
メイネリアがドアの前で足を止め、扉を開けてくる。
エルクロムはそのまま扉をくぐり、食堂に入る。
天井にはきらきらと金色に輝くシャンデリア、十人は同時に食事することができるであろう縦長なテーブルに白いテーブルクロスがかかっている。
そこに金色の骨組をした、赤い椅子が並べられている。
まさに中世ヨーロッパを思わすような食堂である。
「どうぞ」
メイネリアはそう言うとテーブルの前に並べられている椅子の一つを引く。
エルクロムは言われるがままに椅子に着く。
そして、テーブルを挟んで自分の対側に使用人と思われる、男女合わせて四人が立っていた。
そのうちの3人はメイネリアと同じメイド服を着た、メイド姿の女性。もう一人は白いコック姿をした男だった。
エルクロムは正面に立つ彼らの顔を覗いてみる。
そこで違和感を感じた。
エルクロム顔を見ると、あるものはひたすら下を俯き、目線をあわせないようにするもの、あるものは目線が合うと泣きそうな顔で俯き、体を小刻み震わせるもの。
この反応からしてエルクロムは察した。
(俺ってもしかして好かれていない?というかむしろ嫌われてるのか???)
急に四人の中のメイド姿をした使用人の一人が一歩前に立つ。
黒淵のメガネを掛けて、うす暗い茶色をしていてウェーブが掛かった髪の毛を背中のあたりまで伸ばしている。体格はメイネリアのようにほっそりとした体のラインではなく、ボン、キュッ、ボンと出るところは出ている大人なお姉さんを感じさせる。年齢は二十代半ばくらいだろう。
そんな彼女からはどこからか凄く優しそうな雰囲気がでている。
だが、現在の彼女の表情は深刻そうな顔をしていた。
「旦那様が起きられましたのに直ぐに駆けつける事が出来ず申し訳ありませんでした!」
そう言って彼女は頭を下げる。その彼女に続いて後ろの使用人たちも勢いよく頭を下げた。
「「「申し訳ありませんでした!」」」
エルクロムはいきなりの謝罪に呆けてしまう。
そして、ハッと我に戻り、声をかける。
「いやいや、全然気にしてませんから頭を上げてください!」
エルクロムは慌てすぎて、オドオドした対応をする。
そんなエルクロムを見て、彼女たちは少し驚いた表情をする。
「で、ですが・・・・」
「い、いや本当に大丈夫ですから!」
「は、はい・・・・」
そんなやりとりが終わり、メイネリアが切り出す。
「これでわかったと思いますが、エルクロム様はお目覚めになられてから記憶が無くなってしまったようなのです。ですから、一人ずつ自己紹介をしてもらいます。その前にリリ。エルクロム様に紅茶をお出しして」
「か、かしこまりました!」
メイネリアに呼ばれて、返事をして動き出したのはメイドの中でも一番若いメイドであり、先程エルクロムと目を合わせたら体を震わせていた子だった。
金髪のツインテールをしていて、笑顔を見せたらとてもにこやかな笑顔をしそうな小柄の女の子だ。
歳はまだ幼く、十四、十五歳に見える。
リリはどこからかティ―ポットを持ってきて白く花柄のティ―カップに紅茶を淹れていく。
だが、エルクロムはそんな彼女を見て不安になる。
紅茶を淹れる彼女の手が小刻みに震えている。
どうにか紅茶を溢さずに淹れる事ができた彼女はエルクロムの方へ向かって紅茶を運ぶ。
「あっ!」
「熱ッ!」
見事不安が的中し、紅茶を運び終わるまであともう少しというところで彼女は机の脚に足をぶつけて紅茶を盛大にまき散らしながら転ぶ。
そして、その熱い紅茶がエルクロムのズボンにかかり、声を上げた。
「も、申し訳ありません!申し訳ありません!!申し訳ありませんでした!」
彼女は転んで、直ぐに膝待付きながら必死に謝罪を繰り返す。
そんな彼女を見て周りの使用人たちはこの世の終わりのような表情をして、顔面蒼白になっている。
落ち着いてる、メイネリアも顔を引きつらせ下を向いている。
そんな暗い立ち込めた空気の中で、エルクロムは慌てて彼女に駆け寄り声をかける。
「おい!大丈夫か!」
「申し訳ありません!申し訳ッッ・・・」
「申し訳ありませんじゃなくて、手から血が出てるだろう!!」
泣きながら謝罪を繰り返しているリリはティ―カップを握ったまま落としたので破片が飛び散り、手から出血していた。数か所に手に破片が刺さり、血が滲み出てきている。
「痛くないか?おい、誰か包帯を持ってきてくれ!」
周りにエルクロムは言った。
だが、周りは唖然としていて、先程までの顔面蒼白した表情から一転、お化けでも見たかのような驚愕している表情をしている。
泣きながら謝罪をしていたリリもまた、エルクロムの顔を見上げながら驚きの表情をしている。
(いったいどうなってんだ!)