三章 ネルフィリア
「なんでここにいるのですか?」
ネルフィリアは開口一番そう問うた。顔が心底イヤそうだぞお前。
後ろにはあの時のメイドもいて、顔を青ざめさせている。ごめんね怖がらせて。だいじょうぶ俺は邪悪な魔王じゃないよ。
「ここ以外で、誰かの邪魔なくあんたと会える場所あるか?」
俺は棚から勝手に出して読んでいた本を机に置く。勇者は精霊の加護によって邪気を退け、空を踏むサンダルにて毒沼の園を駆け抜けん。
ここは以前と同じ大神殿の内側、ネルフィリアの寝室である。豪華な天蓋付きのベッドが失笑もののお姫様然とした部屋だ。淑女の私室に勝手に入るのはいかがなものかと思うが、他に適当な場所など知らないからしかたない。
「そういうことではありません。浄化の結界は起動したままのはずです。なぜ、あなたはここで本など読んでいられるのですか?」
ああ、そのことか。
「前回調査したんだが、あれは異物に反応する系じゃないだろ? 単純に範囲内を浄化し続けるだけの装置で、ことさら侵入者周りの浄化が強くなるわけでもないし、警報とかも鳴らないはずだ。なら多少の対策は立つってもんだろ。単純なのはこれだな」
俺は手品の種明かしをするように、首にかけた宝石を持ち上げて見せてやる。鮮やかな赤の中に、黒い魔方陣が浮いていた。
「周囲を小さい結界で覆う魔術具だ。いいだろ、特別製だぜ?」
俺の作品じゃないけどな。こういうチマッとしたもん作るの苦手だし。
「あら。なら、それを奪えばあなたは死にますか?」
ちょっとぐらい殺意隠せよ? てか俺、あんたにそんな悪いことしてないだろ。
「俺が死ぬか、この神殿ごとあの悪趣味な装置を破壊するかのチキンレース? オススメしないが、どうしてもってなら受けて立たんでもない」
「……冗談を真に受ける殿方はモテませんよ」
大きなお世話だ。
「マジ話、俺を殺したいなら勇者連れてこいよ。つーか、今日はそんな話しに来たんじゃねぇよ」
異性関係の話になるのは勘弁して貰いたいので、俺はさっさと話を変え、本題へ入ることにする。ほら、結界の持続時間もあるし。
「ロムタヒマ王都は陥落した。王は討ち死にしたし、継承権第一位の王子も殺した。これから王侯貴族の処刑を順にやっていくところだ。まだ一国の滅亡とまではいかないが、少なくとも、神聖王国が攻め入られることはもう無いと思っていい」
俺の言葉に、ネルフィリアが驚愕に目を見開く。その後ろでメイドもびっくりしていた。そうだよね驚くよね。でもホントなんだよこれ。
「ほ……本当ですか? こんな短期間で、どんな魔法を使ったのです?」
あ、それ聞いちゃうんだ。