王都制圧
不死族や死霊兵などのアンデッドは基本、魔素で動いているようなものだ。あいつらの肉体は機能停止してるし、ゴーストなんて魔素で身体を構築しているからな。
そしてアンデッドが斃れたとき、その魂は宿した魔素を維持できず手放す。
その属性は、当然―――瘴気。
「……レベル一。なんとか足りたな」
すん、と鼻を鳴らして計測し、俺は安堵する。一体一体の魔素散布量は少なくとも、今回は実に死霊兵四千五百と、前魔王オログガン分だ。不浄により汚された大気は暗く歪み、この一帯の瘴気濃度は基準に達した。
俺がこの世界で生まれ育った地と、同じ環境。
今ここに、魔界が顕現したのだ。
現在はこの一帯だけだが、しばらくは死霊兵の残骸から瘴気は出続ける。範囲はすぐに拡大し、薄くでも都の半分ほどを包むだろう。耐性のない人間たちは数時間も中にいれば半病人だ。
ここは魔界と成った。ならば魔族の領域だ。
立ちこめた土煙が薄らぎ、やがてでかいクレーターと、めくれ上がった石畳、巻き込まれて倒れ伏す兵士たちの姿が見えてくる。そのオログガンの痕跡に、俺は笑顔でサムズアップした。良い仕事したなお前。
転移して自陣に戻る。ざわついている魔王軍を見渡し、再度戦力を確認する。合流した竜人族を含む中、上級魔族軍が二百。竜人族に再編成された下級魔族軍が千五百。黒魔術士隊が二百。うん、なんとかいけるだろう。いけるいける。
「皆の者、彼の地を見よ」
俺の声に皆が従う。遠目からでも、暗く歪んで魔界化した光景が見て取れる。
「魔王軍が死霊兵たちを失う代わりに、あの都は瘴気に包まれた。瘴気は我ら魔族の力の源であり、人間にとっては命を蝕む毒である。数で勝る人間どもも、あの内では力を発揮できぬ。この好機を逃す術はない」
おおお、と理解の声がざわめく。それは次第に大きくなり、やがて歓声となった。
「征け、魔王軍よ! 殺せ、殺せ、殺せ。蹂躙せよ! 我にあの城を献上して見せよ!」
俺の扇動により歓声は鬨の声となり、竜人の側近が雄叫びを上げて先陣を切ると、全軍がそれに続く。
魔族たちの軍が土煙を上げ、矢のように駆けていく様は壮観だ。ただし総大将を置き忘れていく様はやはり拙い。あいつらテンション上がると周り見なくなるしな。
俺はその姿を見送って息を吐くと、コップを手に取った。
「どうぞ」
気を利かせた邪眼族の爺さんが茶を注いでくれる。おおう、いたのかあんた。
「ありがとう。あんたは行かないのか?」
「老骨ですからな。古株故に取り纏めはやっておりますが、戦場では身体がついて行きません。黒魔術士隊の指揮は孫にやらせておりますので、ご心配なきよう」
「オログガンの子か?」
「そうですな」
俺はその辺の岩に腰掛け、茶を一口啜る。ぬるいし、時間がたったからか渋みも増している。これもうダメだな。おかわりはやめとこう。
「あんた、俺に実の子を殺されてどう思ってる?」
こいつはオログガンの親だ。別に謝るつもりなんざないが、少し聞いてみたかった。
「アレは死ぬべきでしたでしょう。死んでああなるとは思いませんでしたが」
ドライな爺さんだ。まあ、オログガンは暗君だったからな。身内を処刑されなかっただけでも、温情を感じているのかも知れない。
「魔王様は何故、このたびの戦をお決めになられたのですか?」
「ん?」
問いかけられて、俺は片眉を上げて爺さんを見る。ああ、この目は値踏みしてるな。別にどう評価されたところで気にはならんけど。
「そうだな。隠しとく事情はあるが……」
神聖王国の件は伏せることにする。人間にそそのかされて軍を動かした、なんて受け取られるのは愉快じゃない。
「魔界の瘴気が徐々に濃くなっているのは知っているだろう。このままだと魔族ですら住めなくなる可能性がある。もちろん対策は考えているが、間に合うかどうかは甚だ疑問でな。ならばいっそ、人界に支配区域を広げておくのも悪くない、と。まあそんなところだ」
あと人間の文化を取り入れたいな。司法と法律はすぐには馴染まないだろうが、通貨はとっとと広めるべきだ。それと魔界のクソみたいな食糧事情をとっとと改善したいし、建築技術や縫製技術も盗みたい。ついでに平和的な娯楽や嗜好品もパクっとこう。
「支配した後、統治はどうなさるおつもりですか?」
痛いところを突いてきたな。正直それはノープランである。ざっくり言って皆殺しにするか、上手くやっていくかの二択だが、できれば後者がいい。人間の生産性は、魔族には逆立ちしても勝てない貴重な能力だ。
俺は茶を啜って時間を稼ぎ、どう答えるか考え……やがて、ニィと笑って見せた。
「あんたに任せると言ったらどうする?」
爺さんは目をしばたかせて、キョトンとした顔をした。お前オログガンの親父じゃね?
「死霊兵を操る黒魔術士隊は十分な活躍をして見せた。また、今回の作戦において最後まで我が命令に忠実であった。責の重い仕事は、信頼の置ける優秀な者にこそ与えるべきだ。幸いなことに、邪眼族の見た目は人間とそう変わらぬ。人間の支配をするにおいて、他の魔族よりも人心の掌握はしやすかろう」
「……そのような大役、このおいぼれに背負わせようとは。魔王様もお人が悪い」
どうせ話を振ってきた時点で、ある程度口出すつもりだっただろお前。
「できないか?」
「人心掌握、と言われましたな? 人間を殺し尽くすのではなく、支配しろ、と」
爺さんはロムタヒマの王都へと視線を向ける。その目はどこか楽しげで、嬉しそうに見えた。
「魔王様がご命令くださるならば、この老骨が擦り切れるまで尽力しましょう」
決まりだな。面倒は全部任せよう。やる気のあるヤツは好きだぞ俺。
「気楽にやってくれればいい。最初から全て上手くいくなどとは思わぬ。あんたが思うまま、やりたいようにやればいい」