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プロローグ 2

 俺はゴアグリューズ・バドグリオス・ハイレン・マドロードゥニウスという。

 正直にいって、この長ったらしくてうっとうしい名前を覚えるのにはだいぶ苦労した。なにせ前世の俺は日本人だったからな。ミドルネームなんてなかったし、語感も馴染みが無かった。まあ自分の名前だし、二十年近くも使っていればさすがに慣れてくるが。

 まあとにかく、俺ことゴアちゃんは転生者で、魔王だ。魔界を支配し、魔王軍を束ねる立場にある。

 まったくもって面倒くさい。

 死んだ人間がいったいどれだけ転生するのか知らないが、転生して魔王になる確率はそうとう低いだろう。ガチャでSSRを引く可能性よりはるかに低いに違いない。ていうか統計学的に言えばゼロだろ。ぜってぇ何かの作為があるぞこれ。神様的なものの陰謀に有り金全賭けしたいところだ。


 ドゴォン、と派手な音がした。魔王城が揺れた。イラッとした。


「……何の騒ぎだ」

 大した内容の無いエディグ山の調査報告書から目を離し、俺はあえて尋ねる。察しならついているしどうせ俺の出番だろうが、王たる者は安易に軽々しく動いてはいけない。

 すぐに謁見の間にダークエルフが飛び込んできた。あいつの監視役だ。彼女は跪いて声を張り上げる。

「報告します! 正門にてオログガン様が暴走、第107小隊壊滅! 現在は77、106小隊が交戦中!」

「分かった、俺が行く」

 即断して立ち上がると、周りが何か言い出さないうちに転移する。便利だよな、瞬間移動。これだけは速攻でマスターしたわ。前世にこれがあればどれだけ良かったか。

 転移すると案の定、正門は大変なことになっていた。

 門はかんぬきごと破壊され、石畳はめちゃくちゃにめくれ、門を守った兵たちは文字通りちぎって捨てられている。いまだ交戦中の者たちはもはや数名しか残っていない。

 敵は一体。

 豪奢な法衣を纏い冠をいただいた、見上げるほどでかい骸骨。最上位魔族、不死の王リッチー。

 そのうつろな眼下が、俺の方を見て妖しく光る。

「ゴアグリューズ! 見つけたぞぉっ!」

「俺から出てきたんだよ、先王殿」

 兵を殺されるのも、城を壊されるのも迷惑だからな。

 というか叫びや視線だけで当たり前のように呪い飛ばすのやめてくれない? それ俺にはできない高等技術なんだから、嫉妬するだろ。

「も、申し訳ありません魔王様! 我々の力及ばず……」

 兵たちが慌てて俺の前で陣形を組み、がっちりと盾を構える。でも残念だがそれじゃあいつは止められない。だってアレ、先代の魔王だし。

「足止めご苦労。そなたたちの働きで被害は抑えられた。下がって良し」

 手短に彼らをねぎらってから、前に出る。視界の端には俺の言葉に感極まって涙する者までいたが、もうなんかこういうの慣れた。

「バハハハハ、よい判断だ。木っ端どもでは相手にもならぬからなぁ! 特に今日の余はひどく調子が良い。此度こそは貴様に奪われた玉座を還してもらおうぞ!」

「いやそれ瘴気にあてられてるだけだからな? ったく、不死族は魂がむき出しな分、魔素の変化に弱ぇ……」

 まあコイツの場合、不死族になってまだ日が浅いのも関係しているのかもしれない。

 魔族は基本、強いヤツに従う。だから魔王になる方法はわりと単純だ。卑怯な真似をせず正々堂々、現魔王を倒せばいい。俺もそうした。

 ただ降参しなかったので仕方なく殺したが、困ったことに邪眼族だったオログガンは黒魔術に長けていたため、死んでも滅びず不死族にクラスチェンジ。以降、王座への執着と俺への復讐によって蠢く怨霊と化したのである。

「痴れ者め! 瘴気ごときで揺らぐほど、余は脆弱ではないわ!」

「さよけ」

 そもそも、不死族と化した時点で正気は望むべくもない。せめてキャリアがあればまだ話せるのだが、ピカピカの一年生じゃ会話を試みるだけ無駄だ。

 俺は津波のような勢いで押し寄せる膨大な呪詛を一身に受けながら、魔力を練る。

 前世で見た異世界転生モノの物語だと、主役はワクワクするようなチート能力を持っていた。ページを捲るたびに、自分にもこんな力があれば、と夢想するような素晴らしいものだ。

 そして俺も今、そんな能力を与えられている。それこそ、何か作為的なものを感じざるを得ないほど強力なチカラ。

 俺のチートはシンプルだ。

 魔力が強い。

「頭が高いな」

 津波のような呪詛が吹き飛んだ。俺の濃密な魔力の余波だけで式が保てなくなり、意味崩壊を起こして霧散したのだ。

 魔力の塊を放つ。それは呪詛を弾かれて狼狽しているオログガンへとまっすぐ向かい、その霊体の上半分を消し飛ばした。

「………………」

 あれ? おかしいな。地面にキスさせるだけのつもりだったんだが。

「ほう、考えたなオログガン。下げる頭が無いなら、不敬も許すしかないではないか」

 俺は余裕を装い、残りも下半分も消し飛ばした。証拠隠滅したから失敗なんかしてない。

「術士隊は三交代制で封印を施せ。ヤツは特別製だからこの程度で消滅はせん。怪我をした者は衛生班の手当てを受けろ。呪詛を受けた者のために祈祷師も呼べ。死体は手厚く埋葬してやれ」

 周囲に声をかけると、呆然としていた者たちが慌てて動き出した。多分何が起こったのか分からなかったのだろう。オログガンは生前よりもだいぶ弱くなっているけど、今でも十分強いからな。

「今日は常より瘴気が濃い。まだ体調や精神に異常をきたす者が出るやも知れぬ。弱る者は無事な者が助けよ。そして暴れる者は俺の前に通せ。王座を賭けた決闘でもって静めてやろう」

 ちょうど良いので瘴気のことを伝えてやる。こう言っておけば下手に暴れるヤツもいなくなるだろう。




 俺が転生したこの世界には、魔素、あるいはマナと呼ばれるものがある。ゲームとかでもよくある魔法の源のアレだ。つまりこの世界には魔法が存在するのだが、まあそこはまずおいておこう。今の問題はこの魔素、もっと言えば『瘴気属性の魔素』の話だ。

 俺が魔王として最も頭を悩ませているのが、この瘴気属性の魔素問題である。

 魔素には必ず属性がある。無属性、なんてものはない。火、水、土、風なんかは四大属性とされるし、光や闇、金や木、幻や精神など、亜種や派生なども合わせて様々な種類がある。

 そして瘴気もまた、魔素であることが分かっている。

 つまり瘴気とは『瘴気という性質を持った魔素』、つまり瘴気属性の魔素であるわけだが、その性質は……まあ簡単に言えば毒だ。

 たとえばただの人間が魔界に入ったとしよう。すると数時間で頭痛や吐き気をもよおし、一日もすれば呼吸器が痛みを訴え始める。そこで引き返せばまだ回復するが、さらに居座るならばやがて四肢の末端から黒ずみはじめて動かなくなり、精神が蝕まれ狂気に陥り、そして内臓が腐って死にいたる。なかなかの劇毒と言えるだろう。

 まあそれだけならただの毒だ。だが、コイツは魔素であるため力の源でもある。

 魔族や魔物は瘴気に対して耐性があるだけではなく、瘴気を取り込んで力に変えている。むしろ瘴気を力に変換できるものが魔族や魔物である、と言えるかもしれない。なんにしろ、俺たちにとって瘴気は無くてはならないガソリンだ。かくいう俺も魔族であるから、瘴気のない場所だと弱体化は避けられない。

 しかし、あまりに濃い瘴気は魔界を住処にする者にとっても毒となるのだ。耐性を上回る濃度の瘴気を取り込むと倒れたり、オログガンのように暴走したりする。

 無くなっても、濃くなり過ぎても困る、扱いの難しい自然物。

 そして今、魔界はその瘴気属性の魔素がかなり濃くなっているのである。

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