学徒
「いやあ、君がおっぱいの大きなお姫様にご執心だったから嫉妬しちゃってね。これはボクもいいとこ見せないとなって、調査のためにこの険しい山を登ってきたのさ。さすがのボクでも、このフィールドワークは骨が折れたけどね」
薄い胸を自慢げに張り、ククリクはニヒヒと笑ってみせる。こいつなんも悪いと思ってないだろ。
「クッソ弱いくせにどうやってここまで登った? 瘴気はどうやって防いでる? この性能は上等なくせにバグだらけの頭を直すには何回地面に叩き付ければ良い?」
「ハハハ、まあ落ち着きたまえよ。君の力でアイアンクローされるとトマトのように潰れてしまうじゃないかそもそも女の子に手を上げるとか紳士の風上にも痛いいたいイタイ!」
潰れるもんかよ。めちゃくちゃ手加減してるっつーの。
俺はククリクの小さな身体をドサリと地面に放り出し、自分は岩に腰掛けた。正直、マジで疲れた。立っているのも辛いとか生前オログガン戦以来だ。俺じゃなかったらとっくに死んでる。
「いたた。キミはもう少しレディの扱い方を考えたまえ……自称ジェントルマンなのだろう? まあいいや、一個ずつ答えようか。まず三番目の質問だけど、これは死んでも直らないから諦めなよ。残念だけどボクはキミの魂が消滅するまでおちょくらせてもらう」
「よしとりあえず喧嘩売る姿勢は評価してやる」
つか、魂が消滅するまでって俺死んだら不死族か死霊兵にでもされるの? ……こいつなら、すでに何か用意してるかもしれないな。
「次に一番目の質問だけど、地形や魔物の生態等を細かく把握した上で綿密な準備があれば、ボクでもエディグ山の踏破は可能だと結論にいたり証明した。実に二年もの歳月をかけた企画だったよ。サボりの合間を縫って、誰にも気づかれないよう計画を進めるのがいかに大変だったか。なにせバレたら百パーセント止められちゃうからね! いやしかし素晴らしい体験だった。今度登山レポートを書くからぜひ見て欲しい。危険を回避する知恵の素晴らしさは、キミも含めてもっと魔族に浸透させるべきだよ」
「結論には頷いてやるが過程の部分でもの申したいことがある」
「そして二番目、最後の答えはこれだ」
ククリクは懐に手を突っ込むと、赤い宝石を取り出す。俺が神聖王国の結界内で使ったやつに似ていた。中に魔方陣が浮いているのも一緒だ。首飾りになっていない点以外は、違いを見つけられない。
「見たことあるでしょ? キミに渡したのは試作品一号、これは二号だよ。もっとも失敗作は三桁にのぼるけどね」
「浄化の結界を無効化するヤツじゃないか。ここでなんの意味がある?」
「ノン。この小結界は浄化を無効化するんじゃない。瘴気属性の魔素量が一定値の空間を作るんだ」
ほう?
それはなんだか、面白い話だぞ。
「お、目の色が変わったね? さすがボクの親友、最果てを求める同胞、唯一最大の理解者だ。そうだとも、ボクの命懸けハイキングはこれの検証さ」
「量産が叶えば、瘴気が多い時に魔族に配布することも可能か? むしろその魔術具を応用し効率を向上させれば、魔界の瘴気量自体を安定させることができるかもしれない?」
夢が広がるな。すぐには無理だろうが、十年計画ならなんとか目処くらいつかないだろうか。
「おっと発想が小さいな。どうせなら野心を出そう。量産できるならば、魔族は人間界でも長時間本気で動ける。術式を応用し範囲を広範囲にできれば、人間界に魔界を顕現させられる、とかさ!」
「な、それは……」
「そう、ロムタヒマ攻略の焼き直しさ。しかもあんな効率の悪い原始的な方法じゃない。ボクならもっとスマートかつクイックリィに城塞を落としてやれる。魔王にできて学徒にできないことなんてないと証明してあげよう!」
挑むように、不敵に、気持ち良いくらいに清々しく笑む。
事実、ククリクは挑戦者だった。
学徒とは世界に挑む者。
「なぜなら、ボクらはその先へ辿り着く者だからね!」