会談
「……というわけで、虐殺、略奪、食人を繰り返し、統率できなくなった魔族を野にバラ撒きつつ進軍。最後は瘴気という毒を散布し王都の防衛機能を停止させ、満足に動けない相手を皆殺しにしつつ城へ乗り込み、王を討ち取って制圧完了。俺はそれを見届けた上で、後始末は黒魔術士の部下に丸投げしてここに来た、と。だいたいそんなとこかな」
ことのあらましを説明してやると、ネルフィリアは絶句して口をパクパクさせていた。なんて愚かな女だ。魔族相手にあんなこと言い出しておいて、過程がどれだけ惨いことになるか考えもしなかったらしい。
どさ、と音をたててメイドが倒れ込む。どうやら気を失ったようだ。ごめんね、ちょっと女の子には刺激が強すぎたね。俺も自分で話しててドン引きしてる。
「あ、あなたに人道というものはないのですか……?」
「魔族だし」
「元は人間でしょう!」
大きな声出すなよ。誰か来ると面倒くさいだろ。
「善意とか人道とか温情とか、元が人間の転生者だから持ち合わせてるだろう、って勘違いでもしたか? 残念だが種族からして違うんだ。また人間に転生したあんたには分からないだろうが、魔族に生まれると倫理感なんか真っ先に上書きされるぞ」
実際、今の俺に人間を殺すことへの罪悪感はない。転生前は人を殴ることもなかったのにずいぶんな変わりようだとは思うが、ある意味で納得もしている。
だって人間は敵だ。
ヒトはいずれ魔族を滅ぼすだろう。自分たちの安心のために虐殺し、誇りを全て奪いさり、最後の一人を檻の内に保護するだろう。そして息絶える瞬間を見世物にして惜しむのだ。
元人間の俺は、どうしようもないほどにそれを理解している。だからむしろ、人間は敵だという認識は他の魔族より強いかも知れない。
……まあ魔族はいわば人間の天敵だしな。人間の方が生物として優秀な以上、そういう未来は宿命ではあるのだが。
「でも……もっと被害の出ない方法なんていくらでも」
「あったな。たとえば俺が転移で要人暗殺を繰り返せば、一般兵や民衆には被害が出なかっただろう」
「ならなんで!」
「神聖王国のお姫様の注文で、魔王が自らせせこましく働いて回るのか? 馬鹿馬鹿しい。魔族には魔族の誇りとやり方がある。人間の基準で計られるのは迷惑だ」
すぅ、とネルフィリアの表情が消えた。怒りが限界に達すると血の気まで引くタイプなのか、顔色が青白くなっている。
「……そうですか」
美しい少女は落ち着くための深い呼吸をして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「わたしがバカでした。わたしはもう、あなたを人間の心ある者とは認めません。分かり合えるとも思いません」
その言いざまに俺は失笑する。ああ、本当に。なんて愚かな女だろう。
「何がおかしいのです。わたしは……」
「俺の知ってる人間は、俺の目の前にいる」
前世の記憶を思い起こせば、そんなやつばかりだったように思う。
「己が身かわいさに他者の破滅を願い、しかし自分は手を汚さず誰かに任せ、安寧な寝所で都合の良い夢を見る。そしていざ結果が出てみれば望んだことも忘れて悲嘆に暮れ、自身のために働いた者に憤慨し、そんなはずじゃなかったとわめき散らす。おお神よお許しください、悪いのは全てこいつです、と。滑稽な被害者気取りだ。反吐が出る」
俺はネルフィリアに侮蔑の視線と嘲笑をくれてやる。それくらいはしてやらないと、うっかり殺しそうだった。まだこいつには価値がある。
「それで、麗しきお姫様。此度の作戦には我々魔族にもかなりの被害が出たが、ねぎらいの一言もないのかな? それとも下賤な魔族が減ってハッピーか?」
ギチ、と固いものが擦れ合う音がした。もしかして歯、欠けたんじゃねぇの?
「……神聖王国の危機を救っていただき、感謝します。ご恩に報いることができるよう、瘴気を抑える方法を一刻も早く見つけるよう努めます。亡くなった兵の方々に死後の安寧があらんことを」
苦渋を噛みしめるように、しかし粛々と、ネルフィリアは頭を下げた。
反論しなかったのは、彼女の誇り高さ故だろう。それくらいは認めてやってもいい。