たとえばこんな聖女召喚
女神アディヤと、その夫にして息子である男神カディルにより創られたのが、ザルスムある。
アディヤとカディルは二度の交わりで、天と地と海の姉妹、日と月と星の兄弟を生し、ザルスムを去った。
天の長姉は星の末弟と、地の次姉は月の次兄と、海の末妹は日の長兄と夫婦となり、山を、河を、木を、草を、鳥を、獣を、虫を、魚を、人を、あらゆるものを生み出し世を満たした。
ザルスムは長く平和であったが、自らの治めていた世界を滅ぼしかけ、父である創世神から名と権能を奪われた双子神が流れつき、己こそが世界を創った神であると名乗り、人の信仰を得ようとしたことから、長い騒乱の時代が始まった。
人が、ただ見守るだけの女神アディヤと男神カディル、その子である姉妹神と兄弟神より、名と権能を奪われた残り滓だが、神を神たらしめる超常の力を揮う双子神を「より神らしい」と崇め始めても、かの神々は沈黙を続けた。
双子神を奉じる者たちが信仰の名のもとに、旧い神々を奉じる人々を迫害し、虐殺するに至り、神々は自ら動いた。
世界そのものが双子神の敵となり、ついに双子神は姉妹神と兄弟神に五体を裂かれ、女神アディヤと男神カディルに魂を細切れにされたが、異界の神である双子神を滅ぼしきることはできなかった。
神々は、双子神を、五体を変じさせた無数の蛆を、決して減らない肉塊に変えた魂に集らせ幽世に封じた。
『かの愚かな神の成れの果ては災そのものである。人の世が乱れれば、封は揺らぐ。揺らいだ封は、清き魂の異界の乙女にのみ正すことができる。故に人の子よ、己の内に悪のあることを認めよ。悪を認め、それに流されず、より善く生きよ』
神々は人々にかくのごとく告げ、再びザルスムを去った。
これが、今日ザルスムに広く信仰されるアカディヤール教教典の、最初の一節である。
そして、今。
アカディヤール教の教皇は、去った神々の中で唯一、人の近くにあるのを好んだと伝えられる星の末弟から、封に揺らぎあり、との神託を得たと神殿を通じ、各国の王家に通達した。
当初、各国の王家と首脳陣は、神殿のデモンストレーションだと軽く見ていた。
災害や疫病、魔物の被害が次々と報告されれて対策に動き出したが、人智の及ばぬものが相手では、起きたことに対処していくのが精一杯であった。
やがて、各地から奇妙な現象の報告が寄せられるようになった。
空間が、引き攣れるように歪み、その向こうに何かが蠢いているのだと。
そんな中、山懐に抱かれた小さく貧しい国の、物悲しいほど粗末な神殿に、天から光の柱が降った。
痩せた土地でも育つ豆と芋を主食とし、雑食で早く育ち子を多く産む大型のげっ歯類を家畜に、王族も貴族も国民と共に畑を耕し汗を流す。
そんな国の、ごくわずかな喜捨で快く祝福を与え、朝から夜まで働き通しの勤勉で善良な老神官夫婦が護る神殿こそが、かの清き魂の降臨には相応しいと判断したのは、何者であったのか。
穢れなき純白の衣を纏い、その存在は、世界に降り立った。
純白の衣を纏う聖女が、一歩足を踏み出すごとに、辺りに漂っていた瘴気が驚くほどの早さで薄れ、清浄さに満ちてゆく。
おぞましい姿で瘴気を振り撒いていた無数の魔物も、聖女の歩みを止めることはできず、次々と消滅してゆく。
敬虔な面持ちで、騎士と神官、冒険者からなる一団が見守る中、ひときわ巨大な魔物に、聖女は腕を差し伸べる。
世界を憎み、呪うような瘴気を全身からまき散らす魔物も、聖女がその腕に包めば、光の粒となって消えてゆく。
その姿は、壮絶なほどに荘厳であった――いろんなものに目をつぶり、耳をふさいで口を閉じれば、の話だが。
痩せた女の太ももくらいはありそうな、鍛えに鍛え抜かれた上腕二頭筋もまばゆいごん太い腕は、確かに魔物を包んでいる。
いわゆるベアハッグと呼ばれる技がガッチリ決まった状態だ。
聖女の衣には、岩を肉で包んだような、惚れ惚れするほど見事な筋肉の凹凸が浮かんでいる。
聖女の名は、鬼塚真之輔。
魂の名をシャロン・鬼塚と言う。
獏とかバ○とかの世界を体現する筋肉の鎧の中に、世にも清らかな乙女の魂を宿す真之輔、もとい聖女シャロンが一歩を踏み出し、丸太のようなぶっとい足で放つ蹴りは、衝撃波を伴い魔物を群れごと消滅させ、次の一歩を踏み出して繰り出す拳の連打が、漂う瘴気を消し飛ばす。
会員制超高級ニューハーフクラブ日本支店の売れっ子ホステスであったシャロンが、この世界に聖女として呼ばれたのは、月に一度のコスプレデーのことであった。
毎回テーマを決めてコスプレをするのだが、その月のテーマは、六月ということもあって『ハッピー☆ウエディング』。
何だねこれ地獄かね、とか言ってはいけない。
シャロンもテーマに沿って、レースとフリルとリボンとマジョリカパールをふんだんに使った、甘ロリ風のミニ丈ウェディングドレスでばっちりめかし込んでいた。
小ぶりな純白のピオニーとレースでウエディングベール風に仕立てたボンネットと合わせれば、見えない部分にもしっかりこだわった、キュートでガーリーな花嫁の出来上がりだ。
ちなみにママはお店の娘たちの母親( )として、白襟黒紋付裾模様の江戸褄であったとか。
それはさておき、聖女が召喚された際に纏っている衣服は、世界に祝福され、聖女がその聖性を失わない限り、決して汚れず破損もしない、聖女を護る至高の防具となる。
なので、余程のことがなければ替えることはない。
ゆえに、聖女シャロンが蹴りを放てば、甘ロリ風ミニ丈ウェディングドレスの、チュールレースをたっぷり使ったパニエでボリュームを出した裾がぶわりと大きく捲れ上がる。
そして、サムシングブルーを意識して、青いリボンをあしらった白いレースのガーターストッキングと、総レースの紐パンTバックに彩られた「あにきのかたいしり」と、角度と技によっては「おいなりさん」と「ご立派様」が惜しげもなく大胆に御開帳となり、護衛の騎士と神官、冒険者の気力精神力その他もろもろをごっそりと削ってゆく。
が、聖女降臨の地となった神殿から、聖女の側仕えとしてついてきた老神官夫婦は、聖女の背後を守りつつ、六角棒を振るって魔物を叩き潰しながら、皺顔におてんばな孫娘を見守る祖父母の微笑を浮かべていた。
老神官夫婦が振るう、長さ3メートル、直径10センチの、アダマンチウムを大量に含んだ岩を芯材にした、鉄より重くて硬いが、しなやかで粘りのある黒鋼木でできた六角棒は、彼らの国では、非力な老人や子ども向けの、護身用の手軽な武器とされている。
彼らの国において、美女の条件とは1に生命力、2に逞しさ、3に強さ、美男の条件は、1に筋肉、2に生命力、3に強さ、4に嫁をあらゆる意味で満足させる甲斐性である。
男たちが獲物を求めて山に入っている間、痩せた硬い大地を鍬で掘り返し、畑に撒く水を山を越え汲みに行き、乏しい実りを狙うオート三輪サイズの獣と戦いながら家を護るのだ、吹けば飛ぶようなお姫様などお呼びでないのだ。
なお、男たちの追う獲物とは、ハイエー○かな? なオッコトヌ○級のイノシシや、赤○ブト級のクマなどである。
降臨した聖女に、老神官夫婦は、未だに嫁のいない孫に理想の嫁が現れたと歓喜したが、魂は穢れない乙女でも体は男という現実に打ちひしがれた。
それでも、五分後には魂が乙女なら乙女だなとあっさり納得し、王族も貴族も国民も、同様にあっさり納得してしまった。
特に女たちは、強さと美しさは両立する、寧ろ強いからこそ可憐に美しくあれるのだ、とのシャロンの言葉に感銘を受け、日々の仕事の合間に自分磨きを心がけるようになった。
結果、嫁が可愛くて生きるのがつらいと男たちに歓喜の雄叫びを上げさせ、人口の増加に大きく寄与したりもしていたが、そこいらの事情は割愛する。
だが、そこそこ豊かで、そこそこ安全で、畑仕事の合間に飢えて気の立った野生動物との、どこの格ゲーかな? な一騎打ちが当たり前ではない国に生まれ育った人間には、色々とキツかった。
ある時は、寝るときはシャ○ルの5番しかつけない聖女シャロンの寝起きに遭遇し。
ある時は、魔力と時間を捧げた大規模な魔術儀式が、たった一発のデコピンに凌駕される現実を目の当たりにし。
ある時は、剣も魔法も通じない魔物が、聖女の指先ひとつでダウンする様を見せつけられ。
心を複雑骨折し、聖女という言葉の響きが持つその幻想をブチ殺され、騎士の、神官の、冒険者の、民の目は、いつの間にか、特定の国と地域の住人を除外して、陸に打ち上げられ生き腐れて死んだ魚の目と化していた。
ピンヒールの踵が岩のような魔物の外殻を砕く轟音に、まだ若い騎士が、空っぽの目をしてぽつりと呟く。
――もう聖女だけでいいんじゃないかな。
と。
なお、聖女シャロンは無事にすべての封を正し、ついでにちょろっと出かかっていた、双子神の成れの果ての端末的なモノを、スクリューパイルドライバーとかフランケンシュタイナーとかで物理的に鎮めた後、女神アディヤと男神カディルの遣いによって、元の世界へと無事帰還した。
その後、再び聖女が召喚されるようなことになったかどうかは定かではない。
だが、以降人々は、己を律し、安易に己の内にある悪心に流されないよう、より善い生き方をしようと心掛けるようになったことだけは、確かである。
かっとなってやった。
反省も後悔も死ぬほどしている。
あとシャロンちゃんのお勤め先は東カリ○ンタン日本支部。(嘘)