カカシと麦わらボウシ(童話2)
山のふもとの田んぼに、カカシがひとつポツンと立っていました。
今朝のこと。
カカシが目をさますと、目の前をチョロチョロと動くものがいます。
――スズメのヤツめ!
さっそく、ひとにらみしてやりました。
ところがソイツは、なぜだかいっこうに逃げようとしません。
――うん? おかしいぞ。
カカシは目を大きく見ひらきました。
目の前をチョロチョロするもの。
それはなんと、自分がかぶっている麦わらボウシではありませんか。ひさしが破れ、はしっこがちぎれかけているのです。
それからも……。
目の前にたれ下がったひさしは、風が吹くたびにブラブラとゆれつづけました。
カカシは目ざわりでしょうがありません。そのうえ顔がかくれていては、スズメをにらむこともできません。
「オイラの目の前で、ソイツをブラブラさせるのはやめてくれねえか」
カカシは麦わらボウシに声をかけました。
「いや、すまないね。だがワシには、どうすることもできんのじゃ」
「なあ、どうしてなんだよ?」
「風でかってにゆれるもんでな」
麦わらボウシは、
――おいぼれちまったもんだ。いっそのこと、夕べの風で吹き飛ばされりゃよかったのに。
そう思うと、さみしそうに言いました。
「なあ、カカシどん。ワシは今夜の風で、たぶん吹き飛ばされちまうだろうよ。すまんがそれまで、もうちっとがまんしてくれんかのう」
それを聞いたカカシは、麦わらボウシにはじめて出会った日のことを思い出しました。
あのときおじいさんは、長いあいだ使っていた麦わらボウシを手にとると、
「もうひとふんばり、カカシといっしょにスズメ追いにがんばっておくれ」
こう言って、自分の頭にかぶせたのです。
――これまでスズメを追いはらえたのは、オイラの力だけじゃなかったんだ。おじいさんの麦わらボウシがいっしょだったんで……。
夜になりました。
ときおりフクロウが鳴くだけで、山のふもとはシーンと静まりかえっています。
「なあ、カカシどん。今日はワシのせいで、たいそうめいわくをかけちまったな」
麦わらボウシがすまなさそうに話しかけました。
「なあに、気にすることはねえさ」
「ワシはおいぼれて、今ではこのざまだ。もうスズメ追いができなくなっちまった」
「そんなことはねえ。なんたって、あんたはおじいさんの麦わらボウシなんだからな」
「おじいさんのか……」
麦わらボウシのまぶたに、おじいさんのなつかしい顔が思い浮かびました。
すると――。
どんなにボロボロになろうとも、最後までがんばろうという気持ちがわいてくるのでした。
夜明け前。
風が強くなってきました。
「しっかりつかまってろよ」
カカシが声をかけます。
「ああ。どんなになっても、カカシどんからはなれるもんかい」
麦わらボウシは、カカシの頭にしっかりしがみつきました。
風がますます強くなります。
ちぎれかけていたひさしが、ついに吹き飛ばされてしまいました。
それでも……。
麦わらボウシはカカシの頭にありました。
朝の田んぼ。
そこには麦わらボウシをかぶったカカシが立っていたのでした。