1.人々
テレビの速報が大雪警報を発令したのは午後七時を回ったときだった。雪景色などという情緒もない真っ白な世界に少し明日の事を憂いだした我々だった。
場所は青森。雪に埋もれたこの別荘は当然地方の探偵の私ごときが建てられるものがない。明日のお祭りの主催者である白鳥 正彦のものである。御年92歳であり、肺の手術をしたので声もあまり出ないこと以外ぴんぴんしてる爺さんだ。
「明日の祭り大丈夫なのかよ」
少し苛立ちを隠せてない野太い声が部屋に響く。この人は白鳥さんが通っているという寿司屋のご主人、大野 信也である。明日のお祭りで大間の本マグロを解体する役を担っている。マグロ解体ショーはお祭りのメインイベントの一つで比較的人気で毎年行われている。
「冷凍マグロになっていつまでも新鮮でいいじゃない」
ふふふと不敵な笑いを浮かべるのは、美人彫刻家と最近話題のLakeさんである。Lakeというのは芸名であり、本名はこの部屋に集まっている人は知らない。明日のお祭りでは、朝から氷を削りフィナーレまでに彫刻を完成させる役を持っている。確か、ご主人の名字でもある白鳥を削りだすとのことだった。
この部屋にいるのは明日のお祭りの出演者たちだ。おおらかな性格である白鳥さんの提案で、景気づけのための会であるはずだったが、こんな大雪だと皆意気消沈である。
「ちょっと雪が多いとあんまり芸もできなさそうだしねぇ」「大変そうだしねぇ」
間抜けな声を出すのは双子の姉妹マジシャン、RikoとMikoの二人である。Lakeさんと違ってあまり有名ではないが、まぁ市内ではそこそこな知名度は誇っている。本名は間中 理子と御子である。私とは中学からの腐れ縁であり、余り関わりたくない人物たちではある。
この様を少し遠巻きから見ているのは漁師の佐中 牧夫と歌手の三科 友である。58歳ながら100kgのベンチプレスが可能という化け物のようなおっさんで、祭りでは朝一番に海に出て本マグロを釣ってくる役だ。三科 友は本名である四元 美奈のアナグラムを芸名とするシンガーソングライターであるが、最近は案外ポップな曲も歌っていて、個人的に好きな歌手でもあったりする。
ちなみに、私は本職は探偵であるが、昔から白鳥さんと仲が良かった私なので、カメラマンに毎年抜擢されている。白鳥さんは「事件が起きたら頼むよ」なんて笑っているが、私のメインは一般的に私立探偵で尾行ぐらいしか特技がない。
他にも数人出演者はいるが、この大雪のせいでここに来れていない。
「まぁ、寝て起きたら止んでるだろ。海が凍ってなければいいんだけどな」
カッカッカッと笑う佐中さん。「佐中さんの自慢の筋肉なら氷を割れそうですね」と三科さんが割と真面目な顔で言う。
「そろそろ解散しますか」「そうだねぇ」「ねぇ探偵、後でトランプしようよぉ」
しばらくしてから、皆口々に解散の音頭を取って部屋へと帰っていく。
別荘とはいえ、めちゃくちゃでかい上に大浴場までついてるので、旅館と言っても過言ではない。だから私もこの別荘ではのびのびと色々なことが出来るのでこの別荘は好きである。
「今年もよろしくな」
かすれ声で私に話しかける白鳥さん。「なんでプロのカメラマンを雇わないんですか」と私ははにかんだ。
「今年はLakeちゃんを連れてきたけど、あれ見ると孫を思い出すよ」
「なんでですか」
「今となっちゃ、息子もその嫁も亡くなっちまった私にとっちゃ、今どこかで生きている孫しか思い出は無いんだけどな。で、その孫は彫刻がすごい好きでな、美術館によく連れて行ったのを覚えてるよ。だから彫刻家のLakeちゃん見ると思いだしちゃうんだよ」
思い出に浸っている白鳥さんはニコニコしている。
「ただなぁ、恥ずかしいことに孫の顔を覚えてないんだよ、小学校一年ぐらいで娘たちが引っ越したからな」
ハハハと笑っているが、案外笑い事ではないと思う。ただ、白鳥さん親子は仲が悪いことで有名だったのだから、もしかしたら仕方ないことかもしれない。
「唯一覚えてるのが、背中の肩から肩へと一直線の大きな傷があったことぐらいか。深い傷だからいまだに残っているはずだよ」
このヒントがあれば探偵が孫を見つけてくれるかな、と白鳥さんは冗談を忘れない。
「遺産も孫に渡したいからね、是非見つけてもらいたいね」
あまり笑えない冗談だが、白鳥さんは笑っていた。
「じゃあ、明日は頼むよ」
白鳥さんの笑顔は少し悲しげであった。




