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歯車は鳴りやまない

作者: 城之崎灰流

 かつて太陽の沈まぬ国と呼ばれる場所があった。超高層魔天楼国家、バベッジ機関が生み出した不夜城だ。

 いや、だったと言うのが正解であろう。

 当時およそ100万人が暮らしていた摩天楼は、一夜にして崩壊してしまった。そう、たった一夜にしてだ。

「酷いものだな……」

 ウィストン=リエゴはかつて国があった場所を見ながら、防護マスク越しにそう呟く。

 不夜城と、太陽の沈まぬ国と呼ばれ繁栄に彩られた国はもはや見る影もない。目の前に広がるのは現実感を忘れさせるほどの鋼鉄の塊と有毒なガスでできた霧。崩壊から50年経った今でも、この地は人をを拒絶していた。

「こちらウィストン=リエゴ。1975年4月3日、これよりエスパニアの調査に突入する」

 マスクの内側に取り付けた録音機に日付を記録し、ウィストンは崩落した国へと足を踏み入れた。

 かつてここにあった国の名前はエスパニア。かつて人類の技術と英知を集めて建国され、繁栄をきわめた機関国家。



 エスパニアへの侵入は予想されていたものよりもスムーズに行うことが出来た。当初の予定では崩落した鋼鉄の隙間を縫って入る予定で居たが、当時の入国用ゲートが歪んだ状態ではあるが残っていたため、そこに生じていた隙間から内部への侵入が可能となっていた。

 かつて痩せた土地に作られた超高層国家。神話に出てくるバベルの塔のように、空へ空へと鋼鉄による塔を伸ばしていたと聞く。

 崩壊の原因は50年以上経った今でも正確なところは不明である。国立図書館にあった資料では、崩壊の直前に未曽有大型地震が観測されており国家を支えていた基部がそれによって崩壊したことが原因と考えられている。

「これは、ひどいな……」

 ウィストンは目の前に広がる惨状を見ながら、小さくつぶやいた。国内部は外から見る以上に霧が立ち込めており、そこかしこからキィキィと鋼鉄の軋む音が聞こえている。

 背中に背負ったリュックサックから、計測用の機器を取りだしきりの濃度を計測する。機器は一瞬にして危険値を大幅に振り切り、既にここが人の住める場所ではないことを明確に示していた。

「エスパニアに侵入して、現在はおそらく国家外周部に居ると思わる。大気中に発生している霧は、かつて国家を支えていた機関が発生させていると予想され吸いこめば人体に甚大な被害を及ぼす数字となっている。外周部に関しては崩落による影響が比較的にではあるが軽微であるが、見える範囲に置いて凄惨な状態である。見える限りにおいて中央部は、ちょっとした山岳ほどの高さにまで鋼鉄が積み上げられている状況だ」

 周囲に視線を配りながら、記録を取り続ける。かつて国家を支えた機関が発生させる濃霧おおび垂れ流された潤滑油によって大地は汚染されてしまい、人類がここに再び住むのは遥か未来のことだろう。

 ウィストンはそんなことを考えながら背負ったリュックの位置を正し、中心部を目指して歩き始めた。



「驚くべきことに、あれほどの巨大建造物が崩壊したと言うのに未だその形の判断がつくものが散見できる。今私が居るのは入口となったゲートからおよそ3キロほど内部へと入った地点である。私の目の前には、おそらく当時人々が集う場所であったと思われる建造物が当時の姿でとは言い難いが、それでも想像可能という範囲で現存している。これから、内部へと足を踏み入れたいと思う」

 記録を終えて、再度視線を目の前へと向ける。折れ曲がり重なり合う残骸の向こう側に、未だかろうじて形を残した建造物が存在していた。

 入口は崩落の影響でふさがっていたが、入口のわきにある窓だったとおもわえる場所からなんかと内部へと身体を滑り込ませる。

 内部は広いエントランスが広がっており、左右に二つ筒部屋が備え付けられている。何階まであるのかはわからないが、エントランスの奥に上へ伸びる階段が見えるが、その途中で瓦礫によってふさがれている。

 キィキィと鋼鉄の軋む音の向こう側、どこかで崩壊のする音が響いた。この建物もいつ崩落するのかわからないなと思いながら、ウィストンは建物を見渡した。

 崩壊の音を聞くために耳を澄ませていたせいか、ウィンストンはそれに気づくことが出来た。それは奥から聞こえる微かな音楽。

 足元の瓦礫に注意しながら、ウィルソンは音の発信源を探して歩きはじめる。たどり着いたのは入口から見て右奥にある部屋、扉のようなものはなくエントランスからすぐに空間が接続されている。

 部屋の中は机や椅子、子供向けのおもちゃが散乱してはいるものの、かつての人々の跡が残されていた。

 部屋の入り口左側の隅っこに、音の発生源があった。それは誇りをかぶったミュージック・ボックスだった。当時の最先端技術によっ作られた、自動演奏機。側面にキノカードを差し込むスロットがあり、カードによって内部の歯車が回転し内包されたピンを弾くことで音楽を奏でる機械。

 このミュージック・ボックスは聞く人間が居なくなった後の50年以上、ここでこうして音楽を奏で続けていたのだろう。

「学校か市民会館なのかは分からないが、おそらくこの部屋にはかつて多くの子供が集い友人と遊んでいたのだろう。人が居なくなって50年以上が経過した今なお、その光景が目に浮かぶようである。残念ながら上へ行く階段が塞がっているため、この施設の探索を以上のものと記録する」

 記録を終え、床に転がっていたおもちゃを一つ手に取り後ろに背負ったリュックの中にそっとしまった。

 ミュージック・ボックスは今なお音色を奏で、ときおり歯車の音がボックスの中からかすかに響いている。

 きっとウィストンが立ち去った後も、その音色がやむことはないのだろう。施設が崩壊するその時まで。

 それが明日なのか、はたまた何年も後なのかはわからない。だがしかし、その時まで歯車が鳴りやむことはないのだろう。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観が良いですね。 読んでいて、退廃的な世界観に引き込まれました。 ウィンストンはいったい何者なのか? 続きが読みたいですね。 最後に、ディファレンス・エンジン好きの私にとっては、最高の…
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