正午
授業が終わり、ホールで待っているであろう彩の元へ行くため、廊下を歩く。
角を曲がり、階段を下りる。
まだ眠気が残っているのか、頭がぼんやりする。
「広樹!」
急に呼び止められ、僕は立ち止まった。場所は踊り場だった。
僕は、誰が僕を呼び止めたのか、もうすでに分かりながら、振り向いた。
そこには、真っ直ぐ僕を見つめる、真弓さんがいた。
「真弓さん!」
真弓さんは壁に背をつけ、小さく手を上げる。
なぜだか、真弓さんとは、この踊り場でよく会う。
多分、この階は4年生のゼミの教室が多くあることや、ホールに直結している階段だからだと思う。ホールまで行けば、食堂はホールに隣接しているからすぐなのだ。
「久しぶりです」
僕は、真弓さんに近寄り、軽く頭を下げる。
「最近、はどう?」
真弓さんは、僕を見つけると、必ず声を掛けてくれる。
僕は、この大学で仲の良い、というか、知っている先輩は真弓さんくらいだ。
真弓さんとは、刺激的な出会いだった。
それは、丁度この踊り場で起きた。
1年生の時、6月頃、僕はこの階段を駆け上がっていた。授業に遅れそうで、焦っていた。
そして、この踊り場に差し掛かったとき、真弓さんとぶつかった。まるで、漫画みたいに。
持っていた、教科書やらノートやらは、舞い散った。
僕と真弓さんは、何も言わず、何もぜず、ただ見つめあった。そして、僕が「漫画みたいですね」と言うと、真弓さんも笑った。
というのが、出会いなのだけれど、それ以降、真弓さんは僕に会うたび、サークルに誘ったり、合コンに誘ったり(彩が彼女になってからはしてこないけど)、声を掛けてくれた。
スマートで、大人の色気を漂わせながらも、温和な性格の真弓さんは、人脈が豊富なのだ。だから、暇そうな僕に話しかけてくれるのだろう。
「別に普通ですよ」
「彼女とはどうなの?」
「ぼちぼちです」
「まさか、君に彼女ができるとは……合コンに誘ってもこない、草食系男子が」
「彼女いますし」
「その前もだよ。てっきり、女の子には興味ないのかと思ってた」
「いやいや」
真弓さんは、袖を少し捲って、腕時計を見る。
「あ、そろそろ行くね」
「はい! また」
真弓さんは、階段を上っていくのを見届ける。
すると、下の方から
「あー、こんなとこにいた」
と、彩が階段を上ってくる。
登ってきた、彩は周りを見渡す。踊り場には、4人程の学生が立ち止まっていたが、彩が来ると、散らばっていった。
何やら、笑みを浮かべていたけれど、嬉しいことでもあったのだろうか。
「ごめん、ごめん。真弓さんと会って」
「えー、私も会いたかった」
彩は、まだ真弓さんに会ったことがない。一度、会ってみたいらしい。
彩は、僕の横まで来て、なぜか上を見上げる。
僕もつられて上を見ると,そこには誰が描いたかも分からない、一枚の女の人の肖像画が壁に掛かっている。
女の人は、色白で外人だ。茶髪で、細身の女性が黒いドレスを着て、こちらを真っ直ぐ見つめてくる。
「綺麗な人だね」
彩はそう言うけれど、僕はどこがいいのかさっぱり分からない。
「そうだね」
僕は、心にもないことを呟く。
彩は、振り返って、僕の手を取る。
「お腹減っちゃった。ご飯食べに行こう!」
僕は、微笑んで、頷く。別に、お腹は減ってないし、そんなに食べる気はしないけれど、僕は彩に手を引かれるまま歩きだす。
そして、ふと思った。
あの肖像画の黒いドレス、真弓さんが着たら似合いそうだな、と。
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