とある女の子
食事が終わり、後片付けも終わり、僕と彩は何をするでもなく、リビングのソファに腰かけ、ボーっとしている。
彩はこの時間が好きだと言う。
何も考えず、ただ時に身を任せるこの時間が。
僕からしてみれば、この時間は、いろんなことを考えてしまうのだけれど。
「ねえ、何かあったの?」
彩が虚空を見つめたまま尋ねる。
「え? 何で?」
「だって、なんか、最近おかしいじゃん。気づけば、目を閉じてる」
何だ、君も考えているじゃないか。いろいろと。きっと、いろいろ考えられるから、彩はこの時間が好きなのだなと思った。
「ある女の子ををね、思い出すんだ」
僕は、1度ゆっくりと瞬きをする。
彩はこちらを見ない。だからじゃないけど、僕も見ない。決めたことのない、約束事だ。
「……女の子」
「うん。森崎弥生って子」
「森崎弥生って、最近テレビで見た」
「2年前、高校で殺人を犯した。20人の生徒を殺したんだ。その時もテレビで大騒ぎになったけど、また最近」
「刑務所内で自殺した」
「そう」
僕は、少しだけ口元緩めて、頷く。
「その子と、関わりでもあったの?」
「幼馴染だった。小中高って学校も同じ。帰り道はいつも一緒に帰った。その位の仲」
「ふーん」
横目で見ると、彩は膝を抱えて、膝の上に顎をちょこんとのせる。いじけているのかなと思った。
僕は、一つ息を吐く。少しだけ、緊張している。
「あの殺人事件。僕もいたんだ」
「え?」
「もちろん、僕は殺されなかったけどね。だから、ここにいる。でも、最近、彼女が死んでからかな、その時の光景が目に浮かぶんだ」
―――血まみれの彼女の姿が―――
僕は何か大事なことを、どこかに置き忘れてしまっているようだ。
それは、遠い辺境の地にあるような、路地裏にでもありそうな、ポストに入っていそうな、でも、どこにもない。もっと、近くにありそうで、ない。
僕は、それを見つけなければいけない。でも、動けない。
「その子、可愛かった?」
気づくと彩が、上半身を捻じってこちらを向いていて、顔を赤らめ、少し恥ずかしそうに聞いてくる。
「うん。可愛かった」
彩は、片方の頬を少し膨らませる。
「広樹はその子のこと、好きだった?」
「そんなの、わす……」
僕は思わず目を閉じる。ゆっくりと、目を開けると彩の唇が僕の唇に重なっている。
少しの間があって、柔らかい唇が僕の元を去っていく。
彩は、恥ずかしそうに、僕から目を逸らしながら言う
「やっぱ、聞きたくない」
僕は、微笑んで、彩の頭の後ろに手を回し、抱き寄せる。
そっと、耳元で囁く。
「彩のこと、好きだから」
その日、僕らに会話が生まれることはなかった。
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