囚われ人
僕はいつもの朝と変わらず、コーヒーを飲んだ。朝ごはんを食べた。シャワーを浴びた。
でもその度に、彼女は僕に囁いてくる。
「君は、死ぬんでしょ?」
「私は死んだよ?」
彼女の姿は見えない。彼女の声の方を向くと、彼女はポツリと
「約束」
と言う声が、部屋に、僕の耳の中にこだまする。
まるで、幽霊みたいに彼女は僕に纏わりつく。
でも、僕はそれが、そこまで嫌ではなかったりもする。
「君は、死ぬんでしょ?」
また、彼女が囁く。
僕は、死にたいのだろうか?この世界に、満足しているのだろうか?
きっと、心が完全に満たされるほどではない。けれど、僕には、彩がいる。
真弓さんや康平さんもいる。まだ、将来のことは分からないが、僕は生きたいと思っている。
きっと僕は、この世界に執着していたいのだと思う。
彼女が、僕に囁くの言葉を僕は無視して、家を出た。
騒がしい駅のホーム。
休日のためか、若者や家族連れが目立つ。
僕は、2列になっている列の後ろに並ぶ。
「約束」
「約束」
「約束」
僕の頭の中で、その言葉が反芻される。僕は、目を閉じ、堪える。
「こっちを見て」
僕は、目を開ける。
向こう側のホームに、彼女はいた。血まみれの彼女がいた。片手にナイフを持って。
「待って」
僕は、そう呟いた。
僕は、駆け出した。
階段を駆け上がり、走り、駆け下りた。
でも、さっき彼女がいた場所に、彼女はいなかった。
僕は、囚われている。彼女、弥生ちゃんに。
あの日交わした約束のせいで。僕は、それを断りにいかなくてはならない。
僕は、ポケットから携帯を取り出し、耳に当てる。
「もしもし、彩。僕は、ようやく進めそうだよ」
耳から携帯を離し、ポケットに入れる。
そして、ホームに来た電車に、僕は乗った。
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