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This Man

作者: みちゆき

 部活帰りだった。

 うっかり学校に携帯を忘れた俺は、仕方なく最寄りの公衆電話で迎えを呼び、そのまま近くで待っていた。

 視界に、前方に佇む一人の男が映った。

 何というか、異様な男だった。

 不躾な見方だが、額から頭頂部にかけて禿げ上がっており、目鼻がくっきりと見えた。

 自然に大きく見開かれた目は、鋭い眼力があり、更に太いゲジゲジ眉も加わって、迫力が一層増していた。口元には不敵な笑みが浮かんでいる。

 と、ここまでは一般にいる人間とそう懸け離れていない男に見受けられる。

 特筆すべきは、彼が俺をじっと見つめている事だ。迫力ある眼差しが、この俺に一点集中しているのだ。

 繁華街で因縁をつけられた時の、所謂「ガン飛ばし」とは違った怖さがあった。例えるなら理科の実験で、解剖される蛙を熱心に観察する学生の直向きな視線。対象物への狂気じみた執着心に、言い知れぬ不安を掻き立てられる。

 俺は早くこの場から去りたいと、迎えを待ったが一向に来ない。渋滞だろうか。その間も男は一向にその場から去る事は無く、俺の焦燥をより一層募らせた。

男の視線に我慢出来なくなった俺は、小走りでその場から離れた。男は追ってこなかった。


 そして、俺は目を覚ました。

 こんなに寝汗にまみれた目覚めは初めてだった。その日から、夢の男は俺の心に巣食いだした。

 何度も、同じ夢を見るようになった。

 その夢では、いつも俺は部活帰りに親を呼ぼうとして、携帯を忘れてくるのだ。公衆電話で済ませた俺の目の前に、奴が必ず現れた。

 何度もあの男は俺の下に現れる。

 奴は俺を凝視し続けるだけで、何ら接触してこない。なので、奴の正体は一向に分からない。

 分からない事は、何よりも恐ろしかった。

 四六時中、男がフラッシュバックする。

 過去の記憶を辿ってみても、あの男と出会った覚えはない。なのに、あの強烈なビジュアルを無意識に思い浮かべられたのは何故なのか。

 疑問と、繰り返される悪夢に苛まれ、俺は学校生活すら儘ならなくなっていった。

 もしかしたら、このまま俺は狂ってしまうのかもしれない。夢に苛まれるなんて、笑い話にもならないじゃないか。


 数日後、俺は男の正体に迫った。

 馬鹿馬鹿しい子供向けの夢占いでは当てにならない。確実に奴の正体が判明する情報を選択しなければ。

 昼休みの喧騒の中、俺はネット検索で似通った事例を探し当てたのだ。

 初めは「夢」で検索すると、ロマンチックな夢占いとか、心理学からの豆知識といった下らない話しか出てこない。そこで、夢の話がテーマの都市伝説、奇妙な話を中心に検索をかけた。

 その結果、俺の夢に酷似した内容を厳選して、二つの話を選んだ。

 開いたサイト名は“This Man”。

「某国の精神病院に、同じ男の夢を何度も見るといった症状が相談された。男の似顔絵を描かせ、ネットに掲載したところ、世界中から同じ症状が発見され、皆同一の男の夢を見ていたのだった。ただ夢の内容は様々で、男と親しくなるのもあれば、恐ろしいものだと追いかけられるというのもあった。世にも不可思議なこの症状は、何者かによる洗脳の説も飛び交っているという。」

 そこにも掲載されていた似顔絵を見て、俺の全身に電撃が走った。

 禿げ上がった頭、ゲジゲジ眉の鋭い眼力。

 間違いなく、夢の男だった。

 しかし、謎の存在である事に変わりない。

 次にヒットしたのは、夢の殺人鬼の話。

「下校途中、殺人鬼に殺される夢を見た学生が、現実でもその男と出会った。恐怖から家の迎えで逃げようとしたところ、男が『夢と違うじゃないか』と一言言った。」

 これも、俺の夢と似ている。その上、夢の男に殺されるかもしれないなんて。

 俺の恐怖は、確実なものとなった。

 あの男は危険だ。現実となったらデジャヴじゃ済まされない。

 誰にも相談は出来ない。夢の話なんて、他人には笑われるのが落ちだ。必死に説得したって、馬鹿だと思われるだけ。

 俺一人で、何とかしなくてはならない。

 最早ディスマンと夢の殺人鬼は、同一人物としか思えなかった。

 奴は危険なのだ。


 その日の夕方、俺は部活帰りに迎えを呼ぼうと携帯を探した。

 見当たらなかった。

 他の荷物と被らない黒のカラーなのに、いくら底を突いても顔を出さない。

 どうやら教室の机の中らしい。教師に見つかっては不味い、と考えるよりも俺は湧き上がってくる戦慄を抑えきれなかった。

『携帯を忘れた俺は、最寄りの公衆電話で親の迎えを呼び…』

 完成してはいけないパズルのピースが、はまり始めた。

 俺は公衆電話で、とにかく急いで来るよう母に言った。そして電話ボックスから出て、ゆっくりと辺りを見回した。

『視界に、前方に佇む一人の男が映った。何というか、異様な男だった…』

 それを視界に捉え、足の震えが止まらなくなった。まるでサイトの似顔絵を張り付けたような顔で、こちらを睨んでいる男。

 ディスマン、お前なのか。

 俺の脳内で、ゆっくりとパズルのピースがはまった。

 俺は必死に、今まで調べた内容と、夢で見た内容を思い出した。どの行動がバットエンドに繋がっていたのか、どの行動が身を守る事に繋がるのか。

 一人で逃げてはいけない。幸い今は、人目がある。この場を動かなければ、男は容易に襲ってこない筈だ。

 早く、早く。

 一心に迎えが来るのを待った。

 夢と同様に、俺の焦燥は募る。

 一分、二分、三分経った。

 穏やかなエンジン音と共に、見慣れた自動車が俺の前に止まった。

 涙が出そうだった。

 腹でも痛かったのか?と母からの惚けた質問が、高まっていた緊張を緩和させる。

 後部座席に乗り込み、ふと右を見る。

 車窓にべったりと顔を寄せ、男がこちらを凝視していた。

 一瞬ドキッとしたが、男の方も驚愕の表情を浮かべ、広い額に脂汗を浮かべながら

『夢と違うじゃないか』

 唇がそう動いていた。

 そうか、奴にとってこれは想定外だったらしい。

 残念だったな。これでもうお前は手出し出来ない。

 恨めしそうな男を尻目に、車が発車した。

 世界中が経験したというこの男の恐怖を打ち破ってみせた事が、俺の心を安らかな満足感で満たした。

 もう二度と会うまい、ディスマン。

 意気揚々と前方を見ると、道路脇の電柱がどんどん迫っていた。

 耳をつんざく轟音と共に、俺の意識は途切れた。


 野次馬達の輪から外れ、男はそれを眺めていた。硝煙とガソリンの臭いが漂っている。

「可哀想に。あれは予知の逆夢だ」

 ゲジゲジ眉の男は、静かに口を開いた。

「予知夢とは、実際と逆の事象が観測される逆夢の事だ。人間達の解釈で俺は福の神とも死に神ともなり得る。だが福の神と持て囃されるのは、当分先の事らしい」

 男は片手に、黒い携帯を持っていた。

「あと何人救えるだろうなぁ」

 深い溜め息と共に、検索履歴に表示されていた『ディスマン』『夢の殺人鬼』の二項目を削除した。

 (完)

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