エピソード2 白と黒の間の少年(後編)
気がつかれないように細心の注意を払って覗いてみれば、不良たちがまだよちよち歩きの逃げ回るそれに向かって一方的に攻撃スペルを撃ち込んでいる。
威力こそ蚊が刺す程度の物と遠目からでも分かるが、それは子猫にして見れば激痛を伴う物であるのは間違いない。
ハルトはその光景を見た瞬間、目の前が真っ白になっていた。
そして次の瞬間にはひっそり練習しようとしていた杖を取り出し駆け出すと、子猫を守るようにして立ち塞がっていた。
「お、お……お前ら!」
「あぁ?何だお前?」
「弱いものイジメ……するなよっ……!」
震える手で杖を不良達に向けるとかすれてしまいそうな声で精一杯の抗議の声を絞り出す。不良達はその様子に一瞬顔を見合わせると、場慣れしていないハルトの心中をすぐに読み取ったのか高圧的な態度で目の前を平然と近づいてくる。
「あー?聞こえねえなぁ……あんだって?」
「……くっ!」
(ビビるなハルト……今なら、こいつらを倒す力が俺にだって!)
近づいてくる不良の杖が次第に光を帯びてゆく。
すかさずハルトも意識を集中し不良風の上級生数人に新品の杖先を向ける。
杖が仄かに光を宿した。
……かに見えたが、次の瞬間杖は少年の予想を裏切ってその淡い光を急速に失っていってしまった。
「な、何で……」
目線を自身の杖にやった瞬間、彼の顔面周辺に風圧が伝わってくる。
紙一重で体勢を低くするとギリギリでそれをかわすが、不良達の悪意は次々と容赦なく彼へと矛先を突き付けていた。
「何で、だよぉ!!」
杖に再度力を集中してみるが今度は微かな光さえ出てこない。
「いい加減派手に動いてる的に当てなきゃ面白く無いと思ってたんだ、丁度いいよなぁ!」
そんな悠長な事をしている内に不良達は次々とスペルを放つべく杖に光を宿し始めた。
「おいお前……」
「にゃあ……」
「逃げるぞ!!」
**********
「平和的に解決を!や、やめてえええええええ!!」
意地の悪い光を目に宿した柄の悪い連中はハルトに飛びかかってきた。
彼は胸に白くてふわふわしたモノを抱えている。黒髪を振り乱し制服をヨレヨレにしながら不良たちの魔の手から一目散に逃げ回っていた。
「はっ!そんなにそいつが大事ならてめーが実験台になりやがれ!」
「大丈夫大丈夫、教官達にチクれないくらいにはボコボコに可愛がってやるから待てって!」
「くそっ!こんなハズじゃあ……」
奴らを少し引き離し、角を直角に曲がって一瞬の死角になった瞬間、彼は姿勢を低くすると抱いていた猫を手から離した。
「心配すんなっ、お前はもう逃げろ、多分あいつらは、俺をボコれれば満足するから……ほらあっち行けって!」
「にゃーん……」
子猫は命の恩人との別れを名残惜しそうにしているとその場で座り込んだ。こんな所に置いていっちゃターゲットになりかねない、苦労が水の泡だ。彼は意を決するとせっかく引き離した不良達の元へと駆け寄り、あえて自身の存在をアピールした。そしてそのまま子猫とは正反対の方向へと再び逃走を開始する。
(大丈夫だ……足の速さなら俺の方がちょっと早い!)
少年がそう思って間もなく、逃げ込んだ先はまさかの袋小路
こう言う時に「神様はいない」なんてセリフが頭の中に駆け巡る。
「はぁはぁ、なめやがって……」
「しかしこりゃあ残念、行き止まりだぜ?」
「ま、待ってくれ!は、は、話せば分かるっ!」
彼の悲痛な声は人気のない袋小路に虚しく響いた。
そう簡単な物じゃなかった。有り金はたいて手に入れた杖で気持ちが大きくなっていた自分を彼は呪った。あの時人気のいない所で練習しようなんて思わなければ、こんな事態にはなっていなかったかもしれない。ただ、襲われていた子猫だけでも助ける事が出来た。それだけが何よりの幸いだ。でもやっぱり痛いのは怖い……。
不良たちは杖を持ち出すと不敵な笑みを浮かべてじりじりと近づいてくる。まるで獲物を痛ぶって楽しむ悪趣味な狩人の様な目をしていた。身を守ろうとハルトは杖を取り出しブンブンと振り回すが先ほどと相変わらず全く反応しない。
不良達の杖が鈍い光を放ちハルトに向けられた瞬間、それは余りにも唐突に訪れる。
「な……、何だ? 何の音だ?」
遠くから腹にまで響くような何かの動物のヒュウヒュウという呼吸音と、地響きのような音がしたかと思えば、どんどんそれは自分達の方に向かって近づいて来る。その異様な様子を感じ取り、そこにいる全員が全く動けずにいた。
「地面が揺れて……る? おい、お前! なんかしたのか!?」
不良たちは都合よく勘違いをしてくれたようだが、馬鹿正直にもハルトは違う違うとブンブン首を振っている。
そして次の瞬間には袋小路の右側、近づく不良達とハルトを遮るように勢い良く石壁を突き破って出てきたのはとんでもない大きさをした灰色の何かであった。
砕け散った石壁と風圧、砂煙でハルトは手に握っていた杖を思わず落としてしまう。一瞬それが何か分からなかったが、よくよく見れば一匹の手負いの「狼」の姿であった。
腹に響くような「グルルッ」と言う唸り声と鋭い眼光から溢れんばかりの殺意をばらまきながらも、三メートル以上はあろうかと言う巨体は立ち上がるまでの力は残っていそうも無い。よく見れば札状の紙切れがバチバチと音を立てながら体の至る所でほとばしっており、これがこの生き物を苦しめていると言うのは見るからに明白だ。
「何だこりゃあ!?」
「原生生物か?こんな大きさ見たことねえぞ!」
「やばくねーか?都市部にこんなの……」
その尋常ではない光景に追い込みをかけていた不良達は後ろに振り返ると、関わってはいけない物だとすぐに退散し始める。無理もない、それはまるで教科書やお伽話の世界でしか存在出来ないような大きな獣、その場から動こうとはしないが牙と牙の間からは苦しみから滲み出る涎を撒き散らし、残された力でまるで何かから逃れようとすべくのたうち回っている。
「ちょ、俺! 俺も助けて下さいよ先輩方!」
「ちっ……馬鹿野郎っ、早く来い!」
ハルトが助けを求めると不良の一人は立ち止まり、彼に向かい杖を振り上げ引き寄せようとした。しかし杖に光は宿る事無く虚しく空を切るだけになる。
「はぁ?スペルが発動しないだと……?」
不良が自身の杖に何か異常が無いかとよくよく見た瞬間、今度は頭上から一つ何かが降ってくる。
「スペルイーターのアンチスペルフィールドよ」
落下しながら聞こえてくるその声は女、声の感じからしてまだ幼さを残す少女の物であった。着地をする一瞬足元から青い光が弾けるとすぐに不良に歩み寄り眼前数センチの所までその顔を伸ばす。
「見ちゃったからには、消えてもらわないとねえー……」
その少女は非常に美しい青い髪と整った顔立ちをしており、目の前まで近寄られた不良はその可愛さに一瞬目を奪われ固まってしまう。そして少女の白くか細い指が次々に彼の胸の辺りから這わせるように妖艶に触れると、程なく甲高い声を上げその瞳はすぐに光を失った。
「もし、血液中の水分が一瞬でせき止められたらどうなるかしら……まぁ答えは墓場でゆっくり考えてね」
言葉と同時に白目を向き、まるで糸の切れた人形のように倒れ伏す彼を横目に、今にも鼻歌でも歌い出しそうな様子で少女はすぐにハルトに向かい踊るように歩みを進めてくる。彼の目の前で動けずにいる大きな狼はそれを見ると一段と威嚇の唸り声を強めた。
「お前……その人に何をした、んだ……?」
「あら優しいのね。大丈夫ちゃんと殺したわよ?でも心配しないで、貴方もすぐにそうなるから、ね?」
「殺……死んだ……?」
「うんうん、そんな痛くはないと思うわよ、多分だけど」
怯えるハルトに小さな笑みを浮かべながらルンルンとした足取りで少女は彼ではなく獣の方に向かい紙切れを取り出しぶつぶつと小さく呟き始めた。その様子を見た瞬間に狼は更なる唸り声と共にハルトの方へと首を傾け睨みつける。
不良に追われるなんてただでさえ非日常な現象が起きただけでなく、目の前にいるのは見たこともない大きな狼と、人を平気で殺して鼻歌交じりに近づいてくる女、ハルトは非現実な光景にそれ以上声すら出てこなかった。
少女の小さな呟きが終わった瞬間、今がチャンスと言わんがばかりに状況が動いた。
狼は手負いの体に渾身の力を込めたように立ちがると人殺しの少女とは正反対のハルトに向かいその牙を突っ立てた。
「あっ!こいつ、まだそんな力が……!?」
「う、うあぁぁぁぁぁ!」
ハルトはこの瞬間に今まで起こった事の走馬灯が始まっていた。小さい頃からスペルと言う物には無縁で、それでもエバーウィングのアカデミーで頑張ればと努力してきた事。それでいても大した成果も無くすがりつくように杖の斡旋屋経由で新型の杖を手に入れた事。そして彼女も出来る事無くこんな所で一生が終わってしまう。何だかそう思い出すと「あれ今死んでも別に悔いはない?」なんて悲しい気持ちまでもが一瞬で頭を過っていた。
凄まじい風圧が伝わると自身の最期をか弱い腕で顔面をガードするとぎゅっと強く目をつぶった。しかし数秒経っても痛みはおろか何も伝わってこない。死んだ時なんてこんな物かと彼はゆっくりと瞳を開けた。
するとそこには今まで居た狼の姿はどこにもなく、まるで何事も無かったかのように不気味で小さな静寂が辺りを包み込んでいた。ただ、その視線の先には先程の不良の倒れた姿や倒壊した瓦礫は健在であり、美しい少女だけが目を見開き口をぽかんと開けていた。
「な、何だ……?」
面を食らった彼が一歩歩みを進めると同時に空を裂く風切り音が上空から聴こえてくる。不思議に思い暁の上空を見上げた刹那、彼の眼前数センチの所を回転しながら「長い何か」が降ってくると、見上げた彼の目の前に降り注ぐと地面へと勢い良く突き刺さった。
驚く彼の目の前に突き刺さっているのは、よく見れば灰色の美しい『剣』が一振り、刺さった振動でカタカタと小刻みに震えながらもまるで彼の瞳をじっと見つめているかのようであった。どこから来たのか全く検討も付かないが、それはまるで彼が「所有者」だと言わんがばかりに彼の目の前で引き抜かれるのを待っているようにも伺える。
一つの静寂でまるで時間が止まったようであったが、死体が転がる非常識な現場で少女はすぐに口を開いた。
「アカデミーと契約執行?あり得ないわ……何故……?」
その光景に一瞬呆気に取られていた人殺しの少女は思わず口を開いた。
想定外の事態に顔色を変えると、すぐに憤りを露わにした物へと変貌し、それは敵意となってハルトへと言葉をぶつけていた。
「あなた……まさか知っていたの?」
「はぁ……何をだよ?」
訳も分からず問われた少年は答える。
一方問いを投げた少女は先程の態度とは打って変わると真剣な面持ちになり、懐から数枚紙切れを取り出すと何のためらいの無く攻撃の一手を放っていた。すぐにそれは光を宿し速度を上げると鋭利な刃物を模し彼に襲いかかる。
「っ……!」
彼はとっさに自身の無くした杖を見渡し探すがどこにも見当たらない。そして都合良く目の前にある一振りの剣。選択肢はもはや剣を抜き取り何とか防御するしか残されていない。周囲を壁で覆われ行動に制限のあるこの場所では逃げると言う選択肢は選べないからだ。
そうと決まれば……。
彼は目の前に突き刺さる剣に手を掛けると一気に引き抜いた。
何故だろう、見た事も聞いた事も出生も分からぬ剣ではあるが、握りが異様なまでにしっくり来る。握力を加えれば加えるほどそれはまるで彼の手の一部にでもなったかのようだ。
加えてその軽さ、ざっと見ても一メートル以上はありそうだが、羽でも持っているかのように軽い。それは彼が持つ事を想定されていたかのように彼の体に一瞬で馴染むと、今まで無くしてしまっていて見つからなかった大事な持ち物と再会したかのような錯覚を覚えた。
そして放たれた紙切れは次第と勢いを増して行くが、彼が剣を構え着弾する間近になると弾けるような音が辺りに響き、その場で只の紙切れへと姿を戻すとひらひらと舞い踊った。何が起きたか理解が及ばないが、スペルが運良く不発にでもなってくれたのかと胸を撫で下ろした。
「能力は健在……ね、なら直接術者の首を撥ねるっ!」
言葉と同じくして二枚紙切れを取り出し両手に構えると姿勢を低くする。同時に踏み込むと彼めがけてまっすぐに飛び込んできた。彼女の持つ紙切れが鈍い光を放つと剣の間合いへ詰めて来る。
対するハルトは彼女の肉体全体の動きを食い入るように見つめ、死の間合いから決して目を離さずに集中した。それは自己防衛はもちろんの事だが、彼にとってメイジが接近してくると言うのは逆にチャンスでもあったからだ。奴はアカデミーと自分を油断しているだろう。
少女は右手を少し引くと紙切れから鈍い光が収束されていく。その挙動の一動をすぐに脳へとフィードバックさせ動きを予想する。攻撃は二段階、右手で剣を弾き、左手がメインの攻撃、なら……。
彼は自分でも驚くほど冷静に剣を構えると、彼女の思惑通りに右手で剣を弾けるようにあえて攻撃角度を調節、そしてその通りに剣と紙切れが接触した刹那、バチバチと言う火花と甲高い音が鳴り響くとその勢いは堰き止められる。少女の一撃は想像以上に重い物だが、彼の想定する動作には何の影響もない。そして彼の予想通りに少女は左手に携えた紙切れで攻撃の手を伸ばす……。
かに見えたが、少女の体はあっけなくバランスを崩した。
気がつくと彼の肩が目の前にあり、渾身の体当たりをお見舞いされていたからだ。肺の辺りに激痛が走り、少女は思わず表情を歪ませる。
(DEXの講義もいいですけど、もう少しINTのステータスを上げる講義に出てみたらどうですか?)
DEXの講義とは近接時の交戦を想定した、スペルを使わない人間らしい戦い方の講義である。それは彼が直面しているこのような白兵戦闘下で真価を発揮する。
そして彼の行動はエバーウィングのアカデミーとして余りに異端で想定外であったのだろう。何故なら彼はメイジであってメイジではない。スペル適性の全くない有名人。逆に言えば今このような近接的な状況であった方が都合がいい。ハルトは敵の油断したこの一瞬の隙を付き、追い込まれていた路地から脱出を試みようと走り出した。そうすれば大通りへ出て助けも呼べる。
しかし優位に立っていられたのはほんの一瞬だけであった。
それは力量差を埋めるには到底及ばずに、再び彼を絶望の底に叩きつける事になる。
走り出した彼は思わず足を止めた。
それは自身を照らしている暁の空がすっぽりと彼を覆い尽くすように陰りを見せ始めた為だ。禍々しいプレッシャーに彼は恐る恐る振り返ると、そこには右手を上空にまっすぐと伸ばしありったけの紙切れ達を集約させ、今まさに振り下ろそうとせんとする少女の姿がそこにあった。
「遊びは終わりよスペルイーター、出し惜しみもしない、人目も関係ない、三十八層までエンチャントしたこの一撃を……喰える物なら、喰ってみなさい!」
こんな物、どうやったら……。
目の前に迫るのは一枚一枚は大した物ではないが、集約されたそれはまるで巨大な建造物、それが今まさに彼に向かい自由落下をして来ようとしている。こんな物講義や訓練していたって防げる訳がない。こう言う時は左右に逃げれば……。すぐに諦める。左右にあるのは壁、走って間合いから逃れるしか方法はないが、陰りの度合いと攻撃が放たれる残り時間からして、どう見たって間に合う距離ではない。
策を考える物の全てが自身の死に直結するイメージに万策尽きた彼は剣を構えると潔く迎え撃つ体制を取る。訪れる巨大なスペルを甲高い音を奏でる剣で防ぎ始める物の、それは象が蟻を踏みつけるかの如き情景。
すぐに彼はおろか地面ですらその一撃に耐えきれず亀裂が入ると彼の足が地中に減り込み始める。むしろこの一撃を一瞬でも受け止められている事自体が奇跡にも思えた。次第に遠くなる意識に彼は全てを諦めようとした瞬間、一陣の風がハルトの横を通り過ぎていく。
「よくやったわ、後は私に任せなさい」
遠のく意識の中、聞き慣れた声がどこからともなく聞こえた気がした。
そして暁の空よりも深い二つの赤い瞳は残光を残し一言だけ小さく呟く。
「スペル名『ライラプス』戦闘行動を開始……」
次の瞬間には只ならぬ熱風と火の粉、そして耳をつんざく轟音が辺り一帯を支配した。
続いてやって来る巨大な炎の塊は、巨大な建造物へ清々しいまでに大きな風穴を開けるとたった一撃で無効化する事となる。その攻撃角度から周囲の壁をも容赦無く薙ぎ払いながらも炎は上空に至るまで何者にも阻まれる事なく貫き消えて行く。急に肩の荷が下りた彼は助けてくれた少女の姿を一瞬だけ見るが、やがて意識を保てずにその場に倒れこんだ。
「スペルブレイク!?こんなでたらめな火力……」
意図せぬ凄まじき攻撃に青い髪の少女はその一撃に対峙するであろう敵が誰かすぐに分かった様子であった。
「エバーウィングのショットガン……!」
「あらあら、あたしも随分と有名になった物ね?」
綺麗な装飾が施された銃型の杖を肩に乗せると赤い二つの瞳は対峙する者を威圧している。夕空に映しだされたそのライトブラウンのロングヘアーは赤々と美しく風になびいていた。
一言告げるとそれ以上の語らいはいらないと言った様子の赤い瞳はすぐに次の詠唱を開始、周辺の情景が揺らぐと第二波を間髪入れずに撃ち込んだ。
少し焦った様子を見せながらも青い髪の少女も詠唱を開始、飛散したありったけの紙切れを即座に集約させると上空に向かって不規則に展開させる。するとまるでそれらは一つ一つが意思を持つように彼女の周りに展開されると防壁となって遮り、一撃を迸る蒸気を放ちながらも何とか無効化した。同時に敵対者へと指差すと展開した紙切れは次々と赤い瞳を追尾しながら襲いかかる。
「このタイミングで一番面倒なのが……!」
ガトリング銃のように放ち敵の足を止めている隙に振り返ると少女は倒れているハルトの手元へと足早に駆け寄る。しかしあと数歩で手が届くと言う所で青い髪の少女は小さな舌打ちをすると回避行動に移る。続いて彼女の居た場所に炎が容赦なく打ち付けられた。
「はぁ……どうやら貴女を先に倒さないといけないようね」
その言葉と同時に、放たれた炎の弾道とは全くの正反対の方向から二つの赤い瞳は足を振り上げそして振り下ろす瞬間だった。対する青い髪の少女はそれを先程のハルトの刃を防いだのと同じ動作で一枚の紙切れを取り出し間合いに打ち込み一撃を防ぐ。
かつそのまま二歩後ろに飛ぶと炎のスペルを警戒しているのか、防御出来る間合いを即座に確保した。バチバチと青い閃光が弾けながらお互いの視線が交差する。
「早計よ……スペルキャスターが安易に近づくなんてね」
小さく笑みを浮かべると足の一撃を防いでいるカウンターの紙切れに目線を映した。
刹那、青い光は小さく、だが力強く爆発すると赤い瞳の少女を包み込んだ。
勝機を確信した青い瞳の少女が口元を緩めた瞬間だった。光収まらぬ爆風から手がぬっと伸びてくると青い髪の少女の襟首を強く握り締める。そこには銃型の杖を敵に突っ立てた少女が攻撃態勢を整えている。
「すぐそこにもアカデミーが何人か死んでたわ、アンタの仕業ね?」
想定外の事態にとっさに紙切れを取り出し反撃しようとするがそれを遮るように赤い瞳は続ける。
「そこからのあんたの詠唱とあたしの詠唱、どっちが早いか勝負してみる?」
爆風で衣服がボロボロになってしまっているがあれ程の爆発が直撃しても怪我一つ負っていない敵にこの時青い髪の少女は観念したかのように紙切れを持つ手をダランと垂らし一言呟いた。
「純粋な戦闘じゃかないっこない……けど……」
「やめときなさい、悪あがきすると焼き殺すわよ」
少女は一瞬観念した……かに見えたが次の瞬間小さく笑みを浮かべると赤い瞳の少女の後方を黒い影が覆っていた。その正体は先程倒れたはずの少年、身体中に張り付いていた紙切れが薄い光を宿している。それは先程彼女の一撃で飛散していた物たちであろう、まるで傀儡人形のように剣を振り上げ赤い瞳の少女を襲う。
「詠唱完了、大振りなのは出来ないけど、これで我慢して頂戴ね」
その言葉に小さく舌打ちをしながら思わず掴んだ襟首から手を放すと、赤い瞳の少女は回避を余儀無くされる。空を切った彼の一撃を見届けた青い瞳の少女はそっと彼の手から剣だけを取り上げるとそのまま背を向け飛び跳ねるように逃走を始めていた。
「逃げれると……」
虚を突かれた少女は苛立ちを露わにするとすぐに遠ざかる少女へと間髪いれず一撃を放った。それを横目で見ると青い瞳の少女は即座に回避行動に移る、が……。この時少女の身体に異変が走った。心臓の鼓動が一瞬激しく突き上げると彼女の行動をほんの一瞬だけ阻害した。それはとても僅かな物だが、一瞬も気が抜けない戦闘状態では致命的な物であった。そしてそのタイムラグ故に回避行動は間に合わず、炎の一部に右腕を焼かれると、その痛みから持っていた剣を思わず地面へと放り投げてしまっていた。
「くそっ、スペルイーター……!」
意図せず起きた自身の体の異常に含みのある言葉を放ちながら、彼女は攻撃が直撃した右腕をかばいながら剣を取り返しに戻ろうとしたが、次々と放たれる炎の前に成す術がなく、名残惜しそうに一言呟く。
「いずれまみえるわライラプス……夜を明かす光の元に、必ず……!」
呪いの言葉のような一言を放つと、他の攻撃は見事なまでに回避をしながら少女は飛び跳ね消えて行く。その様子を皆まで確認する間もなく少女はすぐに無線を飛ばした。
「シェリル……突発戦闘を行ったわ、確認出来た被害者は四名」
「敵の状況は?」
「ごめん、逃したわ……すぐに追走のメイジをよこして、強いのを頼むわ、手負いよ、そう遠くには行けないはず」
「了解、貴方は被害者の生存確認と保護を優先して」
そこまで話すと無線を切り赤い瞳の少女は不気味な夕暮れの静寂の中、改めて一人一人の生存確認を済ませながらハルトの元へと歩み寄ってきた。少年はそのまま死んだかのようにピクリともしない。幸いな事に張り付いていた紙切れはその機能を停止したかのように光は宿っていない。
「う……うぅ……」
「この顔……どこかで……」
微かなうめき声が彼から発せらると、少女は一回りは大きいであろう少年の腕を取り引き摺りながらその場を後にした。
「なんであんたがこんな……でも、まだ助かるかもしれない……」
そう小さく呟くと、闇夜が覆い始めた夜空を背に、二つの影は消えて行った。