エピソード2 白と黒の間の少年(前編)
窓の外からは楽しげな小鳥のさえずりが聞こえ、中途半端に開いているカーテンの隙間からは清々しい朝の光が差し込んでいる。外では爽やかな風が青々とした樹々を揺らし柔らかな太陽の光を浴びて心地よさそうにざわざわと音を立てると、野に咲く草花は今日という日の訪れに静かに微笑み合っていた。
ここは精霊と共に暮らし、一生を添う人々の住まう国アレシア。
「スペル」と言う一言で言えば「魔法」を扱う人間たちの国である。
エピソード2:白と黒の間の少年
突如盛大な目覚まし時計の音があたりの空気を震わせ、その音に驚いた小鳥たちは一斉に飛び立っていった。いつものように寝床から手だけをぬっと出して目覚まし音を止めるとそのまま動きが止まり、突然思い出したかのように勢いよく寝床から飛び起きると、少年はあたふたと身支度を整えだした。
少し長めの黒い髪に、まだ少し幼さを残したダークグレイの瞳。歳はまだ十代中頃と言った所であろうか。いつもより念入りに髪をとかし、いつもよりもきちんとネクタイを締める。表情は真剣そのものだ。
(遂にこの日が来たんだ。本日をもって、俺は今までの俺とはさよならだ!)
身支度を整えると少年は机の上に置いてある「何か」を入れるための何故だか中身が入っていない「空」の革製ホルダーに手をかけヒョイッと持ち上げると、昨日までの変な虚しさはなく手早くベルトに固定した。
羽織ったその衣服にはどこか見覚えがある。
学生服のような軽装、羽根をモチーフにしたエンブレムがシャツに刻まれている。
……彼もまたエバーウィングの一人であった。
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いつもよりもだいぶ早い時間に宿舎の玄関を勢いよく出ていくと、目の前には雲一つない抜けるような青空が広がっている。見渡す限りの青一色は彼の顔をまるで突き刺すように照らしてくる。部屋の中から外に出る明度の違いに瞳をパチクリとさせながらも少年は一歩踏み出した。
足取りも軽やかに、赤いタイルの舗装の行き届いた歩道をしばし歩み進めていると彼は一つ小さな笑みを浮かべた。そして周りからは仕草が分からないよう小さく拳をぐっと握りしめるとガッツポーズのような動作を見せる。
(いよいよなんだよな……これでやっと俺も認めてもらえるんだ!)
少年の心中はまるでお年玉を貰える前の子供のようにも伺えた。
今日この日、彼にとっては何物にも変え難いイベントが待っていたからだ。
途中、大きな橋にかかると今までまっすぐだった道が何車線にも分岐を見せ景色が開ける。その道たちがまるで避けるようにその先にそびえる大きな建造物。遠くからでも分かる細かい装飾が至る所に散りばめられており、それら全てに共通して言える事は「羽」をモチーフにした物が多いと言う事。
それこそが中立の象徴であり開放の翼と称される「エバーウィング」の本部で、少年はその施設内部にあるアカデミー生であった。その中立立場と言う施設の特性から、ここ一帯は自治区さながら自由都市のような性格を持ち、アレシア領ではあるが、国内外のいざこざを嫌う人々が多く集まっている。
少年はその壮麗な造りの正門をくぐり、学生用通用口へと向かう。
「お、ハルトくんじゃないですか、今日はいつもより早いんですね」
「うん、今日は三時限で切り上げますからね」
間もなく到着したハルトと呼ばれたこの少年は鞄から「カード」のような物を慣れた手付きで取り出すと受付にあるゲートに軽くかざし、近くにいる髪の長い女性職員と慣れた感じで話を始めた。
『続きまして、先日未明……シルバーフォレスト領エルンスト第八区画で発生した大規模な爆発についての続報です』
突如ロビーに据えられた大型モニターが昨日夜中に起きた隣国シルバーフォレストで起こった倉庫区画での爆発事件の速報を流し始めた。
「物騒な事件が起きますねえ。なんでも、禁輸リストにも上がっている魔法的物品の取引があったらしいですよ。そんな物手に入れて一体どうしようというんでしょうね?」
女性職員はおっとりとそう言うが、言葉とは裏腹に厳しい表情でモニターを見つめていた。彼もつられてモニターを目を移した。
『シルバーフォレスト』
そこは人が成せる文明技術を随一に象徴した国家。
今、ハルトが暮らしているここ「アレシア」との大きな戦争の傷跡は未だ癒えておらず、戦争の余波で起きた急激なインフレの人口増加と資源不足に悩まされる機械大国家だ。広大な土地を有してはいるが資源の絶対量はアレシアと比べるまでもなく少ない。戦争のトリガーになった大きな理由としてアレシアの豊富な資源を手中に収める意図があったようだが、結局の所攻めきれずに停戦調停を結んで約五十年余りもの月日が流れた。
『つまり教授、この件にも「スペル」が関連していると言うことでしょうか?』
『えー……これだけの破壊行為を行えるとすれば爆撃機か戦車が何台も必要でしょうな?』
『何にせよ、スペルを扱う者が主犯と推測される以上、主に対抗するのはエバーウィング頼みになるのが現実です。しかしここ数年このような事件が……』
モニターから流れる耳慣れない「スペル」と言う単語。
そう、大国シルバーフォレストがこのアレシアを攻めきれなかった最大の理由がソレだ。
人一人で携帯火器以上の力を身一つで作り出せる恐ろしい力……。
人一人で敵前線に赴いても傷ひとつ負わない屈強な力……。
数名居れば一個小隊の戦術レベルでの戦いが行える者達……。
そんな馬鹿げた事を、世の中の原理原則を平然とローリスクで覆すのがこの「スペル」と言う存在なのだ。
ここアレシアは独特の文化を育んでいる。
スペルと言うのは分かりやすい表現をすれば「魔法」と言う表現が近い。それは人が人の力を超えた、未知の力を行使する一連の動作を指す。
それは『精霊と共存する』と言ったシルバーフォレストから見れば宗教的で狂言にも聞こえるような約束を未だに守り続けており、その豊かな資源と一切合財共存する事でその力を保っていると信じて止まない、一言で表すとまるでおとぎ話のような神秘の国だ。
「まあそれはさておき……」
女性職員はモニターから目を離すと意味ありげにハルトに視線を移した。
「DEXの講義もいいですけど、もう少しINTのステータスを上げる講義に出てみたらどうですか?」
「うぅ……それは嫌味で言ってるんですかね」
痛い所を突かれた彼はちょっと苦しい顔になる。それもそのはず、彼はエバーウィングの中でもちょっとした有名人でもあるからだ。
エバーウィングに与する人間の大半はエバーウィングと言うにふさわしく「スペル」を想定した戦闘訓練と教養学科をアカデミーで学び、実戦ではスペルでの戦闘を行う物だ。しかし彼は全くもってこの「スペル」に対しての適性が見出す事が出来ずにいた。要するに「落ちこぼれ」と言うレッテルを貼られてしまっているかなり可哀想な子である。
「小さな事からコツコツと、塵も積もれば山を成す、千里の道も一歩からですよ、このままだとローカルメイス(量産兵器)の携行すら危ういですよー」
女性職員は人差し指を天に向けるとくるくると回しながら大人らしい言葉を彼に投げかける。言葉が軽く聞こえるのは「スペル」を扱う事がそれ程難しい事ではないからだ。条件があるとすれば「アレシア人の血が流れている」と言う事だけで彼はすでに条件を満たしている。逆に全く使えない事の方が不思議である為だ。
「ふっ、まぁ見てて下さいよ、近いうちにすんごい事になりますから!」
そんな彼女の言葉をいつもなら普通に受け答えするが今日の彼は少し違っていた。不敵な笑みを浮かべると含みのある口調で言い返した。
「んん?いつものハルトさんならここでヘコむのに今日はやけに強気ですね、からかい甲斐がなくて面白くないですよ?」
「今まで面白かったんですか、ちくしょう!」
やっぱり最後にはヘコまされた彼はトボトボと一時限目の執り行われる講義室へと姿を消していった。その寂しそうな後ろ姿には更に虚しさをそそる「空」のホルダーがぶら下げられている。彼女の先程の口振りから見るにここには通常「杖」が納められる場所である事が分かり、これが空だと言う事は……。彼が落ちこぼれである事の象徴でもあった。
**********
終業のチャイムが鳴ると、ハルトはいそいそと帰り支度を始めた。その横顔はどこか嬉しそうである。そんな彼の様子を知ってか知らずか、別の少年が声をかける。
「おーいハルトー!帰り暇か?ちょっと付き合えよー」
「あー、ごめんな、今日はちょっと……な」
「お、お前……この俺の誘いを断るなんてまさか彼女……?」
「違うって、何でそんな殺意ある目で見るんだよ!」
少年は話を続けながら講義室のドアに手をかけ、少しもったいぶった調子で続けた。
「ふっふ。まぁ驚くのは一緒だろうがな……。俺もさあ、ついに大人の階段登っちゃう時が来たってやつなんだよね」
「何だよ、そんだけもったいぶってるのはやっぱり女だろ!これは断罪せざるを得ないなっ、さぁ聞いたか同志諸君!ハルトが鉄の掟を破ったそうだ!」
「待って何それ怖い!……と、とにかく明日教えてやるって!じゃあまたな!」
少年は勢い良くドアを開け、足取りも軽やかに廊下を踊るように走って行った。
少し長めの黒い髪に、まだ少し幼さを残したダークグレイの瞳を期待に輝かせていた。
「へへへっ、ひゃっはー!」
ハルトは勢いよくアカデミーの重厚な門をくぐり抜け、眼下に広がる街を見渡した。
一つ深呼吸をするとすぐに彼は駆け出した。行きに通った道とはまた別のメインストリートへと向かう。時折足をもつれさせながら、弾んだ息を整えることもせず、ハルトはただひたすら喜びに満ちた表情を浮かべながら走った。周りから見たらさぞかし気持ちの悪い子に見られただろう。だがそんな事、今の彼には関係ない。
ハルトたちの居住区画とは正反対に位置するこの通りは今日も賑わいを見せていた。籠に色とりどりの果物を並べた露店や、買い食いにはもってこいの出店達、甘い匂いの漂うベーカリーショップ、人気のアンティークな洋服店のショーウィンドウには色とりどりの洋服がところ狭しと並べられている。同じアカデミーのグループ達が微笑ましく買い物を楽しんでいる様子を横目に彼は駆け抜けて行く。
「おや?ハルトじゃないか、今パンが焼けたんだが何か食っていくかい?」
「ごめん!今日は急いでるんだ!また今度っ……!」
掛けられた声にくるっと振り返るが立ち止まらず、一声応じるとそのままの勢いで走り去っていく。
(……遂にこの時が来たんだよな!)
年代物の骨董品を扱う店の角を曲がると、何個も路地を曲がり裏通りへと足を踏み入れた。そこはメインストリートとは別世界が広がっている。
まだ夕方前だというのにそこはかとなくほの暗く、しんと静まり返っていた。
どこかで薬草を煮詰めているのか、いかにも苦そうな匂いが漂っている。
何かの生き物と思われる足のぶら下がった店、様々な色の液体が入った試験管ばかりが並べてある店、あちこちボロで埃をかぶった、危険な香りのする古書の店、たまに遠くから何かの生き物の奇声まで聞こえてくる。
怪しげな店ばかり並んだこの路地には、当然のことながらハルトのような学生など見当たりはしない。すれ違う人は一様に「何かの事情」を持った様子の金持ち風や浮浪者風と様々な人種が入り交じっており、視線が合うと笑う者、見下すような目線を浴びせる者、呪いの言葉のような物を呟く者と多種多様だ。
彼は先程とは打って変わって慎重に歩を進め、やがて粗末な緑の釣り看板を下げた店へと入って行った。そこは、路地でも一、二を争うほどのひときわ怪しげな、というより胡散臭そうな雰囲気を醸し出している。
「いらっしゃ……。ああ何だ、お前さんかね」
声をかけてきたのは齢七十はとうにすぎているだろうと思われる老婆だった。白髪を少女のようにお下げ髪にした小さい老婆の身体が狭いカウンターに埋れている。そのカウンターの左手には天井に届くほど背の高い棚があり、所狭しと何かの樹木の棒きれが並んでいた。ここは世にも珍しいと言う表現がピッタリの「杖の媒体」を斡旋をする店だった。
「こんちはっ! 今日は間違いなく、俺の杖ができる日だったよな!?」
「ちゃんと金は払ってもらってるんだ。いくらうちが胡散臭いからって、ガキ相手に約束破ったりしないよ」
老婆はふぅ……と小さく息を整え返答すると年季の入った椅子が大きく軋む程勢い良く腰を掛ける。すると自分の背後を振り返り、奥で控えている者に親指をくいっとする合図を見せると、程無くして細長い木箱を持った中年の男が足音も立てずに現れた。
「それ、俺の……!?」
少年の瞳が一瞬にして輝いた。
老婆が木箱を受け取ると男は一言も発することなくまたするすると奥へ消えて行った。老婆はカウンターに木箱を置くと、伸びてくるハルトの腕を遮るように木箱に手を押しかけ顔を彼の元に伸ばすとドスの効いた声で話しかけた。
「ああ、そろそろ来る頃かと思うて今ちょうど名を彫っていたところだ。見るか?」
「うん、見る見る!!」
老婆はハルトの目の前で慎重な手つきで木箱を開けた。木箱の内側はベルベットが貼られ、台座には二十センチそこそこのタクトのような形の一振りの杖があった。箱を開けたその瞬間から場の空気がうっすら浄化されたような錯覚を覚える。
「ほれ、ここにお前の名前を途中まで彫っておいたやった。最後の一文字は、自分で刻むと良い……
「俺の……俺の杖だ!」
震える両手でそっと杖を持ち上げしげしげと眺める。その瞳には感動の色がありありと見てとれた。ハルトは老婆に促され、残された最後の一文字を人生にこれまでにないほど慎重に彫っていった。そして、最後の一彫りが終わった時、杖に彫られた自分の名が微かに光を放ったように見えた。
「こ、これでいいのか?」
老婆は終始腕組みをして様子を見ていたが、ハルトの問いには首だけで肯定の返事をし、置いてあったキセルを一口ふかすとおもむろに口を開き、言い聞かせるように呟いた。
「さて名を刻みつけたからにはお前さんはもうその杖とは一心同体、これはどういう意味かお前さんに分かるかな?」
「肌身離さず、絶対に……無くしちゃいけないんだろ?分かってるって」
「お前さんは杖であり、杖はお前さん自身と考えて大事に使うんじゃぞ。ホレ、自前の杖を手に入れて浮かれているようじゃが、一つ大事な話をするぞ?」
ハルトの顔に緊張が走ったが、すぐさま念願の杖へと意識が飛んで行ってしまっていた。早くスペルを試したい……。そんな彼の思考を読み取ったのか少し強い口調で老婆はなおも続ける。
「その杖は人工的に開発した、杖の持ち主の力を底上げする杖じゃ。これまで何度となく言ってきたが、自然に導かれて手に入れた杖とは土台からして違う。よって、この国の精霊のご加護も受けぬばかりか属性もない、金を叩けば買える杖じゃ。そういうものをアレシアのエリート気取りの者たちは忌み嫌うからな、アカデミーでは見せびらかすのはやめたほうがええじゃろ。それから……」
「高望みはするな、だろ? わかってるって。俺は初歩的な魔法さえできればいいんだから……」
そんな心ここにあらず、といった様子の少年をじっと見つめ、老婆はなおも続ける。
「熟練の者ですら『力』に魅入られて破滅したものもおる。ましてやお前さんはまだ学生じゃ。わしは普段はこんなに説教たれるような人間じゃあない。が、未成年相手にあこぎな商売しているなどと噂されたくないからね。これだけはゆめゆめ忘れるな……」
「へへ、大丈夫だって。俺はただ『普通』になりたいだけなんだ」
少年は、ちょっとだけ勢いを無くすとさみしそうな表情でそう言った。
ハルトには「エバーウィング」としての最大の問題があった。普通一般であれば、威力の大小はあっても何かしらのスペルが使える。しかしハルトは小さな頃からこの方、小さな子供でも出来る初歩的なことすらできない落ちこぼれだった。周囲はそんな彼を何かというと卑下と小馬鹿にする対象にし、中には「ハルトはアレシア人じゃなく、戸籍を詐称したシルバーフォレストのスパイ」などとまことしやかに吹聴する者もいた。
自分の何が一体問題なのか皆目見当のつかないハルトは、小さな頃はまだ自分を応援してくれる大人たちに応えようと必死の努力を続けたが、五年たち六年たち、だんだんと自分が周囲から見放されていると自覚してくると、正攻法で頑張り続けるのは馬鹿馬鹿しいという気持ちになっていった。
そんなある時、持ち主の力量を問わずスペルが扱えるようになる夢のような杖を売る斡旋屋がいるという情報を手に入れた。その噂話をしていた人々はインチキくさいと一笑しただけだったが、ハルトはその話にすがる事にしたのだ。
あまりにも曖昧な話だったので、最初にこの店にたどり着くのにも時間がかかったし何度も門前払いを食らった。幾度と無く足を運び熱意がようやく伝わり、晴れて今日自分だけの杖を手に入れたと言う訳だ。エバーウィング、もといアレシアに属する者であれば「パーソナルウェポン(唯一兵器)」と言うのは精霊により近いとされ特にエバーウィングでは憧れの象徴的な物である。ごく一般的な人間は「ローカルメイス(量産兵器)」と言う支給された小振りの杖を使い一生を終わらせる者も決して少なくないからだ。
「まぁ……ビジネスは成立、お主も念願叶ったんじゃ。大事に使うとええ」
老婆に見送られハルトは店を後にした。小躍りしたくなる衝動を必死で抑えつつ、少年は足早に路地を歩いて行った。そんなハルトの背中を見送っていた老婆は、やれやれといった風にため息をついた。心配そうな老婆の様子などつゆ知らず、少年は夢見るような足取りで薄暗い路地を出ていった。
「婆さんには外でむやみに試すなって言われたけどさ、やっぱりどんな感じなのか早く知りたいよなあ……」
路地を後にし、明るく活気のあるメインストリートへと戻ると、往路の時には感じる事の無かったこの「優越感」が彼の感覚を支配していた。人との壁、隔たりが無くなり同じフィールドに自分が立っている。何て事は無いのかも知れない。ただ今の彼にはそれが何より嬉しかった。ただハルトの胸には、ほんの数分前に言われたはずの老婆の最大限の良心は響いているはずもなかった。
(明日みんなに見せる時に全く使いこなせないのはやっぱりちょっと恥ずかしいよなあ。そうだ、だったら人が少ないところに行けばいいんだよな、そしたら迷惑かかんないし。よし少しだけ練習してみるか)
公園までの最短距離を頭に描き人がなるべくいない場所を何箇所か候補にあげると、足取りも軽やかにハルトは宙を舞うように歩いていった。そして刻一刻とその時は近づいていった。
ハルトのいた場所から公園までの間に舗装されていない細い裏道がある。街灯がないから夕方以降は特に人が寄り付かない。そこへ鼻歌交じりに足を踏み入れた時だ。
この道を選んだことが、後のハルトの人生の分かれ道になったと言っても過言ではなかった。路地の奥から聞こえてくる近い年代であろう男達の声に、彼は一瞬その足を止めた矢先の事。
「にゃああぁぁ……!」
ゲラゲラと笑う下卑た声に混じって、悲しげに鳴く子猫の声が聞こえてきた。
「な、何だ……?」
>>> 後編へ続く