エピソード1 赤い瞳のショットガン
それは、いつかどこかにあった、一つの物語。
人は、何故今の形を成しているのだろう。
人は、何故それに疑問を持たないのだろうか。
人は、何故可能性を統計から導き出してしまうのだろう。
答えは決まっている。
それが人の想像できる範囲でしか人は想像をしないからだ。
では、どうして毒を持つ虫は、いつから毒を持つようになったのだろう。
答えは決まっている。
それが彼らにとって生きる術その物であったからだ。
進化をする事で、過酷な生存競争から逃れ生き抜く術を見出した。
逆に言えばその想像を諦めた者はこの世に影すら残さずに淘汰されただろう。
もし……。
もし、それが追い詰められた人々の進化として一つの「答え」を出したとしたら。
豊かな自然を育む『アレシア』この国は人の力を体現する事によってその生存競争から脱皮をした者たちの住まう国。『スペル』と呼ばれる解明不可能な力で永きに渡る戦争にも対抗しうる力を有している。簡単に言い換えればお伽話にしか出てこないであろう魔法や魔術を平然と扱う、メイジと呼ばれ畏れられる人々である。
昨今、隣国機械国家『シルバーフォレスト』との停戦協定を結んで五十余年。
相国の定めた治安維持部隊を育むまでに歩み寄りを続けているが、世の中のバランスを容易に崩すこの「スペル」の存在によって依然と不安定な状態は続いていた。
白銀のマギア
『エバーウィングは皆様の安全を第一に、平和と秩序を守る公共の機関です』
一際背の高いビルの大型モニターに投影されるキチッとしたスーツに身を包んだ化粧の厚いアナウンサー、何度も練習を繰り返してきたであろう口調で軽やかに台詞を流し続ける。
無機質な大型モニターに映し出されるそんな情景を横目に、この巨大な機械仕掛けの都市は今日もまた何事もなかったかのように一日を終えようとしている。
『シルバーフォレスト』
人が成せる文明技術を随一に象徴した国家。ここには『自然』の存在を一切合切否定したように、剥き出しにひたすら動くたくさんの歯車が木々の代わりのように辺りを包み、そよ風のような一定の間隔で鳴り響く機械音、一秒でも無駄にできぬと時間に追われる者、きれいに統制の取れた無機質な建物、終いには工業の副産物である淀んだどす黒い空気が街全体を覆っている。
……だけど、落ち着く。
赤い瞳の彼女は心の内にそんな事を思いながら、街灯の少ない歩道を一人早足で進んでゆく。幼さ残る顔立ちだが芯にあるものは真っ直ぐ、そんなキリッとした面構えだ。
……だって私とどこか似ているから。
ライトブラウンの美しく伸びた髪と可愛らしい紅の髪留めが歩みを進める度に風を切りなびく。歳はまだ十台であろうか、細かな装飾がなされた半袖のブラウスにタータンチェックのスカートと言ったどこからどう見ても「学生服」をその身に纏っていた。ただ一つ、背中にぶら下げている物を除いては……。
彼女は次第に歩く速度を早め、まるで何かに追われるように、気が付く頃にはすでに全力疾走になっていた。
階段を数段抜かしで跳び、たまにすれ違う人をうまくかわしながらひた進む。次第と人気の少ない地域へと足を踏み入れるとにわかに居た人の姿もいつしか消え、少女が一人で来るにしては余りに不釣り合いな暗闇だけが辺りを包み込んでいた。
「見つけたっ……!」
しばらすくすると立ち止まる。すらりと伸びた脚を辿った先、スカートにある美しい彫刻がなされた三十センチはあろう大きめのホルスターから顔を覗かせる木製のグリップに手を掛け構えると、息整う暇なく一点を見つめている。
たどり着いた先は見渡す限りの倉庫地帯。夜の活気を無くした景色は昼のそれに比べれば不気味な程に静寂を保っている。その一角にどう見ても作業員とは程遠い連中が積み荷を密かに、だが忙しなく降ろしていた。その姿を見るや否や一瞬頬を緩ませニヤリとした表情を浮かべると耳に掛けてある小さな端末に手を伸ばすと通信を飛ばした。
「えー……エバーウィング本部、シェリル聞こえてる……?目標を補足、この通信と同時に詠唱を開始、通信終了と同時に……」
「詠唱」と言う耳慣れない単語を発し、ホルダーから余裕たっぷりに小指をかけるとクルッと器用に回転させながらソレを引き抜いた。一見すると「杖」のような木製の独特な色合いをしているが、その形は「銃」のそれに酷似している。よくよく見ると銃に必要な機構が省かれておりまるで「おもちゃ」にも見えるそれは目を見張る美しい装飾が施されていた。
彼女は言葉を放つと同時に瞳を閉じ手に力を込めると瞬く間にチリチリと何かの焦げるような音が鳴り始め周囲に響き渡る。
『えっ?ちょ、待ちなさいリリー……』
「速やかに焼き払うっ!」
リリーと呼ばれた少女はみなまで聞かず杖のような物を構える。すると銃口から溢れんばかりの炎が吹き出すとどこからその熱量を確保したのか、原理の全く分からない塊を生成すると発射した。辺りが一瞬で橙とも赤とも言える幻想的な光がまたたき彼らの元へ建物を薙ぎ払いながら撃ち放たれる。まるで雷が落ちたかのような衝撃と熱風がすぐに伝わると倉庫と言われる倉庫中から一斉に非常ベルが鳴り響き始めた。
確認してから攻撃までに移る時間およそ三十秒も経っていない。もし人違いだったら、等と言った迷いは彼女に一切見受けられなかった。
「……先手必勝がスペルキャスターの勝ちパターンってね」
杖から余り出た炎の片鱗を「ふっ」と一吹き消し去ると彼女は自分の作った火災現場へと足を踏み入れた。
午前零時ジャスト、彼女の戦いは始まる。
エピソード1:赤い瞳のショットガン
「く、そ……何だってんだ一体!?」
全滅したであろう大惨事の現場から響く声。運よく彼女の一撃を免れた一人が建物の影に身を潜めていた。遠くからツカツカと歩み寄る音に得体の知れない恐怖感を感じながらも震える手に持つ銃を強く握り直し、恐る恐る顔を覗かせてみる。
「子供?」一瞬彼は自分の目を疑った、だが身に纏う服装の特徴的な装飾を見た瞬間にその疑問はすぐに解消された。胸元に装飾されている盾と羽をモチーフにしたエンブレム、見間違えるはずがない。あれはどうみても子供、だが……。
「エバーウィングかくそったれ!」
咆哮、天敵を確認した彼は銃の安全装置を外し飛び出すと、スライディングに近い体制からありったけの弾丸を彼女に向け浴びせかけた。
耳をつんざく轟音と薬莢が地面に転がる軽い高音が何重奏になって響き渡るが、肝心の弾丸は彼女の皮膚数センチの所で「ジュッ」と言う小さな音を立てると煙と蒸気になって空へと消えていく。
怒鳴り声を上げ乱射する彼をよそに、彼女は一歩も怯むことなくゆっくりと間合いを詰めていく。手が届く距離にまで近づくと銃口にそっと人差し指を沿え語りかけた。
「人が人を殺す為だけに作られた兵器が私に効くと思う?」
すかさず彼は地面に銃を放り投げる事になる。落ちたと同時にそれは真っ赤に色を変色させると蒸気と共に溶けた鉄へとみるみる姿を変えて行く、その様はまるで出来の悪い手品でも見ているかのようであった。
「た、助けてくれよ……なぁ?」
武器を奪われ後ずさりする。苦し紛れの彼の言葉を遮るように彼女は回し蹴りを顔面へと狙い打つと、頬を中心に打ち込まれた靴の皮素材が辺りに響くいい音色と共にたまらず男はその場に倒れ伏した。
「本部聞こえる?任務の終了報告を……」
大の字で意識を失っている男の横で通信を再開する。
『労いの言葉と叱りの言葉、どっちを先にしましょうかね、リリー?』
「聞き飽きたわよ、どっちもね、大半は燃やしちゃったけど証拠は土属性のメイジがいれば何とかなるくらいの物は残してあるわ」
「リリー」と呼ばれた少女はまるで言われる言葉が分かっていたかのような口振りで応えると全力疾走で汗をかいていた後ろ髪をうっとうしそうにかきあげ整えている。
『いつも通り、ね』
「そういうこ……」
……と?
言い切る前、彼女は周囲のある異変に気がついた。山に登ると必ず起きる耳が聞こえ辛くなる現象、それに近い甲高い耳鳴りのようなノイズが突如頭の奥から沸き上がるように襲っていた。
『リリー、どうかした?』
無線機の先から聞こえる声に見向きもせず彼女は周囲の警戒を始める。
「……いる」
『何……?リリー貴方はいつも言葉が足りない、現状をきちんと報告しなさ……』
「メイジがいる!」
瞬間、少女は全身の筋肉を使って数歩後ろにステップを踏んだ。同時に彼女の居た足場に赤い魔法陣が現れると大きな火の柱が上空に向かって間髪入れず貫いた。挙動に間に合わなかったライトブラウンの髪先が、ほんのわずかそれに当たるとすぐに蒸発し煙になる。
「ちっ、鋭いな……」
警報鳴り止まぬ倉庫の物影から杖が見えた。振り下ろすと彼女が居る場所から次々と間髪入れずに火柱が立ってゆく。紙一重でそれらをかわしながらも彼女はすでに敵の位置を捕捉する事に専念していた。
『先手必勝がスペルキャスターの勝ちパターン』
彼女の頭にその言葉が一瞬よぎった。
「随分と、コソコソとやるのが好きなのねぇ?」
本能的に挑発を試みるが反応はなくただ機械的な攻撃が続く。回避行動と同時に左右上下を素早く見渡すが遮蔽物が多すぎてどこにメイジが潜んでいるかなど分かるよしもなかった。的を絞らせない足元からの一点火力の攻撃、十中八九暗殺型の敵であるのは明白だ。しかも無駄の無い火力、幾度もコレで人を焼き殺してきたと言わんがばかりの殺気にもなって全身に伝わってくる。
……さてどうしたものか。
直線的な攻めが得意な彼女にとっては相性の悪い相手。避けながら少しずつ移動、しらみつぶしに探す事を試みていたが埒が開かない。相手はこのまま疲れて動きが鈍った所を確実に仕留めに来る、ならっ……。
「これでっ!」
確実に自分の居る足元から攻撃が行われる、即ち向こうにはこちらが見えている、なら捕捉されなければいい。もとい「ちょこちょこと探し回るのは私のスタイルじゃあない」彼女は考えるのを止め体制を低く保つ、勢いに任せて拳を振り上げ杖を持つ手ごと地面に向け叩きつける。熱が舗装された地面を一瞬で溶かし地中へ手を深く打ち込むと、先程放った火の塊を地面に直接放ち周囲の足場を無差別に破壊した。
炎が至る所からほとばしり熱量に耐えきれなくなった足場は次々と岩の塊へと姿を変え始める。綺麗に立ち並んでいた倉庫も彼女を中心に傾きを始めると激しい轟音と共に次々倒壊し煙に包まれ一帯の視界を遮る。
「お、いおい……正気か?」
彼女の大胆な発想に息を潜めていたメイジが慌てて立ち上がると巻き添えにならない距離にまで後退を始めようとした瞬間……。
「見……ゲホッ、つけ、ゴホッ、た!」
煙まみれで薄汚れてしまった彼女はほんの少しの風景の違いを見逃す事は無かった、僅かな一瞬の間ですでに飛翔し後退する敵の背中へ銃口を向けるとぶつぶつ呟き力を溜めているように見えた。予想通りと言われればそうだが、これだけの高い火力を叩き出し確実に相手の息の根を止める為には、そう遠くからでは攻撃不可能であると彼女高を括っていた。そしてその通りの結果であった。
「メイジなら手加減いらないね!やるよライラプス、目の前のアレを仕留める!」
「ちっ……ガキが!」
敵もとっさに振り返りながら迎撃のスペルを発動、ここからは純粋な火力の勝負となる。リリーは一撃でも貰えば命を落としかねない、危険な殺し合いの最中にも関わらず表情は嬉しそうにニヤけている、絶対的な自信と同じ『火』を扱う使い手との戦いをまるで楽しんでいるようであった。
何度も閃光が走り炎と炎がぶつかり合う、辺りはまるで遠目から見れば花火大会のように明暗を続けたが雌雄が決するのにそう時間はかからなかった。
純粋な撃ち合いでの火力で彼女は敵であるメイジのそれとは一線を画していた、剥き出しにされた暗殺型との相手とではそもそもマトモな勝負にもなっていない。防戦を保てなくなった彼に見事一撃が決まり、炎に包まれた彼は体中から煙を発しながら力無くその場に膝を付いた。
「どうりで、お前『ショットガン』か、最大火力様がこんなトコで何してる?」
リリーを睨みつけながら思い出したように彼は呟く。
「その呼び方、あんまり好きじゃないし……そもそも雇われに堕ちたメイジにかける言葉もない」
体中に付いた土埃を払いながら近づくと、銃口を彼に向け高圧的な態度で返事をする。
「俺だってこんな、だが仕方ないんだ……いずれ時代は機械に傾くのは時間の問題だ。お前、いやエバーウィングが機械の恩恵を一番良く知っているはずだろう?」
「ああ、カップラーメンの発明は確かにすごかったわね」
彼女は本当に聞く耳を持たず彼の言葉を聞き流す。
「……茶化すなよ、なぁ手を組まないか?最大火力のお前と俺のスペルなら……」
彼女はみなまで聞かず脚を振り上げると、今度は会心のかかと落としを頭上から振り落とした。その一撃たるや地面に顔をめり込ますであろう一撃だ。男はたまらず意識を失いその場に倒れた。
「みっともないからもう黙りなさい、アンタは『ハズレ』よ」
そう言い残すと何事も無かったかのように彼女はその場を後にした。
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「『任務内容、魔法物資密輸入現場の摘発、及び現場の掃討、未確認ですがこの件の一部にスペル使用の形跡あり、雇われが絡んでいる可能性があります、交戦の場合適切な判断能力と各自の能力を生かしこれに取り組んで下さい』ね……」
「あれ、ねえ先輩、現場から火が上がってます」
「くそっ、遅かったか?」
現場に赴いたエバーウィング別動隊が駆け付けた頃にはすでにこれらの事後であった。
彼らもまたリリーと同様に『学生服』に近い軽装であるが、腰から顔を覗かせるのは異様にも見れる木製のスティックとそのホルダーである。
警報鳴り止み落ち着きを取り戻した倉庫地帯からゆっくり歩いて来る人影が彼等の前に姿を現す、年頃の女の子とはまるで思えない、煙まみれで衣装も交戦で所々燃え尽きてしまっているが、それがリリーであると分かるのにそう時間はかからなかった。
「ライラプス、また独断先行か。何故お前は俺達、仲間を頼らない?」
先輩、と呼ばれた男性がボロボロになった彼女を哀れみ叱るように問い掛けた。
「必要がないのよ、特に『私』にはね……?」
出会い頭から鬱陶しい物を見るような鋭い瞳で彼女は彼を見つめる、半分殺意のある視線をビリビリと感じると、後ろに居た後輩がもうやめておけと袖を引っ張り怯えている、その光景を嘲笑し彼女はその場を後にした。
「くっ……仲間だろうが」
去り際の彼女に一言彼は呟く。
リリーは振り返る事なく右手を軽く振ると「あと宜しく」の合図を送り闇夜に消えてゆく。
午前零時二十五分。
少し温度の上がった町を背に彼女の一日は終わる。