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14.摩尼山山麓、幸魂の宮、補遺

 「本紀ほんぎ」によれば、久世琴葉の御代は二十八年と記してある。琴葉の名が出るのは最初の半年であるが、そのわずかの間に川支流の治水事業、すなわち「御玄みぐろ大堤おおづつみ」の裁可、加えて商業上の自由取引を裁可するという、多くの国に先駆けて富国の基本事業を始めていたことが分かる。

 しかし、久世琴葉の名はその後出てこない。

 国を挙げての大事業を指揮したのは、山田某という家老格である。琴葉の御代においては摂政として権勢をふるったとされる。

 十年の後、久世琴葉の名は再び本紀に登場し、それまでの摂政の統治がよかったのもあり、この地方一帯では並ぶもののない領国として隆盛を誇った、ということであった。


 「久世本紀」には記録されなかった事柄を集めた、補本三巻のうちの二巻に、不思議な挿話がある。

 琴葉の名が再び記録される少し前、山田某が権力を握るのをよしとしない久世の血縁が、反対派を抱き込んで彼を陥れたことがあった。山田某は実に論理的に反駁しやりこめたものだったが、結論は最初から決まっている。

 彼は切腹を許されず、刑場に引き出された。彼は胸を張り、堂々とした態度で刑場の中央に歩み寄ったという。

 しかし、処刑は執行されなかった。

 突然久世を訪れたとある高僧が、山田某の潔白を証明し、全てくつがえす証拠を披歴ひれきしたからだった。

 重臣たちは色めきたった。すぐに首謀者と共犯たちが召喚されたが、彼らは自らの家で縛り上げられ、鬼が、とうわ言のように繰り返しながら恐怖に震えていたそうである。

 山田某は重臣たちから不明を詫びられ、再び執政に復帰した。

 その高僧の名を聞くと、山田某はわずかに落涙し、なんとも懐かしそうであった、と伝えている。



     ☆



 「出雲国いずものくに拾遺しゅういしょう」とは、出雲の国に現れた不可思議な現象を集めたものである。二篇に別れていて、ひとつは主に天体現象についてであるが、もうひとつは「くだんが生まれた」「河童が流れた」などいう他愛もない妖怪ようかいたんからなっている。


 その一節に、前後と脈絡のない短い話がひとつだけある。

 曰く、「暴虐の鬼あり。ほしいままいかづちくするなり。民、為侘しわぶきたりて、高徳こうとく文覚もんがく調伏ちょうぶくを願いづ。また、いつきひめあり。緋羽ひば神子みこにして、隻腕せきわん式神しきがみを飼いたり。民のまどう様をいと憐れに思し召し、やしろを出でて文覚に合力ごうりきを申しづ。

 鬼、調伏ちょうぶくされ、そのおこないをあらたむる後、国をたいらぐに労あり。いつきひめ、諸国を巡って神々の力をあたえられたり、以てまた国を平らぐに労あり」

 すなわち、「雷を使って暴虐をはたらく鬼がいた。みんな困って偉い坊様に退治てほしいとお願いした。また緋羽に隻腕の式神を駆使する巫女がいた。みんなが困っているのを可哀そうに思って坊様に助力を申し出た。その結果、鬼は退治られ、改心した後は国を平和に保った。巫女は巫女で、全国を廻って神々の力を分けてもらって、国を平和に保った」

 わかるようでわからない、登場人物の立ち位置の説明もなければ、因果関係も明らかにされていない、何とも奇妙な一節だ。



 ――だが、そういうものかもしれない。

 誰も見ていない、経験した人間が誰も語ろうとしない物語は、そうして様々な形に変形し、薄められ、やがては時の淵に沈みこんでいく。それは生者の論理にではなく、「死者の正義」に属するものだからだ。


 なお、「緋羽」という固有名詞は史上この一箇所のみ、他は絶えて出てこない。



     ☆



 高野三山に数えられる山の南側の斜面、原生林と言っていいブナ林の中に、細い道筋がひとつ通っている。

 辿っていくと、ちょっとした広場のようになっていて、その広場を囲むように石が幾つか立っている場所がある。入口と思しきあたりには、「さきみたまの宮」と墨書してあるらしい杭が打ちこまれている。

 石は簡素な墓と見えたが、墓所のような暗さはない。

 広場の中央には青空が見え、天気がいい時にはほどよい光が差し込み、木々を渡る風は柔らかく流れている。ふもとに住む人間たちは、ここを“お宮さん”と呼び、雪の冬を除けば足しげく訪れる。何とはなしに落ち着く場所だからだ。

 不思議なことに、一年中黄色の花を咲かす“ときじく”と呼ばれるやまぶきの木があり、皆その木を愛した。


 そして、初夏ともなれば、“ときじく”を中心にして、やまぶきの黄色の花が広場一面に咲き綻び、まるで夢の箱庭のように美しい。

 今でも、見ることができる。











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