災害メール
某日PM22:30
「ただいま~」
いつも通り、仕事で疲れきった冴えない声色で妻に帰宅を知らせる。
「あぁ、お帰り」
これもいつも通り、居間で目線すら会わせないままの、気持ちのない慰労の言葉が帰ってくる。
特に気にせず、階段を上がり自室に向かい締め付けの緩い部屋着にきがえる。
居間に戻る前に子ども部屋を覗く、小1の娘と年長組の息子が、毛布にくるまり寝息をたてる姿に、いとおしい気持ちが、思わず疲労した表情に笑みを浮き上がらせる。
ゆっくり居間に降り、電子レンジに入れられた夕食を暖めた。妻は学校からのプリントにペンを走らせたまま、こたつから動かない。
不満はあるが、いつもの我が家の情景、なんの変哲もない1日の終わり。
俺、中西 慎介は、製造ラインの主任、35才、学生時代に知り合った1つ先輩の妻、1男1女の父親、妻が一人っ子だった為、次男坊の俺が婿養子に入った。N県田丸市の地域活動で消防団員として活動している。
要するに、なにも特記事項がない“田舎のおじさん”である。
毎日、工場の部下達の起こした不具合・不適合品の処置、客先への連絡⇒平謝り、上司への報告⇒平謝り、品管担当者からの不具合品対策書(始末書)の催促⇒部下:出来上がっていない⇒品管へ平謝り・・・・・の繰り返し。
自宅へ帰っても先の状態・・・
土曜も日曜もなくラインを維持しわが子と遊ぶ時間も取れない。
『なんでこうなったのやら・・・。』
夫婦の会話もなく味気ない夕食を食べながら感傷に浸っていたPM23:00、
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消防車、救急車がまとめて数台、近くの道路をけたたましいサイレンを鳴らしながら走り抜けていった。
数秒後
[♪~♪~~~~♪~』
ケイタイがメールの着信を知らせた。
着信は『防災メール』だった。
消防団員は、この各自治会の『防災メール』を受け取れるように登録しており、
自分の管轄および近隣の応援区域といわれる地域での火災や災害に対し出場することになっている。
一般の住民もこの防災メールに登録することができるが、
消防団員用のメールには、火災建物へ向かう際の目印や距離が表示される。
「また消防~?私、先寝ちゃうよ?」
妻の不機嫌な一言、
「見たいだね~。結構時間も遅いから無視してもいいかなぁ~」
『どうせ、消防で遅くなろうが、仕事で遅くなろうが一人で寝るだろ!』
心の声を表情には出さず穏便に答え、メールの内容を確認し動きが止まる。
「行くのは良いけど、帰りは静かに帰ってきてよね。明日子供たちだって学校ある・・・どうしたの?」
「すぐ子供を起こして、あったかい格好をさせて。支度が終わったら公民館へ移動する。
俺はお義父さん達を起こしてくる。急いで!」
妻は、普段温和な俺が決して家族に見せない目つきに気付き、反論もせず2階の子供部屋へ向かう。
玄関をでて数mの義理の両親のうちへ向かう途中、もう一度メールの内容を確認した。
≪緊急・田丸市消防団員は各自治会の全住人を集め、迅速かつ静粛に広域避難所への避難誘導する事。尚、移動の際、積載車などの車両の使用は禁止する。詳細は各方面隊指揮者の指示に従うものとし各分団毎に行動する事。≫
避難誘導のメールなんて団歴10年になるが初めて受けたが、どうにも様子がおかしい。
おかしな点は2点
①住民全員を避難させるのに、災害の内容が一切知らされていない。
②とにかく速やかに避難所へ誘導するのは分かるが、静粛に=静かに移動させる理由がわからない。
不安になりながらも義理の両親と祖母を起こし支度をはじめさせる。
いったい何が起きてるんだ?