96 危険組織を知るが何かがおかしい
一方。
「……うわ、なんだこりゃ?」
「まさか、これ殆どが、『聖女』の……情報求む、かい?」
アンネリーに警告メッセージを送ろうと、通りがかったとある街道街の冒険者ギルドを訪れたザイツは、その受け付けに設置してある冒険者用掲示板を見て思わず驚く。
冒険者が普段、情報提供やアイテムトレードなどを求めるメッセージを残すその掲示板には、今まで見た事もないくらいにびっしりと、『聖女』の情報提供を求めるメッセージカードが、貼り付けられたいた。
「個人に、冒険者パーティ……おいおい、国営の探索機関からのメッセージまで貼り付けられているじゃないか。ギルド職員さん、随分と聖女捜しが盛り上がっているが、一体どうしたんだい?」
「ええ、まぁ……」
ザイツと共に所用を済ませに冒険者ギルドまで来ていたケイトの質問に、受付のギルド職員は当惑の表情でケイトに応える。
「一言で言うなら、聖女の『保護』依頼が、あちこちから冒険者ギルドに発注されてしまったんですよ」
「保護? 捕縛の間違いではないのか?」
「あくまで保護、って建前ですよ。……神の御印『聖輝』を宿した聖女は、ゼーレ信徒として敬うべき対象である――というスタンスは、ゼルモア神聖教国が滅んだ今でも、世界各国一応変わってませんからね。それに別に罪人ではありませんし」
「ああ、建前ね。なるほど。宗派の違いはあれど、人族領域は基本的にゼーレ信仰だからな。罪人でもない聖女様を粗雑に扱うのは、対外的にまずい、か」
「はい。……まぁ実情はおっしゃる通り、捕縛ですけどね」
暇だったのか、若い娘と話すのが楽しいのか、若い男性職員はケイトの話に乗るように、言葉を続ける。
「先だっての戦争で人族領域でも大きく勢力図が変わりましたからね。各国共勝ち組に少しでも擦り寄るため、交渉手札になりえる存在は、できるだけ確保したい、というのが本音らしいんですよ」
「その交渉手札というのが、聖女様というわけか」
「ですねー」
「勝ち組というと、魔王国かな?」
「あそこは勿論、魔王国と交流が活発なカトラ王国を始めとして、人族国の勝ち組、つまり戦勝国寄りの国もいくつかあります。……そして、魔王国以下、戦勝国側の国々が今一番手に入れたいゼルモア神聖教国のお宝が、聖女様というわけです」
宝扱いかよ、と内心で思わず突っ込んだザイツも、口を挟む。
「……で、その捕縛騒動が生む利益のおこぼれに預かりたいのが、冒険者ってことか?」
「そういう事です。冒険者は各国にとっても、庇護する義務が無い消耗品ですからね。うまく依頼を果たせば良し、そうでなくても、騒ぐ事で何か情報が手に入れば悪く無い、くらいに思われているのでしょう。……なにしろ聖女様に関しては、全く情報がありませんし」
「へぇ……判らないのか?」
「そうなんですよこれが」
ギルド職員は、こっそり教えられる事が無かったのが残念だったのか、ややつまらなそうな声で続ける。
「先代聖女猊下リュシエンヌ様御崩御の際、『聖輝』が近くにいた神聖家の姫君達の誰にも宿らず、どこかに飛んで行ってしまった――っていうのは確かみたいなんですけどね。じゃあどこの誰が、次代聖女となって『聖輝』を受け継いだのか? ってのは、いまだ謎みたいでしてねぇ。……神聖家血筋の乙女、っていう最低条件くらいは間違い無いんでしょうけど」
「魔王国も判ってないのか?」
「さて……その辺はまだまだ不透明ですな。何かを掴んでいる可能性は充分にあるでしょうが、それを人族側に流すかどうかは、ねぇ?」
「なるほど。……魔王国としては、できる限り自分達で事態を収拾したいだろうしな」
「まぁ、そういう事ですな」
男性職員は、やはりつまらなそうにそう言うと、ふと表情を陰らせ、真面目な声で言う。
「……しかし、どこの誰か判りませんが、次代聖女様はお気の毒ですよ」
「……ああ。全国あちこちから、狙われるわけだからな」
「各国や魔王国なら、まだ体面ってもんがありますから、捕まっても扱いはマシでしょうよ。……問題は、もっとヤバイ連中も聖女様を手に入れようとしてるって事でしてね」
「……ヤバイ連中?」
「ここだけの話ですよ冒険者さん。ここだけの話」
あ、こいつ言い触らしてるな。と思いながらも、ザイツとケイトは頷き耳を傾ける。
「……ゼルモア神聖教国を破門された、ゼーレ原理主義の過激派が、聖女を手に入れようとしてるって噂もあるんですよこれが」
「……過激派?」
「はい。……なんとあの、滅戦派ですよ。滅戦派っ」
「あー……なんだっけ?」
「あらら……まさか冒険者さん、ご存じない? あの有名な過激派組織を?」
「ザイツ、君は宗教関係には興味が無いんだな」
あからさまにがっかりした男性職員に苦笑して、ケイトは捕捉を入れた。
「まずザイツ、大陸で信仰されているのが、人領域の光神ゼーレと魔領域の闇神シューレだというのは、いくらなんでも知ってるだろう?」
「当たり前だ」
「うん、この二神は基本だな。――そして、その上でだザイツ。ゼーレとシューレ、それぞれの神を奉じる者達が、更に細かく分派している事は知っているか?」
「……なんとなく?」
「なんとなくか」
「えーと、それってつまり、同じキリスト教でもカソリックとプロテスタントみたいに宗派が別れているって事ですよねっ」
「うわっ?」
気が付くと、暇だったのかギルド内の売店を見ていたキョウも、話に加わって来た。
「なんだ姫、買い物は終わったのか?」
「はい、ハウルグさんとカンカネラさんは、興味があるものがあったのか、まだ見てますけど」
視線を向けると、カンカネラとハウルグがなにやら品物を手に話し合っていた。
「それでケイトさん、そういうことですよね?」
「あ、ええまぁ。かそりっくとぷろてすたんとというのが何かはよく判りませんが、同じ神を奉じつつ信仰方針ごとに宗派ができている、というのが判っていただければそれでいいです」
「判りました」
「判った」
うん、と頷きケイトは話を続ける。
「ゼーレ教の中で今まで一番多数派だったのは、ゼルモア神聖教国神聖家が開祖の聖教派ですが、その他にも修教派、律身派、智求派、聖戦派等々、多くの宗派があるんです」
「……ああ、そういやあの修拳士の……クラウスだったか? あの爺さんは確か、修教派だったっけ」
「クラウスベル・フロウ・アドラゴルト大神官だザイツ。修教派は聖教派の下部分派だが、清貧・貞潔・服従を掲げ、心身を鍛えて民を守る修行僧が開いた派閥だ。特に下々の支持を得ており、その影響力はかなりのものなんだぞ」
「へぇ、あの爺さん偉かったんだな」
ザイツは街道で一時旅の道連れとなった老人が、 灰熊を拳一つでぶち抜く姿を思い出した。
「……修行僧って、こえぇよなぁ」
「ああ。とりあえず、怒らせたくない肉体派が揃っている宗派と言えるだろう」
「なるほど。ムキムキガチムチ漢集団という事ですねっ」
「ま、まぁ、そうとも言えましょう。女性もいますけどね」
「鍛えられた女性って、かっこいいと思いますっ。私も目指したいですっ」
ザイツはガチムチになったキョウを想像し、その虚しさに静かに首を振った。
気持ちは判ったのか、ケイトは笑いを誤魔化すように咳払いして、話を進める。
「……とにかく、ゼーレ教には様々な宗派が生まれたのです」
「はい」
「……生まれたのですが、やはり人のやることですね。信仰の在り用が多様化するにつれ、中にはより極端で過激な信仰を、唱える者達が現れ始めたのです」
「……それが、過激派――滅戦派ってやつか?」
「ああ、そうだザイツ。……滅戦派というのは、そんな過激宗派の中でも、特に危険な思想を持ち、危険過ぎるという理由で、元々所属していたゼルモア神聖教国から破門されてしまった一派なんだ」
「あ、あの魔族と戦争大好きゼルモア神聖教国が破門って、どれだけ危ない連中だったんだよ?」
思わず顔をしかめたザイツに、ケイトは重々しい表情になって首を振った。
「……恐ろしい連中だよ。その名の通り、戦で神敵を滅する事を、信仰とする武装組織さ」
「ん? やってる事は、ゼルモアとそんなに変わらないんじゃねぇの?」
「とんでもない。……ゼルモア神聖教国が、あくまでも魔族との戦いを聖戦と位置づけているのに対し、滅戦派の聖戦相手は、恐ろしく広い」
「……というと?」
「自分達の信仰に異を唱える者達――つまり魔族は元より、他宗派の人族も、全てが滅せられるべきだと解いたんだ」
「……」
「……」
ザイツとキョウは、顔を強張らせて言葉を失った。
「……な、なにそれこえぇえ……」
「か、カルト……カルト教団だぁ!!」
「かると?」
「危ない狂信者達って事ですよケイトさんっ!!」
「ああ、そうですね姫様」
「そっ、そうなんですよお嬢さんっ!! ねっ、怖いでしょうっ? 恐ろしいでしょうっ?」
ケイトの言葉を引き継ぐように、受付の男性職員が再び会話に入って来る。
「滅戦派っていうのはとにかくやり方が攻撃的で、過激でしてね。組織の威光を示すために大量殺戮や建造物破壊を行ったり、活動資金のために有力者を誘拐して身代金を取ったり、孤児をさらって暗殺者や工作員として育てたりと、外道な犯罪にも手を染める始末なんです」
「そ、それもはや宗教関係ねぇじゃん」
「穢れた地を浄化する、神に捧げる戦い。とか、主張してるんですよっ。連中の幹部が軒並み賞金首なのも、判るでしょう冒険者さんっ?」
「ああ……なんとなく、イメージできました。……聖女様は、そんな連中にも狙われているって事ですか?」
「そーなんですよお嬢さんっ。あくまでまだ、噂の段階ですけどねっ。ここだけの話ですけどねっ」
扇情的な話題を言い触らしたくてたまらないらしく、男性ギルド職員は声を強めて繰り返す。
「滅戦派はですね、ゼーレ教の神聖象徴である聖女を――というか聖女の持つ『聖輝』の力を利用したくてたまらないらしいんですっ。なにしろすごい力を持っている、神の御印でしょう? あれを自由自在に使えば、今までとは比べものにならない破壊活動も活動資金集めもやり放題ですからねっ」
「うわぁ……」
「うわぁ……」
血生臭い話題に、ザイツとキョウはなんとも言えない気分で声を上げた。
「……しかし、聖職うんぬん以上に、聖女がまともな人間なら、そんな組織に力を使わせたりはしないだろうね」
「そりゃあそうでしょう。……だから聖女があいつらに捕まったら、拷問の末の服従か、洗脳か――でなければ、殺されて『聖輝』を奪われたりする可能性だって、大いにありえるでしょう。……いやぁ、怖い、恐ろしい、なんで惨たらしい話だっ。……ね、そう思うでしょう冒険者さん達っ?」
「……ああ」
「……そうですね」
「……だが貴方は楽しそうだな」
「何を言ってるんですっ。私は小市民ですからねっ。こんな噂だけで、震え上がってますよっ」
震え上がりつつ好奇心が抑えきれない様子の男性ギルド職員は、怖い怖いと言いつつ、どこか期待に満ちた目をザイツ達に向けた。
「冒険者さん達は、旅の途中ですよね? 妙な事に巻き込まれないよう、くれぐれも気を付けて下さいね? それとももう、巻き込まれてしまったりしました?」
「……キョウ姫、ケイト、そろそろ行こうぜ」
「そ、そうですね」
「そうだな。……興味深い話を聞かせてくれてありがとう。では、失礼するよ」
「あっ、何かあったら是非冒険者ギルドに情報をお寄せ下さいねーっ。待ってますよーっ」
「……」
「……」
「……」
目配せし合い、三人は男性ギルド職員の言葉を無視して受付を後にした。
「あっ、姫様~っ。売店で良い塩胡椒が手に入ったでありますっ。今夜はちょっと美味しい料理を作るであります~っ」
「え~、塩と胡椒は別々で買おうぜカンカネラ~っ。その方が味の微調整が効くしよ~」
「ハウルグ様、それは面倒というものであります」
「うまいもんが喰いたきゃ、料理の手間は省いちゃあいけねぇぜ~」
「……」
「……ん? どうしたであるかザイツ?」
「いや……平和だな~、と思ってな」
「そりゃ、冒険者ギルド内は安全であるからな?」
「……」
ザイツは塩胡椒の小袋を抱え、きょとんとした顔で見上げてくるカンカネラを見下ろしながら、同じくらいの背丈だった尼僧の少女を思い出し、その身を案じた。
『……アンネリー、くれぐれも無茶して妙な事に巻き込まれるなよ。……色々と危ない連中が、聖女を追いかけてるんだからな。……お前は無関係だとは思うけど……』
割と勘が働く方であるザイツも、まさか自分と面識があり、何度も冒険者として一緒に仕事をしたアンネリーが、神聖家の血を引く次代聖女などとは、流石に想像できなかった。
「……でも、滅戦派かぁ」
「ん?」
「どこにでも、そういう危険思想な宗教団体ってあるんですね」
そんなザイツの隣で、キョウもため息をついて言う。
「滅戦派を、ゼーレ教の分派と考えるのは間違いなんじゃねぇのか姫。あれはただの、破門された犯罪組織だろ?」
「そうなんでしょうけどザイツさん……神の名において、ってやる集団って、どんなことでもやっちゃいそうですよね」
「それは……まぁそうかもな。教えに従い戦って死ねば、ゼーレが待つ楽園にいけるって、ああいう連中は信じてるんだろ?」
「嫌だなぁ……そういうの。……宗教って、人が安らかに、心豊かに生きるための指針だって……おじいちゃんの墓参りに行った時、お寺のお坊さんが言ってたのに……」
「てら?」
「あ、い、いえ……なんでも無いんです」
何かを思い出したのか、どこか和んだ表情で首を振ったキョウはザイツに言う。
「……聖女様……無事だと良いですね」
「そうだな。……いくらなんでも滅戦派なんかに捕まったら、可哀想だよな」
「はい」
「……でもな姫」
「はい?」
「……その聖女に間違われたんだから、あんたもよくよく気を付けてくれよ?」
「……で、ですよねー」
そしてザイツの言葉にまた表情を強張らせたキョウは、少し考えた末顔を上げ、ポンと手を打って一つ提案する。
「――聖女じゃありませんって、紙に書いて前と背中に張っておきましょうかっ?」
「おかしいからやめろ」
ザイツは首を振った。
実在の人物・団体とは一切関係ありません




