表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/201

95 人間関係を知るが何かがおかしい

 検問がある街道を避けつつエルの故郷を離れたエルとアンネリーは、やがて適度に人通りがあり、住民の余所者への関心も薄そうな中規模程度の町へと辿り着くと、しばらくそこに滞在した。


「エル、エルっ。依頼のキノコが採れましたわっ。エルの方はどうですのっ?」

「……泥臭い。気持ち悪い。……うぅ、なんで俺がこんな事を……」

「あら、沢山山菜が採れましたわね。冒険者ギルドで買い取り募集していた薬草もありますし、エルって草取りの才能がありますわよ」

「嬉しくねぇえぇ……」


 事情的にも能力的にも派手な事はできなくなってしまった二人は、冒険者ギルドで買い取り募集をしている薬草やキノコ、魚、小動物などを獲っては売り、細々と旅の路銀を稼いだ。

 慣れない作業に愚痴をこぼし、過去の自分が見たら取り巻きの女達と大爆笑するだろうと自嘲しながらも、エルはアンネリーと共に地道に働き、苦労にはまるで見合わないとしか思えない僅かな金を手に入れた。


「――あ、その草は取っておきましょう。干して刻んで清水で練れば、傷薬になりますのよ」

「これが? なんだか匂うんだが……」

「普通は匂い消しの香料を混ぜるんですわよ。でも大丈夫、臭くても品質に問題はありませんからっ」

「おお俺は嫌だぞっ?!」

「エルって細かい事を気になさいますのねぇ」


 苦労知らずのような外見とは裏腹に、アンネリーは薬草や食材となる動植物にとても詳しく、またその扱いにも長けていた。

 

「エル、鳥と兎、どっちを捌いて下さいます?」

「怖ぇよ?!! お前両手に死骸でそんな笑顔なんだよ?!!」

「あら、これはもはや食材、命の恵みですわよ。獲った以上、きちんと食べて差し上げなくては。あと毛皮や羽根は売らなくては」

「といいつつ、兎の皮を剥ぐな……お前、女のくせに慣れ過ぎだろう」

「僧侶の勤労奉仕には、男も女も関係ありませんわよ?」

「……結構、苦労してるんだな」

「それほどでもありませんわ。院長様を始め、修道院の皆が親切に、色々な事を教えてくれましたもの」

「……」


 つまらない雑事など全て奴隷や雇った下僕に任せていたエルンストは、失敗の連続で落ち込みながらも、その作業を手伝わされた。

 ――奴隷でも下僕でもない年下の少女に、全て押しつける訳にはいかない。半ば意地のようにそんな事を思いながら、エルは生まれて初めての生活苦労を味わっていた。


「――終わった。……ちょっとそこで、盾を試す」

「はい、お気をつけて」


 そしてその合間に、エルは自分の唯一の武具となった、盾の戦い方を模索していた。



「……置いて……下がって。もう十歩くらい離れてみるか。……ここから――『戻れ』!!」


 離れた場所からエルが命じた途端、地面に置かれた盾は、跳ね飛ぶようにしてエルの右手へと戻ってくる。


「かなり遠くからでも引き寄せられるんだな。……だが遠くになるほど、魔力も消耗している感覚がある」


 魔力を消耗し、手放し離れた場所にある盾を手元に引き寄せる。

 これがユーイがサービスとして盾に宿してくれた呪具、『再装備』の能力だった。 


「……役に立つ……か? 確かに盾を落とした時なんかには、役立ちそうだが……」


 ユーイから教えられた通り、使いこなせるようにはなったが、地味な力だとエルは思う。


「……剣を握れず盾一つに頼らざるを得ない以上、使える力は最大限利用するしかないけどな」


 とはいえ、文句を言える立場でもないので、エルはその地味な力も考慮に入れて、黙々と盾での戦闘を考える。


「――盾突撃(シルドチャージ)盾殴り(シルドアタック)、盾の端に刃を付ければ、盾斬り(シルドスラッシュ)も使えるか。……くそ、当たり前だが被弾覚悟の近接攻撃になってくるな。……全身鎧(フルプレート)来て、馬で突撃できれば一番威力が出るだろうが、そんな金は無いし……はぁ、こんな事なら逃げる時、壺か絵画でも盗ってくるんだったぜ。――せいっ!!」


 実家の金がかかった装飾品を思い出し、やや腹いせ混じりにエルは右手で重く大きな盾を、剣のように振り抜いた。

 幸い金にあかせて作った良品らしく、華美な装飾を全て外した盾はとても重かったが、殴り付けた岩を砕くほどの強度を持っていた。


「受ける、突く――殴る、払う! もっと、もっと速く! 鋭く!」


 使いこなせれば戦力にできる。その手応えを感じながら、エルは攻防をイメージして盾を操る事で、戦いの型を組み上げていった。


「……エルって、動きが綺麗ですわね」


 そんなエルを離れた場所から見ていたアンネリーは、エルの身体に染みついている剣技教練を見て取り、感心する。


「やはり貴族の子弟の戦い方は、洗練されているのですね。……実戦経験で磨いていったザイツの剣も、無駄はありませんでしたけど」

「ざ――っ?!!!」

「え?」


 ――が、突如ボトリと音を立てて、盾が硬直したエルの手から落ちた。


「ざ――ざざざ……ざざざざ……ざい……ざい……」

「エル? どうしたんですの? ――ザイツがどうしたんですのー?」

「やっぱりザイツかぁあああああああああああああああああああああああああ?!!!」

「あら?」


 突如地面に転がりのたうち回りながら叫ぶエルに、アンネリーはきょとんとした顔で近寄っていった。


「エル? エル?」

「ざ……ザイツザイツ……ザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツ殺すザイツザイツザイツ畜生ザイツザイツザイツザイツ死ね死ね死ねザイツザイツ来るなやめろザイツがザイツが来るザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツざいつ……」


 地面に転がってザイツの名を繰り返すエルの全身はガタガタと震え、顔は蒼白している。


「……どうなさったの?」

「…………アンネリー」

「はい?」

「お前の言うザイツってのは、黒髪黒目の陰気で不細工な無表情顔のクソ忌々しくて小賢しい使えない妖精魔法両手剣士か?」

「なんだか酷い言われようですわね。……エル、もしかしてザイツに負けましたの?」

「っっっっ!!!!!」

「……」

「うっ……うぉおおおおおおザイツあの野郎ぉおおおおおおお!!! ザイツザイツ死ね死ねザイツザイツクソ野郎ザイツザイツザイツザイツザイツ殺すザイツザイツザイツ畜生ザイツザイツザイツザイツ死ね死ね死ねザイツザイツ来るなやめろザイツがザイツが来るザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツブチコロスザイツザイツイツカコロスザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツざいつざいつざいつざいつざいつざいつざいつざいつざいつガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

「これは……かなりこっぴどくやられましたのね」


 再び狂乱したように地面を転がり回るエルを、やや憐憫の目で見ながら、アンネリーはエルが落ち着くのを待っていた。



「……馬鹿にしてるだろ」

「いえ、別に」


 そして数分後、ふて腐れたように言葉を投げてきたエルに、アンネリーは肩を竦めて首を振り、返した。


「ザイツはあれで、怒らせると怖いですもの。相手を精神的にゴリゴリ消耗させてくるような、陰険な戦い方はお手の物ですし。手も足も出ずに完敗したなら、トラウマの一つになってもおかしくはありませんわ」

「……あいつを、知ってるのか」

「何度も、冒険者の仕事でご一緒しましたわ。……是非探し出して、わたしくしの魔族根絶やし計画に、御助力いただきたい人ですのっ」

「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「あら」

「やだあいつに会うのは嫌だ絶対嫌だあいつに会うくらいならここで死ぬここで埋まるヤダやだやだやだヤダヤダイギャアアザイツザイツアアアアアアアヒギャァアアアアザイツイギャアアアアアイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツザイツざいつざいつざいつざいつざいつざいつざいつざいつざいつガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタザイツザイツザイツザイツザイツザイツザ……!!!!!!」

「……これは、重症ですわねぇ」


 エルンストが再び落ち着くには、更に数分の時間を有した。



「……そこまで酷い目に遭わされたという事は、エルは随分ザイツの恨みを買いましたのね?」

「……ふん」


 グッタリとなったエルは、アンネリーから少し離れた木の下で、膝を抱えていた。


「……ザイツに酷い事をしたと言ったら、俺に幻滅するか、アンネリー?」

「滅するほど、わたくしエルに幻想を持ってませんけれど」

「…………そーかよ」

「……でも、そうですわね。貴方がザイツを殺してたら恨みますけれど、今ザイツが無事なら、わたくし特に気にはしませんわ」


 アンネリーはあっさり言った。


「……随分淡泊だな? ザイツは知り合いじゃないのか」

「勿論、知り合いですし好ましく思っておりますわ。でも、今のエルも嫌いではありませんから」

「…………」

「自分とは関係ない部分の人間関係まで考えていたら、とても冒険者としてパーティなんか組めませんわ。誰かと誰かが不仲、誰かと誰かが恋仲、誰かと誰かが元夫婦で破局してる……なんて本当に良くあることですもの」

「それは……確かによくあることだが」

「軋轢や愛憎は、当人同士で収めてほしいんですの。……勿論、貴方がザイツに何かして、それを後悔なさっているなら、ザイツに謝って欲しいですけど」

「絶・対・嫌・だ!!!!」

「あらあら。でも会ったら、謝る気になるかもしれませんわよ?」

「絶対会わねぇ!!!! ――会いたきゃ勝手に一人で行け!!!!」

「……」

「……ぁ」


 言った後で、わかりましたと頷き、アンネリーが行ってしまうかもしれないと思ったエルは、何故か少し胸が痛んだ。


「うーん……一人で行動していたときは、そのつもりだったのですけど。……今はエルが心配ですの。置いて行きたくないですわ」

「っ!! ひっ人を迷子のガキみたいに言うな!!」

「……迷子は、お互い様ですわ」

「っ……」


 そんなエルに、アンネリーはやや複雑な微笑を浮かべ返した。


「……だから、お互い放っておけなかったのかもしれませんわね」

「……」


 実家と国。在ったはずの居場所を失ってしまった者同士。

 アンネリーの言いたい事が判ったエルは、返す言葉を見失った。

 

「……わたくし、実はザイツに協力をお願いして、断られてしまいましたの」

「……そ、うだったのか?」

「はい。今別の仕事をしているとのことで。……一生懸命お願いすればもしかしたら聞いていただけるかと思って、何通もメッセージを送ったのですが……お返事ももらえなくなってしまって。……熱意で怖がらせてしまったでしょうか」

「何を送ったんだよ……」

「……そうこうしているうちに、魔王軍にも見つかってしまって……正直、不安でした」

「……」

「エルに助けていただいて、一緒に逃げて、わたくし久しぶりに、安心したのです。……エルにとっては、ただの偶然だったのでしょうけれど」


 法衣でたった一人彷徨っていた少女は、どこか寂しげにそういうと、僅かに視線を下げる。

 その心細げな幼い姿に、エルはひどく収まりが悪い様々な感情を感じ狼狽える。

 

「ですから、わたくし今は、エルと一緒に行動したいのですわ」

「……」

「勿論、エルに強制はできません。わたくしを追っている魔王軍は、エルの実家の追っ手よりずっと危険でしょうし。エルが一人で行くというのなら、わたくしは引き留める事はできません」

「……別に」

「……え?」

「……俺が今一人で行く、なんて……言ってない」


 なんと言えば良いのか判らずそう返すと、アンネリーは、少し目を見開いた後、そうですかと小さな声で呟くように言った。

 何故か念を押したくなり、エルはそうだと返し、そっぽを向いて言う。


「……俺は、生活力が乏しい」

「……はい?」

「だ、だから……野草や動植物に詳しいお前がいると、助かる」

「……」

「……協力者がいて助かるのは、お前だけじゃなくて、俺もだって、言ってるんだっ」

「……そうですか」

「……そ、そうだ」


 たどたどしくなっている自分の口調が酷く恥ずかしく、エルは内心で悶え苦しんだ。


「……ふふ」

「な、なんだよ」

「いいえ……でも確かに、そうですわね。エル一人では、毒キノコ食べて死んでしまいそうですわよね」

「なっ!! そこまで馬鹿じゃない!!」

「でもこの前、食用として採ってきた中に、シヌホドワライタケが……」

「あああれは!! ちょっと入れる袋を間違っただけだ!!」

「はいはい。そうですわね」

「お前絶対信じてないだろう?!」

「はい」


 思わずエルがアンネリーを睨むと、アンネリーは楽しそうに笑っていた。

 先程までとは違う明るい表情に、エルは怒るに怒れず渋顔になり、またそっぽを向いた。


「まぁまぁ、野草の種類くらいすぐ覚えられますわよ。むくれないで下さいませエル」

「五月蠅いっ」


 全く好みではない、奇妙な少女と言葉を交わしている一時が心地好いのが解せず、また腹立たしかった。


『くそっ……なんでこんなガキを助けたい、一緒にいたいなんて思ってるんだ俺はっ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ