92 その頃の魔王女一行だが何かがおかしい
―― 一方その頃
「――そこの女!! 次代聖女だな!! 一緒に来てもらうぜ!!」
「……はい?」
突然武装した男達に取り囲まれたキョウと魔王女一行は、馬車の上から男達のギラギラ欲望に滾った視線に晒され、居心地の悪い思いをしていた。
「あ、あのー……聖女ってなんの事ですかね? 人違いですよ?」
「誤魔化すんじゃねぇ!!」
「ご、誤魔化してませんって」
聖女呼ばわりされたキョウが訂正しようとしても、男達は取り合わない。
「あんたが聖魔法を使ったのを見たんだ!!」
「ええ、さっきの崩落事故で怪我した人達に、回復魔法は使いましたけど……」
つい先程、崖に面した街道を進んでいたキョウ達は、小規模な崩落事故に他の旅人達と共に巻き込まれ、怪我人の救助に当たったのだった。
そして確かに男達の言うとおり、早急な処置が必要な重症者複数を、キョウは蘇生回復魔法で治療していた。――が、それが何故人違いに繋がるのか、キョウには判らない。
「あれは高位聖属性魔法だ!! あんなすごいものをその若さで使いこなせるなんて、聖女に違いねぇ!!」
「……えー? そうなんですかザイツさん?」
「……確かに、人族なら、高位魔法ってのは一部の天才を除いて、長い長い年月――人の一生分くらいをかけて、ようやく習得するモンだけどな」
「あ~、だから人族の優秀な術者ってのは、属性問わずで爺さん婆さんが多いのかよぉ~。大変だなぁ」
「ふーむ。人の一生というのは、短いのであるなぁ」
「残念ながら、人族以外が長生きなのだよカンカネラ君」
「おいてめぇら!! こっちを無視すんじゃねぇ!!」
女(巨乳美女と貧乳美女と幼女)三人と、男二人。周囲を気にせずのんびり会話し出した馬車上の者達に、武器を構えた男達は苛立ち怒鳴る。
「抵抗するんじゃねぇぞ!! 生かしたまま捕らえた聖女には、莫大な懸賞金がかかっているんだ!!」
「いや……だからやっぱり人違いですって」
「ふん!! 誤魔化しても無駄だと言っただろう!! 隠してる『聖輝』を、とっとと見せて俺達に従うんだ!!」
「せ・くら? ……えーとザイツさん……」
「聖女が神から授けられた、力の源の事……だったよなケイト?」
「正しくは、初代聖女が光神ゼーレより授けられ、代々の聖女に受け継がれている祝福の光の事だな。形は無く輝く光そのもので、聖女の額に宿り強大な力を聖女に与えるという」
「へー、眩しそうですね。でもそれってそもそも隠せるんですか? でなきゃ夜寝るときとか、目が疲れそうですけど」
「確かに、一日中点きっぱなしの灯りとか、ピカピカ鬱陶しそうだな」
「だがらてめぇら――」
なめてんじゃねぇぞ、と、怒声を上げようとする男達の前に、軽い音をたてて降り立った者がいた。
メイド服の、まだ幼い少女――に見えるそれは、両手を男達にかざし、邪悪な笑みを浮かべ言い放つ。
「五月蠅い――姫様に無礼を働く不埒者共、消えるである!!」
虐殺閃光。
そう叫んだ少女の声をどこか遠くに聞きながら、馬車を取り囲んでいた男達は、一瞬で白い閃光に飲み込まれ、そして吹き飛ばされた。
「……せ、正当防衛です、ね?」
「うんうん。せーとーぼーえーだな姫。一応死んでないみたいだし、問題無し」
「そうですねぇ殿下。相手は抜刀してましたし、ぬるいくらいでしょう。ははは」
「交戦の意志在りと見なした時点で、返り討ちにするのは大陸法に基づき問題ありませんね。――ああカンカネラ君、茂みに隠れてる弓兵もついでにヤッておいてくれ。ガンバー君が撃たれたらかなわん」
「まかせるである~っ」
こうして襲撃者達は一掃された。
一件落着、と頷き合った魔王女一行は、戻って来たメイド幼女ことカンカネラを拾い、馬車を発進させたのだった。
「……にしても、まさか聖女に間違われるなんて」
「次期魔王なんて、ほぼ対極なのになぁ?」
「あはは。……聖女って、ようするにゼルモア神聖教国の、女性で一番偉い人……ですよね?」
そして平穏に戻った街道を進みながら、キョウはやや自信なさげに質問する。
「間違いではありませんが、正解にはやや物足りない認識かもしれませんね、姫様」
「そうなんですか?」
キョウの質問に答えたのは、御者台のケイトだ。
ケイトは軽快に馬車を走らせながら、教師のようにキョウの質問に応える。
「まずゼルモア神聖教国は、宗教国家です。かの国の為政者は全て聖職であり、国家運営は、教皇とその血筋である『神聖家』を頂点とする、高位聖職者達の手によって執り行われていました」
「はい」
「そしてそのような政治形態の中、聖女は世俗の実権を持たない、いわば神聖象徴的な存在として、ゼルモア神聖教国教皇の、更に上に君臨していたのです。形だけですが、男女含めてゼルモアで最も尊い立場にあるのは、教皇ではなく聖女猊下であると言えますね」
象徴、と繰り返したキョウは、少し考えてから頷く。
「ええと……君臨すれども統治せず、ってやつですか? なんとなく判る気がします」
「そう、そんな感じです」
「でもケイトさん、今まで聖女自身が実権を持ち、国を動かした事はなかったんですか」
「無いですね……というより、聖女を担いだ初代教皇達は、そんな事を望んでいなかったでしょう」
「宗教国家がお飾りとして、神様から力をもらった聖女を崇めたって感じですか?」
「いいえ、国の成立としては逆ですね」
「逆?」
ケイトは手綱を軽く揺らしながら、頷く。
「――古き世に・心清き乙女在り
輝く唯一神・魔の厄災を憂う乙女の祈りに応え・乙女に神の祝福を与えん
祝福に応えし乙女・聖女として魔を打ち払いて人々を救い・光へと導かん
神の御許に集いし人々・聖女の導きに従い・約束の地に聖なる都を築かん
聖なる都の名はゼルモア・神に祝福されし永久の楽園なり」
すらすらと発せられたケイトの言葉に、キョウは首を傾げる。
「……つまり、国が少女を見出したのではなく、神から祝福を授かった一人の少女を中心に人が集まり、少女の親兄弟だった者達がそれをまとめ一つの国とした。これがゼルモア神聖教国の起源という事です」
「なるほど、神に祝福された聖女あってのゼルモア神聖教国なんですね」
「そういう事です。そして神から与えられた祝福、というのが……」
「代々の聖女に引き継がれる、『聖輝』というわけですか」
「その通りです。よくできました」
「ははは、ありがとうございました、先生」
キョウとケイトの、華やかな笑い声がのどかな街道に響いた。
「……」
そんなキョウ達の声を聞きながら、ザイツは先程起こった事を考えていた。
「……次代聖女……って事は、現聖女が引退したか、死んだのか?」
「多分亡くなったんだろうな」
「おっさん」
ザイツの一人言のような問いに応えたのは、定位置の馬車上に寝転ぶハウルグだった。
「詳しい事は俺も知らないが、聖女リュシエンヌの寿命はもう残り少ないと、魔王陛下がおっしゃっておられた」
「敵国の聖女に、魔王が詳しいじゃねぇか」
「あのスケベ親父、種族問わず美女の動向には聡いんだよ」
「美人なのか」
「五十年くらい前は、バインバイン巨乳のちょいきつめ系美女だったそうだ」
「あー……そっか。魔王みたいな長寿種族にしてみれば、五十年なんてつい最近の話なんだろうな」
「ああ。……なんだ? ちょっと寂しそうじゃねぇか~ザイツ?」
「……そ、そんなんじゃねぇよ」
一瞬自分とキョウの時間の流れの差を考えてしまったザイツは、慌てて視線と話題を逸らす。
「と、ところでさおっさん。……次代聖女を捕まえたら報奨金とか、さっきのヤツらが言ってたけど、次代聖女っていうのは、魔王に捕まってなかったのか?」
「ん?」
「いや、だって戦争で負けたわけだし。聖女の後継者? だって捕虜になったんじゃないのか?」
「ザイツ、お前聖女の代替わりがどういう風になってるのか、知らないんだな?」
「あ? そんなの知るはずないだろ。関係無いし」
「あ~、そりゃそうだな。俺だって調べてなきゃ、知らなかった」
「そういうの、調べるのか?」
「仕事中下手な無礼を働かないようにな、諸外国の最低限の知識は仕入れるんだよ」
一応礼儀が必要な仕事(騎士)に就いていたハウルグは、馬車の上でだらけながらそう言い続けた。
「まず聖女ってのは、『聖輝』を引き継いだ女のことだ」
「うん」
「そして聖女は、ゼルモア神聖教国の教皇血筋、『神聖家』の女性しかなれない。これは祝福の証しである『聖輝』が、初代聖女の血筋にしか移動しないからだ」
「そうか、初代聖女を建てて国作った教皇達ってのは、初代聖女の親兄弟だったか」
「そうだ。聖女は基本的に一生純潔で独身だが、そういう事情で血筋は続いている。むしろ聖女の血筋確保のために、神聖家ってのを保っていたってのが正しいだろうな」
「そして血筋が途絶えたら、『聖輝』も継げなくなる、か」
「そうだな。……で、だ」
『聖輝』のつもりなのか、指で小さな円を作ったハウルグは、それを揺らしながら言う。
「平たく言っちまうと、、ゼルモア神聖教国は、秘術によってこの『聖輝』を、ある程度狙いを定めた相手に移し替える事ができたんだそうだ」
「都合の良い女を聖女にできるって事か?」
「そうだな。勿論、初代聖女の血を継ぐって最低条件を満たす必要はあるが。とにかくそういうわけで、今までのゼルモア神聖教国は、聖女の代替わりをある程度コントロールする事ができていたんだ。……が」
「……」
少し考えれば、ザイツにも答えは想像できた。
「……そうか、今回の代替わりは戦争に負けて、ゴタゴタしてるうちに聖女が死んで、秘術どころじゃなくなったか?」
「そういうこったな。……それでだ、秘術を伴わない『聖輝』の代替わりというのは、どうなると思う?」
「知らん」
首を振ったザイツに、ハウルグは苦笑して答えを返した。
「……過去の事例によるとだな、飛んでいっちまうんだそうだ」
「飛ぶ? 『聖輝』が?」
「ああ。ゼルモア神聖教国では、一度聖女が事故死した事があってな、その時はそうなってしまったんだ。勝手に飛んで行った『聖輝』は、勝手に神聖家血筋の中の一人である少女の所に飛んで行き、勝手に宿っちまったんだそうだ。……本来はそれほど期待されていたわけじゃなかった、凡庸な娘だったらしいんだけどな」
「へぇ……どういう基準なんだろうな?」
「さぁな? こればっかりは、神のみぞ知るってやつだろう」
「……それが、今回も起こってしまったってわけか」
「その可能性は高いんだろう。そして次代となった新聖女は、どうやら魔王国が捕虜にした神聖家血筋の中にはいなかったようだな」
「何故判る?」
「無事次代聖女を捕虜にしていたら、きちんと公表するだろう。今みたいな状況じゃ、隠してても混乱を招くだけだ。偽物を旗頭にされる場合もあるしな」
「そうか」
「……しかも報奨金出すような勢力が動いてるって事は、その事に感づいてる連中もかなり出てるってわけだ」
「……聖女を捕まえたいのは、魔王国だけじゃないのか?」
「人族の国だって、強大な力を秘めているとされる『聖輝』は、手に入れられるもんなら手に入れたいだろうよ。利用価値のあるものを強欲に求めるのが人族ってもんだろう?」
「否定はしねぇが……」
先程の男達を思い出し、ザイツは眉根を寄せる。
「しかし、なんていうか……随分雑な情報で、賞金稼ぎ達が動いてるじゃねぇか?」
「確かになぁ。いくらなんでも、魔王女殿下が聖女と勘違いされるとは、俺も思わなかったぜ。……あんな調子じゃあ、ちょっと聖属性魔法に長けた尼僧なんかは軒並み狙われるんじゃないのか?」
「……」
ザイツの脳裏に、自分に助けを求めていた少女――アンネリーの姿が浮かぶ。
魔法の才能があり、育ちが良く、聖女風と言えない事もない上品な顔立ちの尼僧だ。
ザイツはアンネリーの依頼を引き受ける気はなかったし、病んでるメッセージは怖かったが、それでも恩があり一緒に仕事をした事もある少女が、妙な勘違いに巻き込まれ酷い目に遭うのは嫌だ。
「……次の町の冒険者ギルドで、『大人しくして、目立つな』ってメッセージを送っておくかな……」
「ん? 誰にだ~ザイツ?」
「誰でもいいだろ、ただの忠告だ。……多分大丈夫だと思うが、一応……」
「ふーん……」
気遣わしげな表情になったザイツを、興味深く見下ろしていたハウルグはふと笑う。
「……ワケアリの、女か坊主?」
「……そんなんじゃねーよ。中年親父」
中年特有の嫌なからかいに、ザイツは吐き捨てるように返した。
「……」
「どうしたでありますか、姫様?」
「…………べ、べつに、です」
そんなザイツの様子を、キョウは見ていた。
こうしてのどかな街道を進んでく魔王女一行だったが――ザイツが思い出した少女アンネリーが、話題の中心人物だと気付く者は、当然ながら誰もいなかったのだった。




