90 ―過去― とある男女⑤
――グルゥウ。
―……どうしたウィルジニー? 今日はいつになく、甘えるではないか―
――ゥウ。
―そうか……お前も、亡くした仲間を悼んでいるのだな―
――ゥウ。……グルル。
―竜騎士団長様の愛竜は、お前の友達だったな。彼らは最後まで共に戦い、果てた―
――……。
―……強く、誇り高いお二方だった。……命を賭けて全力で戦い、そして最後まで精一杯生きた。……私達も、逝った先達に恥じぬ生き方を、したいものだな―
――……グ?
―……ん?―
―す……すごい……本物のDragon……Fantasy!!―
―……せ、セージ、貴方がそこまで興奮なさるなんて……意外ですわ―
―いやいやエリザベート姫さん。そのボウズ、意外と人外モン好きだぜ―
―あら、そうなんですの傭兵団長殿?―
―この前の戦闘でも、魔王軍のエルフ弓隊(美女揃い)を見て、大興奮してたしよぉ―
―…………あら、そうなんですのセージ?―
―おぉいジジィ!! 何話を盛ってやがる!! 違うんだエリー誤解だっ!!―
―…………あら、そうなんですのセージ?―
―信じてないね?!! あれはただ、本物のエルフは本当に綺麗だって感心しただけで!!―
―…………―
―黙らないでエリー!! 女の子が黙り込むと怖いのは全世界共通だから!!―
―……エリザベート姫殿下。畏れながら、何をなさっておられるのですか?―
―きゃっ、見つかってしまいましたわっ。茂みの影から覗いていましたのにっ―
―いや、あれだけ騒いでりゃ見つかるよ普通―
―勇者セージ殿も、一体姫殿下と一緒に、何をなさっておられるのですか?―
―……勇者などと。神聖教国の名高き聖竜騎士様に言われるのはお恥ずかしいですよ―
―……―
―ご無礼ながら、お声をかける機会を捜しておりました。お初にお目にかかります、クレマン・パラディール卿。ゼルモア神聖教国第三階位聖騎士、セージ・z・アンダーソンと申します―
―……ゼルモア神聖教国第三階位聖竜騎士、クレマン・パラディールです。こちらこそ、お目にかかれて光栄ですセージ殿。貴方と傭兵団のお噂は、かねがね伺っております―
―噂……はは、あまり良い意味では語られていないと思いますがね。そこの爺さんを頭に、傭兵団の連中はガラ悪いですから―
―さりげなく、自分を除外して言ってんじゃねぇよセージ―
―え? 僕は民主主義文明国家で生まれ育った、善良な一市民だよ?―
―……セージ殿。皆様のお働きは、この神聖教国の民らの希望となっております―
―それは光栄の至りです、クレマン卿―
―……今後のご活躍も、お祈り申し上げます。……では、私はこれで……―
―『上司の死を悼んでいる時に、無粋な邪魔を』……というところですか?―
―……邪魔などとは―
―いいえ、お怒りはごもっともですクレマン卿。ご無礼に関しては、いかようにもお詫び申し上げます。……数少ない有能な将官のご逝去は、部隊違いとはいえ、俺もとても残念でなりません。……とはいえ個人的な知り合いではないので、貴方のように悲しむ事はできないのですが―
――グォオォオオ!!
―おっと。……そちらのウィルジニー嬢も、申し訳ありません。決してお邪魔をする気ではなかったのですよ。……ただ一つだけ、確かめたかっただけで―
―……確かめたい、ですか?―
―はい、クレマン卿貴方はこう考えた事はありませんか?―
―……?―
―この国の上層部が腐敗していなければ、竜騎士団長閣下はもっと長生きできた、と―
―……っ―
―……図星ですか―
―……不敬ですぞセージ殿。姫殿下の前で、そのような事を!―
―わたくしは構いませんわ、クレマン卿―
―なりませぬ姫殿下っ、そのような事を誰かに聞かれたらっ―
―はっ、んなヘマするかよぉ竜騎士サマ。とっくにこの辺の人払いは済ませてら―
―っ……どうりで静かなはずだな、傭兵の頭。一体どういうおつもりですセージ殿?―
―申し訳ありませんクレマン卿。ですがどうしても、俺は卿の御意志を確かめたかった―
―私が不敬者かどうかを、ですか?―
―いいえ。――真の忠義者かどうかを、です。クレマン卿―
―……貴方は、そうであるとおっしゃるか、セージ様?―
―そうである、と宣言した所で信用はされない自覚はありますよ。この通り俺は、胡散臭い外国人の小僧ですしね―
―……―
―ですがクレマン卿。俺の忠義は信じてもらえなくても、利害は信じていただきたい―
―利害?―
―ええ、利害です。俺はエリザベート姫様がおられる、このゼルモア神聖教国の存続を、心から望んでおります。……これだけは、嘘偽り無い真実だ―
―……セージ殿―
―信じてくださいませクレマン卿。貴方とは立場は違えど、セージは真摯にこの国を良くしようと働き、魔族との戦いを終わらせようとしているのです―
―……姫殿下―
―だからこそ俺達は、同士を求めているんですクレマン卿。この国をより良い方向へと導き、泥沼化している戦争を、最も良い形で終わらすらために―
―……―
―……民を守り、平和を望む高潔な竜騎士クレマン卿、お力添えいただけませんか?―
―お願いしますクレマン卿。貴方のように求心力のある御方の力が、必要なのです―
―……セージ殿―
―はい―
―……そのために貴方は、粛正の血を流し続けるのですか?―
―……―
―……多くの……魔族との戦争を主張する神聖教国の高官が、失脚し、暗殺されている事は私も聞き及んでおります―
―まさか、俺がそれを企んだ黒幕と?―
―そんな事はありませんわクレマン卿っ!! セージは真の平和を望み、上層部に働きかけているだけですっ!!―
―……姫殿下、御言葉に反論するご無礼を、お許し下さい―
―非常に悲しい誤解ですねクレマン卿。……何か証拠でも?―
―……いいえ……ですが―
―……ですが?―
―……貴方が掲げる主張が……流血無しでは決して叶わない事くらい、一騎士に過ぎぬ私にも判りますから―
―……―
―……―
―……『もし』そうだとして、クレマン卿は俺を悪だと思いますか?―
―いいえ。……急激な変遷が必要な時期なのだという事も、判ります。……停滞し腐敗し続けたゼルモア神聖教国に対し、魔王国は変化し続けて来た。このままでは、この国は魔族との戦争に完全敗北するでしょう。……最悪の未来を回避するために、流さなければならない血は、確かに在ります―
―それでも、お力添えはいただけませんか? 腐敗した高官が国を滅ぼすと判っていて?―
―そうですね。……貴方と共に進む事はできません―
―……何故ですか?―
―……私が、この国に剣を捧げた騎士だからです―
―……クレマン卿―
―……私は竜騎士としてこの国に剣を捧げ、この国を、この国の民を守ると神に誓ったのです。……そしてセージ殿、私には貴方のおっしゃる『腐敗した高官』もまた……守るべきこの国の民なのですよ。……そして、そのご家族もまた―
―……っ―
―……セージ殿。……貴方の暗殺を企てたと噂されていた前聖騎士副団長が、土砂崩れで『事故死』した際……聖騎士副団長だけでなく、そのご家族……なんの罪も無い奥方やまだ幼い御子息まで、全員亡くなられた事はご存じか?―
―……ええ、痛ましい事故でしたね―
―……そうですね。……貴方の主張は、その事故死のような悲劇を多く引き起こしかねない危険なものに、私は思えてなりません―
―……―
―……私は、同じ血を流さなければならないのならば、一人でも多くの民を守れる側でありたいと思っております。こんな私が貴方の協力者となれば、遠からず衝突し袂を分かつでしょう。……ですからセージ殿、私は貴方と共には歩めません―
―……それで――貴方はどうなるクレマン卿?―
―……セージ殿―
―魔族だろうと無駄な殺戮を許さず、魔族に対する略奪暴行を厳しく諫めている貴方だ。捕虜になった魔族女性を襲おうとした貴族の子弟共を、一人で叩きのめした事もあったらしいな。……恐れず諫言する貴方は、上層部はとっくに目を付けられている―
―……―
―貴方は既に、腐敗した豚共の敵なんだぞ!! このままでは殺されるのは貴方の方だと判らないのか!!―
―自分の身を守る事はできます。……幸いと言っては怒られますが両親は既に亡く、妻子も無く、身内と呼べるものは、このウィルジニーくらいですし―
――グゥルルル!!
―そうだな、ウィルジニー。……そろそろ失礼させていただきます。彼女が空で、友への別れをしたいと言うので―
―そうですか。……お気をつけて、クレマン卿―
―ええ。お気遣いありがとうございます、セージ殿―
―……行っちゃったなー。……はぁ、あれが本物の騎士様ってヤツかぁ―
―ケッ、ただの馬鹿だ馬鹿っ。お綺麗なゴタクばっか抜かしやがってあの竜騎士―
―ですがクレマン卿は、愚かではありませんわ。……わたくしの嘘など、即見抜かれてしまいました―
―……ああ、そうだねエリー。あの人は馬鹿じゃない。多分俺の今までやってきた事も、俺の主張の合理性も、ちゃんと判ってる。……それに、自分の立場の危うさもね―
―セージ……それでもあの方は、セージの味方にはなって下さいませんの?―
―やっぱり馬鹿だぜ。このままじゃてめぇが死ぬかもしれねぇってのに―
―……清濁や損得、合理非合理を全て理解した上で、それでも自分が信じる道を進み続ける人間はいるさ。……彼の場合その信じる道が、弱き民草を守る騎士道だったんだろう―
―……あの方は騎士の中の騎士だと、聖女様もおっしゃっておりました―
―俺には理解できないけどね。……母方の先祖なら、少しは理解できたかな? Japanにはブシドーとかいう、サムライの精神があったみたいだし……―
―ブシ……サムライ? それは騎士のような存在ですの?―
―んー? 似て非なるもの? かな? 騎士はハラキリしないだろうし―
―ハラキリ?!!―
―うん、ブシは自殺するとき腹切ってたらしい。なんだろう? パフォーマンスかな?―
―うげっ、自分の腹を割くのかよ? えっらいブッ飛んだ連中だなぁおいっ?!―
―いや、俺もよく知らないけど―
―……セージ、クレマン卿は殺されてしまうのでしょうか?―
―少なくとも、人族の仕業と知れる、暗殺や謀略による地位失脚の可能性は低いと思う―
―へぇ? そんなもんかい?―
―クレマン卿はこの国が誇る英雄であり、国内外でも人気ある竜騎士様だからね。彼を卑怯に殺したり、権威を失墜させたりすれば、ゼルモア神聖教国だって大損だ―
―そうですわね。それにウィルジニーも、神聖教国所属の竜としては、最強クラスですし。その戦力をみすみす失うような事は、そうそうしないでしょうね?―
―……いや―
―え?―
―俺がクレマン卿を殺したり貶めたりしたいなら、もっと効果的に演出するね―
―こ、効果的……ですの?―
―彼が実は魔族と通じてた、という罪を着せるとか。そうでなければ、魔族の手によって、卑怯に暗殺されるとか。魔族との戦いで華々しく死んでもらって、諸外国の同情を買う、とかね。……実際そういう事にできれば、戦争主張派の発言力はさぞ増すだろう―
―セージ……えげつないですわ―
―正義を騙るなら、情報操作は基本だよエリー。あの人真っ正直過ぎて、汚い手にも真っ向から正々堂々対応しそうなタイプだろうし……少し知恵の回る連中がその気になったら、まずいね―
―……セージ―
―あーあ、これだから頭が固い騎士サマってのは。長生きできねぇな―
―……だから、俺が守ろう―
―ちっ、やっぱりそうなるのか―
―そりゃな。同志にはなれなくても、あの高潔な竜騎士様が、この国にとって強力なカードになり得るのは事実だ。下手な連中に潰されちゃあ、もったいない―
―ってことは、またやるかセージ?―
―ああ。……とりあえずクレマン卿を、あからさまに敵視している連中の中心人物を炙り出す。その後の対処の方法は、相手の出方次第だ―
―判りましたわ、情報集めは任せてくださいませセージ―
―こっちは荒事になったら、力を貸してやるよ―
―ありがとう、二人とも。……不利は承知でも、やらなくてはならないのは俺も同じだよクレマン卿―
―……セージ―
―……どんな手を使ってでも、俺はこの国の腐敗――戦争主張派を取り除き、穏健派の教皇を立て、魔王国との停戦に持ち込んでみせる。……そのためなら、自分のだろうと他人のだろうと、いくらだって血を流してやるさ―
――グァウグゥっ
―……あの勇者殿が気に入らなかったか、ウィルジニー?―
――グゥゥウ!! グゥウ!!
―そうか? うーん……私は見かけほど、あの青年は高慢でも道化てもいないと思うぞ。……軽い口調だったが、彼の目は油断無く私の一挙一動を観察していた。……あれは多分、とても冷静で理性的に人が殺せる。敵に回すととても恐ろしいタイプだ―
――グゥウ……。
―それに……そうだな。私は彼を、少し羨ましいと思った―
――グ?
―……はは、さぁ……何故だろうな? ……漁師の子として育った村を出て、騎士の誓いと共に生きると決めた事を、後悔などしなかったはずなのだが―
――……グゥ。
―……だがこれからも、我らの力は民を守るため振うぞ。……その結果、例え後ろから刺されてしまい死んだとしても、後悔はしまい。……それが私の進むべき道だ―
――ゴォオオ!!
―ははは、ありがとうウィルジニー。……そうだな、お前がいれば、敵わない敵などいないな―
――モフンッ
―……魔王国ではハーフリット族が騎乗するワイバーン飛行隊が力をつけ、戦果を上げているらしい。……次の戦場も、油断せずに行こう―
――グォウ!!
―……劇薬のような勇者だった。……彼の進むべき道の終着は、はたして……―




