89 その後の魔王城⑤
魔属の者達を庇護し等しく慈しむ魔王の大結界と、彼らの敵に牙を向き屠る意志持つ黒森に守られた、魔王の国の首都。
平穏な活気で満ち溢れた城下町を見守るように、魔王の城は都の最奥で建国以来変わらない荘厳な姿を国民に見せながらそびえ立っている。
「宰相閣下」
「バラスか。……というか何度目だ、このやりとりは?」
魔王の国宰相ローゼルフォートは、仕事上仕方がないが、騒動を運んで来る後宮大臣バラスを見返しながら、ため息をついた。
「それで、今日あの馬鹿は何をやらかした?」
勿論騒動を起こすのはバラスではなく、バラスとローゼルフォートが共に君主と仰ぐ、あの馬鹿こと当代魔王だ。
「さて……魔王陛下は何かをなさっているような、いないような。……表だった被害は無いのですが、なんとも……気になる御様子でございます」
「ふむ? 申してみよ」
含みを持たせた言葉で宰相の興味を引き出した老ドワーフは、小柄な身体を傾げるようにしてローゼルフォートを見上げ、穏やかに続ける。
「魔王陛下は最近……食べ物を、後宮に持ち帰っております」
「……食べ物だと? なんだ? 後宮でも食事はできるだろうに」
「その通りにございます。ですが魔王陛下は、食材のような肉や野菜をそのまま後宮に持ち込まれると――そのままこっそりと後宮のどこかに、姿を隠すのでございます」
「……?」
「……」
言葉の意味を、しばらくローゼルフォートは考えた。
「……それはまさか」
「……その、まさかのような気がして仕方がありませぬ」
そして魔王の行動理由が、一つ思い浮かぶ。
「あいつ……密かに動物を飼ってるな?」
「はい。儂もそう思いました、宰相閣下」
どこかで拾ってきた動物を自分の私的空間の片隅に隠し、こっそりと食料を運んで飼ってみる。それは種族を問わず、子供の頃なら良くあることだ。
「……魔王陛下は興味の赴くまま、子供のやるような事も平気でなさるからな。今度はなんの酔狂だか」
「閣下。……問題は、何故陛下が、こっそりそのような事をなさっているか、という事でございます」
ローゼルフォートに頷いたバラスは、少々困った顔になる。
「動物を飼うのは、別に後宮で禁じられてはおりませぬ。後宮の御妃様達も、美しい鳥や可愛らしい猫などはお好きですし」
「まぁな。……女同士の諍いに使われて、気に入らない女の部屋に投げ込まれる生首や死体になったりもするが」
「それもよくある事でございますな。とにかくそういう事情でございますから、魔王陛下が後宮でこっそりと動物を飼う理由は、無いのでございます」
だから気になるのでございます、と付け加えバラスは同意を求めるように小さく頷いた。
「……確かにな」
バラスに頷き返したローゼルフォートは、ならば魔王が本当に動物を飼っているならば、こっそりとやっている理由は何かと考えた。そして。
「まさか――人族か?」
「ああ、以前そのような事がありましたな。陛下がジジィと名付けられた、人族の武道家殿でしたか」
二人の頭に、以前一時魔王の城に滞在していた人族の温厚な老人が浮かぶ。
魔王が『拾ってきた』として連れ帰って来た人族は、魔王のペットという名目で魔王の城に一部屋と三食給与を与えられ、魔王が育てていた見習い騎士の少年達に、人族の武術を教えていた。
「あの武道家殿を陛下のペットという事にしたのは、人族蔑視が酷い高位魔族達の悪意から、あの御仁を守るためでしたがな。下手に指南役などと敬う立場にしたら、あの方が危なくなりました」
「それはそうだったな。……もっとも私は、人族ごときの技術を誉れ在る王庭騎士見習いに教える必要などなかったと思うが。……まったく、魔族にも高名な武道家はいくらでもいるというのに、陛下は何故人族などを……」
どうしても人族蔑視が消えないローゼルフォートの言葉に、バラスはこっそりと笑う。
人族から多くを学ぶ魔王を認め、献身的に支える宰相ローゼルフォートだが、それでも生来生まれ持った堕天魔族としての矜持は高く、下等と見下す人族の優秀さなどを、感情的に認めたくないのだ。
「……その辺りが、この方と魔王陛下の器の違いというものなのだろうな」
「ん? 何か言ったかバラス?」
「いえいえ、なんでもございませぬ宰相閣下。あの御老人は良い方でしたぞ。あの方に師事したハウルグ卿は、それは優秀な武道家となられました」
「……確かに人族としては優秀で、まともな品位を持っていたと思うが」
面白くなさそうにそう返したローゼルフォートは、すぐに真面目な表情に戻って言葉を続ける。
「……まさか陛下は、また人族をこっそり拾ってきたのではなかろうな?」
「まだそう言い切れませぬが、陛下には先程の通り、前科がありますからのう……」
「だとすると、後宮に匿われているのはまた人族の技術者か?」
「そうでなければ……美しい人族の乙女を、後宮の密かな花の一人として愛でている――という可能性もございますな」
「なっ?! それはいかん!! 人族の女など絶対に認めん!!」
それはバラスも同意だった。魔王の城の後宮はいわば、高位魔族の娘達がしのぎを削る激戦場だ。後宮大臣としては、そんなところにか弱い人族などを放り込んで、余計な火種にしたくはない。
「行くぞバラス!! 後宮の敷地を熟知しているお前なら、魔王がその女を匿っている場所の予想も付いているだろう!!」
「いくつか予想ポイントはございますな。……勿論まだ、人族の乙女と決まった訳ではございませぬが」
「そうに決まっている!! 最近あいつはまた、あれこれ理由を付けては外に出ているからな!! どこぞで妙な娘を拾ってきたに違いない!! 妹をつまらん人族などのために憂鬱にさせる事は許さぬぞ!!」
「……だから、そうとも決まっておりませんがなぁ~……ま、そうじゃなかったら安心できるし、よいか」
「行くぞバラス!! 宰相権限を行使する!! 後宮内に同行させよ!!」
「おおせのままに、宰相閣下。……やれやれ」
すっかりペット=人族の乙女の構図が出来上がってしまった宰相に苦笑しながら、毒入り好々爺と名高い後宮の最高責任者は、短い足を動かし宰相についていった。
「――いるな」
「――おられますな」
探索していくらもたたない内に、後宮内に潜んでいる魔王の位置は特定する事ができた。バラスが辺りをつけた一番最初の探索ポイントが的中したのだ。
「……山小屋?」
「うら若き乙女を匿うには、少々無粋ではありますがなぁ」
魔王が潜んでいたのは、後宮敷地の中でも木々に覆われた森林部分の中に立つ、小さな木組小屋だった。
「バラス……あれは確か、年数回の森林整備に使われる機材倉庫だったな?」
「さようにございますな。さほど大切でもない、普段使わないものをしまっておく、物置にございます」
「……誰かが住むような場所ではないな?」
「……住もうと思えば、住めないこともない、くらいの場所でございますな?」
だがその小屋からは、僅かながら魔王の強力な魔力が漏れ伝わって来ていた。
ローゼルフォートとバラスは意を決したように頷き合うと、そろそろと小屋へ近づいて行った。すると。
「……よーしよし。さみしかったか?」
『……?』
「そう拗ねるなって~。かわいいかわいいっ」
『……っ』
「うははっ。お前ってヤツはもおぉっ、最高の美人だぜ~っ」
「――っっっ!!!! あっ……の助平野郎!!」
浮かれて脂下がっているのが想像できる、デレデレとした魔王の声が聞こえてきた。
「あっ!! 宰相閣下っ!!」
当然怒った宰相は、妹こと魔王后セレスティンの分も込め拳を振りかぶる。
「後宮の妃達ならいざしらず――セレスに対する不貞は許さぬぞぉおおおおおお!!!」
「うぉおおおおおおおお?!!」
拳の一撃は、小屋の扉を粉砕した。
堕天魔族の腕力に耐える事はできず、なんの変哲もない木製の扉は、粉々になって爆散した。
「ちょ?! おま?! 突然なにしてくれやがるんだローゼルフォート?!」
「それはこっちの台詞だ! 貴様後宮内で浮気とは良い度胸――」
「……な、なんだよ後宮内で浮気って?」
そしてそのまま小屋へと踏み込んだローゼルフォートとバラスは、流石に驚いたのかポカンとした表情の魔王と――。
「……え?」
「……ほう?」
「――げっ」
その腕に抱きかかえられている、小さな竜形魔獣を見た。
【クワー、クワー】
「こ……これは……」
「あっ、見るなローゼルフォートっ。お前の不機嫌顔を近づけたらコイツが怯えるっ」
「黙ってろアホ魔王。……これは……ワイバーンの幼体。……しかもこの刺青は……魔王国海軍の紋様……」
「……ぎくっ」
「……どうやら、ハーフリット庄で飼育中の、軍用ワイバーンの幼体でございますな。……魔王陛下、これはどういう事でございましょうか?」
「ち、違うんだバラスっ。これは盗んだとか、そういうんじゃないんだっ」
慌てた魔王の様子に、ローゼルフォートの眉間の皺がより深まる。
ハーフリット庄所属のワイバーンは魔王軍の生体兵器であり、勝手な持ち出しは勿論禁止されている。例え飼育中の幼体とはいえ、魔王の城に持って来て良いわけはない。
「……ならご説明いただこうか」
「……あっはい」
ある意味人族の女並みに面倒なものを持ち込んでいた魔王に、宰相は静かに怒った。
その怒りを流石に感じたのか、魔王はチラリと木っ端微塵になった扉を一瞥した後、うなだれ頷いた。
「……墓参り?」
「おう。バジルのな。色々一段落したって連絡あったろ。だからその報告を兼ねて、一人でハーフリット庄まで行って来た」
「バジル・アビルトンの?」
小屋の中は、一応雨宿り場所などにも機能しているのか、手狭だが座れる空間や古びた椅子が在った。
それぞれ適当に腰を下ろし、一息ついたところで魔王は事の経緯を説明する。
「娘も義息子も、役目を果たし無事生き残ったぞって、言ってやりたかったんだ。あいつって案外、子煩悩だったから」
「そういえば、陛下はバジル殿と親交がおありでしたな」
「そのとーりだバラスっ。あいつがほんのガキだった頃から知ってるぜっ。チビのくせに空中戦では最強とか、格好いいヤツだったなっ」
「……魔王国の英雄であり、優秀な兵士だった事は認める。……・それで?」
「それでーだローゼルフォート。墓参りして、あいつの未亡人にも挨拶してから俺の騎竜で城に帰ったんだが……」
―……ん? どうした騎竜?―
―グルゥ、グルッ―
―木の上? 何かいるのか?―
―ク……クワー……クワァー……―
―ワイバーンっ? 大怪我してどうしたんだお前っ?―
「――という感じで、帰る途中こいつを見つけてな。今にも死にそうで放っておけないから、連れて帰ってきたっ」
【クワー】
「つぶらな瞳が可愛かったしなっ。これを見捨てるなんてできなかったんだぜ~っ」
【クワー】
「よしよし、いいこだいいこだっ」
「……情が移ったんだな」
「……それで、返したくなくなったのですな」
満面の笑みでワイバーン幼体を抱きしめる魔王に、ローゼルフォートとバラスは察し、ため息をついた。
「ハーフリット庄に連絡くらい入れるべきだったろう。きっと心配しているぞ?」
「いや、きっともう死んだと諦められてると思うぜ」
「何故だ?」
「血塗れになってた首輪を引き千切って、ハーフリット庄の近くに落として来たからなっ」
「せこい裏工作してるんじゃない!! お前最初から、その子を拉致する気満々だったんじゃないか!!」
「だ、だってよ~っ。こいつすっげー大怪我してて、もう完治できるか判らなかったんだぜっ。……身体が治らず兵器失格になっちまったら、処分されちまうじゃねぇかっ」
「仕方がないだろう。それは生体兵器なのだから」
「なんて冷たい事を言うんだローゼルフォートっ。この鬼っ悪魔っ」
「魔族だ馬鹿者っ」
「馬鹿って言うヤツが馬鹿なんだぜっ」
「貴様を見て馬鹿魔王と思わんヤツはおらん!!」
【クワー】
国の頂点に立つ者達の低レベルな争いを気にせず、ワイバーンの幼体は、魔王の腕の中でのんびり緑の葉野菜をかじっている。
「ほっほっほ。これは確かに可愛らしい仔ですが……ふむ」
そんなワイバーンの幼体を笑顔で観察していたバラスは、幼体の翼や足をしばらく確認した後で、にこりとして頷く。
「傷跡は残ってしまっておりますが、傷自体は完治しておるようですな。栄養状態も良いし、すぐ飛べるようになるでしょう」
「へへん、そりゃーなっ。セレスにも頼み込んで、一晩中治癒魔法をかけ続けてやったんだっ」
「セレスティン……お前も共犯だったか」
「あいつだって実は、かわいい動物好きなんだぜ? 兄貴のお前が知らなかったのか?」
「そういう事では無いっ。魔王軍の規律を魔王自ら乱すという事がだな――」
「まぁまぁ宰相閣下、怪我をしたワイバーンを放っておけなかった魔王陛下のお気持ちは、理解できましょう?」
「ま、まぁそれはな。……なれど魔王陛下、そのワイバーン幼体が完治したのならば、もう匿う必要はございますまい? ハーフリット庄に連絡を入れ、引き取らせるべきかと思いますが」
「えーっ」
「えーってなんだえーって。いいだろうが? もう傷はちゃんと治っているのだ。兵器として不適格と、処分される事はあるまい」
真っ当な提案をしたローゼルフォートだったが、魔王は不満そうに唇を尖らせ、ワイバーン幼体を抱きしめる。
「……俺の私的騎竜にしようと思ったのに」
「騎竜なら既に、数体持っているだろうが」
「あれは魔王の城のだろっ。……書類申請しねーと乗れねぇし、こっそり乗ったのがバレルと、怒られるしぃー」
「……魔王陛下、いやルシェ。……お前、私的って……」
「私的っていったら、決まってんだろロゼっ」
唖然としたローゼルフォートに、悪びれず魔王は答えた。
「城脱走用だ!! これでいつでも、どこにでも遊びに行けるぜ~っ」
「……」
「……」
魔王の野望を知った宰相と後宮大臣は、顔を見合わせて頷き合った。
「……バラス。ハーフリット庄に連絡して、引き取りに来させろ」
「おおせのままに。宰相閣下」
「あーっ!! なんでだよーっ!! 魔王にだって私的時間は必要なんだぜーっ!!」
「この馬鹿者!! これ以上勝手気ままにあちこち行かれてたまるものか!!」
「流石に、城の者が知らない騎竜は危険でございますぞ魔王陛下。下手をすれば、不審者として空中警邏の衛兵に打ち落とされてしまいます」
「大丈夫だっ。空中戦も教えるっ」
「城の臣達と戦うんじゃない!! さっさとそれをよこせこのアホ魔王!!」
「やだやだ~っ!! 俺のクローディ・セレスティン・リシュネッテ・エーディット・パミーナ・ジェリン・ヴァリアーナ・エレノラ・オルネッラ・グラツィエア・ジェルトルーデ・スティファニア・ジークリーデ・シャルロッテ・テレーゼ・ノーラーンだぞーっ」
「なんだそれは?!! 名前か?!! というか聞き覚えがありすぎるんだが?!!」
「ふふん。ハーフリット達はワイバーンに、好きなものの名前を付けるって聞いたからな。俺も愛する娘と妃達の名前を付けてやったぜ!!」
「長いわ!!」
「全員愛してるからな!!」
【クワー】
周囲の喧噪を気にせず、ワイバーン幼体クロー(略)ンは、今度は赤い根野菜を囓っている。
「ほっほっほ」
【クワー】
この図太さは軍用向きだと感心しながら、バラスは魔王の腕から降りたクロー(略)ンを捕まえ、頭を撫でた。
その数分後。
「と、とにかく連絡だけはしろっ。そのクロー(略)ンの処遇を決めるのはそれからだっ」
「ちぇーっ、判ったよ。……クロー(略)ンっ、お前は俺が好きだよなっ? 一緒にいたいよなっ?」
【クワー】
「そっかそっか~っ。俺が好きか~っ」
【クワー】
とりあえず話がついたワイバーン幼体クロー(略)ンを、魔王はまた抱きかかえていた。
抱えられたクロー(略)ンは、抱き寄せてグリグリと頬ずりする魔王を気にするでもなく、のんびりしている。
「……やれやれ」
そんな魔王を呆れたように見ていたローゼルフォートは、やがて諦めたのかもう一度ため息を付き、話題をずらした。
「……魔王陛下、ハーフリット族の新たな英雄として、エスター少尉の名が広まっております」
「だろうな。魔王国英雄の娘にして、父の仇討ちを見事果たした勇者。おまけに健気にかわいい一生幼女種族なんて、人気が出ない方がおかしい」
魔王は片眉をやや上げて、当たり前のように返す。
「一生幼女種族は、大事な所ですか?」
「大事なんじゃないのか? ウチのジェレミアも、『陛下!! かわいいは正義です!! つまり一生幼女種族の美少女は、至宝なのです!!』……とか主張してたし」
「……あのマーマン族の美形騎士……まともだと思っていたのに……」
「『大事な事は触れないの精神です!!』とも言ってたから、大丈夫じゃないか?」
「とりあえず、我が娘(幼児)をヤツの視界に入れないようにしよう」
目で楽しむくらい許してやろうぜ、と優しい口調で言う魔王は、今度はクロー(略)ンの羽根をパタパタと動かし遊ぶ。
「……んで、だ。ローゼルフォート、やっぱり上の連中も、騒がしくなってるか?」
「……御意。今更ながら、ハーフリット族の底力を思い知った高位魔族が多かったようです」
「ははは。『腕力も魔力も無いハーフリット族に何ができる』って言ってた連中か」
魔王は何かを思い出したのか、嘲りの表情を浮かべ笑う。
「あいつらハーフリットは確かに弱いが、飛行士としての適性は抜群だった」
それはローゼルフォートを始めとする、高位魔族も認めざるを得ない事実だ。
「弱い者達はずっと弱いまま、役立たずなままなんて思い込みは、ただの怠惰だぜ。――大切なのは適材適所。使い所さえ間違わなければ、どの種族にだって戦う力は必ずある」
「……適材適所。仰せの通りにございます、魔王陛下」
その言葉を掲げ、かつては少数の強力な高位魔族に頼りきりで、ある意味『脆かった』魔王軍を、全種族の総合力で戦う『精強な』組織へと進化させたのは、当代魔王の功績だ。力有る高位魔族達も、当然理解している。
だが。
「……ですが、下々の『出過ぎた』活躍を好まない高位魔族達は、未だ多いのです」
下々が自分達を脅かす存在になれば容赦はしない、という高位魔族達の本音も、ローゼルフォートは理解していた。板挟みになりかねない現状は、正直頭が痛い。
「特にドラゴニュート族は、ハーフリット族をあからさまに敵視してますし」
「あー。エーディットの実家か。エーディットはちょっと気が強くてお嬢様気質な程度だが、あいつの父親や兄貴達は選民思想でガチガチの上権力欲も強いからなぁ。正直付き合いづれぇわ」
しっかりクロー(略)ンの名前に加えられているドラゴニュート族の妃を思い出し、魔王はしみじみ言った。
「ハーフリット族エスター少尉の仇討ち成功報告を耳にした時も、『人族一匹を倒した程度で、随分と大袈裟な事だ』とつまらなそうに言っていたそうです」
「へっ。その人族一匹に、ドラゴニュートだって散々討ち取られてたってのに、酷い言いぐさだぜ。……あいつらはなまじ優秀な分、とにかく弱者を見下すのが欠点だな。それさえ直して他種族と連携すれば、もっと良い働きができるってのに」
「とかく彼らは自種族至上ですからな。……だからこそ、そんな自分達の戦士を幾人も葬り去って来た人族側の英雄である『竜騎士クレマン』を、『ハーフリットの小娘風情』が見事討ち果たした事が、余計に面白くないのでしょう」
「仇討ちしなきゃしないで、文句言ってたって聞いたぞ。どうしろってんだよ」
「どうもしようがないのでしょう。……ハーフリット達が、ドラゴニュート族の戦闘領域である空戦から降りない限りは」
「そんな事はさせねぇ。魔王国にとって大損じゃねぇか」
うんざりした魔王の言葉に、バラスは笑う。
「ほっほっほ。嫉妬は時として道理を無視させ、味方や自らすら滅ぼす厄災となりますからのう。……魔王陛下も、お気をつけなされませ?」
「……ちっ。後宮役人のお前が言うと怖いぜ、バラス」
「なにをおっしゃいますか魔王陛下。このか弱い爺に向かって」
嫉妬の厄災を知り尽くした後宮の最高責任者である老ドワーフは、肩を竦めて怯えるように首を振って見せた。
「白々しいぜ、毒入り好々爺」
その様子を鼻で嗤い、魔王は返す。
「……とにかく信賞必罰は大切だ。俺は魔王として、若き英雄となったハーフリットのエスター少尉を敵意から守り、功績に相応しい報奨と名誉を与えなきゃならねぇ」
「異存はございませんが……ドラゴニュート族と、彼らにおもねる貴族達をどう抑えるかが問題ですな陛下」
「そうだなぁ。論功行賞の授与式までに、なんか考えねぇと……うーん」
簡単に妙案など出そうにない問題を、渋顔で悩み始めた魔王は。
「うぅー……ん?」
【クワー】
「……保護か」
ふと腕に抱くワイバーンの幼体に目を留め、頭を撫でながら思いついた事を口にしてみる。
「……いっそ俺の妃の一人って事にしたら、名実共に俺の側で保護できるか?」
「却下」
「却下」
「……だよなー」
思いつきは思いつきで終わった。
魔王もローゼルフォートもバラスも、魔王が童女趣味だったという疑惑を周囲に抱かれるのは、流石に御免だ。
「……それにバジルは、娘の幸せを祈ってたしな。愛のない政略結婚なんて決めたら、恨んで化けて出そうだ」
「ハーフリットの幽霊ならば、特に怖そうでもないがな」
「ばっかだなローゼルフォート。幽霊のハーフリットだぞ。きっと城の食料庫に忍び込んで食い荒らし、空にされるぞ」
「それは怖いな?!」
「最悪の厄災でございますな?!」
「ははは」
冗談だけどなー、と付け加えた魔王は小さな古い知己を思い出し、そしてこっそりと、その面影に言葉を投げた。
「……父親としては心配だったろ? 色々面倒なもんを背負っちまった娘を支えられるような、良い男が現れるといいな……バジル」
無論答えは無かった。
――ただし。
「へっくちっ」
「どうしたのコリン? 風邪?」
「かっ風邪は嫌なんだぞエスター隊長っ。苦い薬は嫌なんだぞーっ」
丁度同じ頃、エスターの隣にいた小さなハーフリットがくしゃみをしたのは、勿論偶然ではなかった。




