88 バロークの町エピローグだが何かがおかしい
「……え? ……?」
「エスターっ、目が覚メタネっ?!」
「……サファファ」
外がなんとなく騒がしいなと思いながら、飛空母船エギーリャの医務室で、エスターは目覚めた。
「私は……」
「大丈ブ?! ドッカ痛くナイ?!」
「痛い? ……いいえ、それどころか、とても良い気分よ」
そう返しながら自分の手を見下ろしたエスターは、いくつもあった自分の古傷が、きれいに治っている事に気付いた。他の部分を確かめてみても同様であり、エスターは驚く。
「まるで上流階級の美肌癒術としても使われる、最高位の回復蘇生魔法で全治療してもらったみたい……あれ?」
「シテもらったヨーッ。魔王女殿下ニしてイタダイタヨーッ」
「ああ……」
サファファの言葉で、やや曖昧になっていたエスターの記憶が鮮明に戻る。
「そうだ、私魔王女殿下に……そういえばきれいなお花畑の向こうから、父さんが『まだこっち来るなーっ』と叫んでいたけど、あれって夢だったのかしら……」
「エェエスター?!! なんか怖いコト言ってルヨォー?!」
「――いいえ、そんな事はどうでもいいの。サファファ、あれから作戦はどうなったの?! 隊員の皆は?! オレンジ七号は?!」
「ソレハ――」
サファファが答える前に、ドンドンドンドンと大きな音を立てて、不作法なノックが医務室に響いた。
「ハイ、誰ヨー……」
「エスター少尉いるんだぞっ?!」
「エスター少尉起きたんだぞ?!」
「帰ってきたんだぞ!!」
「奇襲部隊が帰ってきたんだぞ!! コリンが率いた奇襲部隊が帰ってきたんだぞ!!」
「――っ!!」
ノックと共に響いたのは、エギーリャに待機していたハーフリット飛行士達の声だった。
その言葉を聞いた途端エスターは寝台から飛び降り、甲板へと駆け出して行った。
「あっ、待ってヨーッ。……アぁ、ルビビはちゃんト、仕事を果たしたカネー?」
サファファも、コリンと共に飛び立っていった弟を心配しつつ、その後を追った。
そうして全力で走ったエスターが辿り着いた甲板は、とても賑わっていた。
【おお少尉、意識が戻られましたか!】
帰還者達を迎えるマーマン海兵達。
「隊長ーっ!!」
「ただいまもどったんだぞーっ!!」
「オカエリましタヨー」
迎えられるワイバーン飛行士達。
「エスター! 頭は無事か?! 衝撃で記憶は飛んでないか?! 私が判るか?!」
「じぇ、ジェレミア落ち着けって」
「ジェレミアさん……王宮でどんなバインバイン美女に色目使われても、平然とスルーしてたのに……やっぱりロリ」
「なんとなくそれ以上いけない!! ……キョウ姫様、周囲に迷惑をかけない個人の性癖は、そっとしておいてやるのが関係円満のコツですよ」
「そうだな。……ところでロリってなんだ?」
【判らんが、姫様の言う事に間違いはないであるっ】
高速船から昇降台で引き上げられてきたジェレミアと、作戦協力者である魔王女一行。
「……こ……こわい」
「……ま……魔物だらけ……」
「お……おかーさん……」
その後ろで縮こまっている、人族らしい少女達。
そして。
「――隊長」
甲板の昇降台傍には、マーマン海兵達に白いタンカへと乗せられている大きなワイバーンと、それを見守るコリンの姿があった。気付いたエスターは駆け寄る。
「――オレンジ七号……」
【……グ……】
「――っ」
ワイバーン――オレンジ七号が苦しげに動いたのを目にしたエスターは、息を飲む。
コリンはそんなエスターに、躊躇うように近づく。
「……いき……てる?」
「う、うん……」
「……怪我……してる?」
「うん……こいつを無傷で捕らえるのは、流石に無理で――」
「違う」
――貴方達。そう続けたエスターの震える指が、コリンの手当された頬に触れた。
「……アップル三号は、どうしたの?」
「……先に治療室に、運ばれていったんだぞ。……無理な強化魔法による限界を超えた加速で、翼の筋肉筋が焼き切れかかっていて。復帰までだいぶかかるって……」
「……」
「あ……ご、ごめんなさいエスター隊長。……愛竜を潰すような無茶、ワイバーン飛行士として最低だって判ってるんだぞ」
「……コリン」
「で、でもあの時はあれが最善だったって、今も俺は思ってる。……もう、やりたくないけれど……でも……」
「コリン……っ」
コリンの頭が抱え込まれ、エスターに抱きしめられる。
「よ……かった……いきてて……あなたも……おれんじななごうも……あっぷるさんごうも……みんなも……いきてて……よかった……よかったよぉ……っ」
子供が素直に感情を溢れさせるように、エスターは声を上げて泣いていた。
ずっと我慢していたのだろう、その心情を思ったコリンは黙って、エスターの背を両手で支えた。エスターは泣き続ける。
「わたし……わたし……えいゆうなのに……みんなまもる……えいゆうなのに……だめなの……わたし……ちからたりなくて……まもりたいのに……みんな……まもれなくて……だめなの……っ」
「……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……こりん……みんな……わたしが……おれんじななごうを……とめていたら……なのに……だめで……どうしても……ちからがたりなくて……っ」
そんな事はない、と安易に答えるのも、違うとコリンは思う。
確かにエスターも、そしてコリンも、オレンジ七号の一件では力が足りなかった。
偶然魔王女がこの地に立ち寄りその助力がなかったら、きっと事件解決はできず、やがてオレンジ七号は殺され、隠れ家に残されていた奴隷の少女達は飢死していただろう。
そう考えれば、自分達の無力の罪に、コリンは震えてしまう。
『……そうか。だからこそみんな、強くなろうとするんだな』
幸運に頼らずとも大切な者達を守れるよう、コリンは今よりもっと強くなると誓う。
「……そして貴女を、貴女の志を、今度こそ守ってみせるんだぞエスター隊長」
「……え……」
「わかってるんだぞ。貴女は守る者、魔王国を守護する英雄の一人だ。……でも一人くらい、その英雄に守られるんじゃない、英雄を守る者がいたって、おかしくないと思うんだぞ」
俺がずっと、貴女を守り支えていく。
「……こ、コリン……え……ぁ」
まるで求婚のようなコリンの言葉を聞いたエスターは、自分の頬が真っ赤になっているのに気付き、慌ててコリンから離れた。――そして小さく頷き、返答する。
「――あっ、俺も俺もーっ! 俺もエスター隊長を守るんだぞーっ」
「俺もーっ。エスター隊長が頼ってくれるような、すっごい飛行士になるんだぞーっ」
「俺もーっ。英雄を守るなんて、なんかかっこいいんだぞーっ」
「俺もーっ」
「俺もーっ」
「俺もーっ」
「エスタぁあああ!! 私の存在を忘れるな!! 私はいつだってお前の幸せを祈って――」
「ジェレミア、お前は空気を読もうな? な?」
エスターの声を掻き消すように、賑やかな声を上げて奇襲部隊ハーフリット達(+α)が駆け寄って来たが。
――耳に届いたエスターの返答に、コリンは照れくさそうな笑顔になった。
それから数日。
魔王海軍は事件の後始末に追われ、怒濤の事務処理をこなしながらも、次第に平穏を取り戻しつつあった。
ザイツとキョウは治療用竜舎で順調に回復しているオレンジ七号とアップル三号に別れを告げてから、エギーリャを後にしていた。
「――つまりオレンジ七号は、バジルを失ったショックと、前町長に捕らえられてヤられた拷問調教で、少しおかしくなっていたのか?」
「ええ。……それであの隠れ家に残された女の子達が、『お腹空いたーっ』って泣いた時、多分オレンジ七号の目には、あの子達がハーフリットに見えてたんだろう……って、医務官さん達が言ってました」
「なるほどなぁ……」
魔王海軍首脳陣に最終的な説明を受けたキョウから、話を聞いたザイツは、必死なオレンジ七号の様子を思い出し、納得する。
助け出された少女達の証言や、隠れ家から発見した文書、更にはオレンジ七号へ読心解析魔法まで使ってまとめた結果、事件の真相は、ケイトの推理とほぼ同じものだった。
事件の諸悪の根源であるバロークの町の前町長は、様々な脱税処理を小役人のギョームに押しつけて私腹を肥やしていた。
そして先祖の文献で知っていた隠れ家を改装して使えるようにした後、前町長はモンスター達に守られたそこに蓄財し、贅沢品を揃えたり、自分好みの少女奴隷達を買ったりしながら、秘かに愉しんでいた。
そこに主人を失い彷徨っていたオレンジ七号が、偶然捕らえられる。前町長は薬や拷問を使って調教し、オレンジ七号を奴隷として飼育しようとする。
――ゼルモア神聖教国の有力者に売ろうとしたのではないか、というケイトの推理は外れていた。前町長は単に、空を飛べる魔獣を我物としたかったのだ。馬鹿だとザイツは呆れる。
だがそれも、オレンジ七号が反抗し続けたため失敗する。オレンジ七号はどんな事をされても前町長には従わず、魔王軍――というよりもバジル・アビルトンへの、絶対の忠誠を誓っていた。
やがて進軍してくる魔王軍の噂が伝わると、身の危険を感じた前町長は、隠れ家とそこに収められた全てを見捨てて、バロークの町から逃げる。
隠れ家には蓄財した金や贅沢品が残されていたため、ほとぼりが醒めたら戻ってくるつもりはあったのかもしれない。
だが食料の備蓄も無く取り残されるオレンジ七号と少女奴隷達の事を、死んでも構わないと思っていたのは明らかだった。その無慈悲さに、ザイツもどうしようもない嫌悪を感じた。
そして取り残されたオレンジ七号と少女奴隷達は、当然飢えに苦しめられる。
幸い真水はダンジョンの水路から供給されていたため不足無かったが、食料は残っていなかった。
拷問と投薬と空腹で意識が朦朧としていたオレンジ七号は、それでも底力で捕らえられていた檻を破り、何か食べる物はないかと周囲を見回した。そしてその時、オレンジ七号は同じく飢えに苦しむ少女奴隷達が、隠れ家の隅で泣いているのに気付いた。
正気と狂気の境目を彷徨っていたオレンジ七号が、少女奴隷達をハーフリット――しかもその一人を、バジルに守ると誓ったエスターだと認識したのは、少女奴隷達にとって幸運だった。もしただの人族だと雑食のオレンジ七号が気付いたら、その場で喰い殺されていてもおかしくはなかった。
やがてダンジョンの外へと這い出したオレンジ七号は、少女奴隷達を助けるため奮闘し始める。
ダンジョンの外に連れ出す事は無理だったが、オレンジ七号は近隣の海から魚や貝を獲り、孤島の森から食べられる果実や植物も手に入れ、少女奴隷達を養った。
最初は怯えていた少女奴隷達も、オレンジ七号に害意がないと判るとその『好意』を受け取り、隠れ家でなんとか火を起こし、湯を沸かしてそれらを調理し食べた。
そうしてしばらくの間、オレンジ七号は狂気に侵されたままそれでも、少女奴隷達と穏やかに暮らしていた。
そんなオレンジ七号が、ある日その臭いに気付く。
忘れもしない、バジルを殺した憎き仇の匂いが、ある町から届いたのだ。
これは生者の臭いではなく、墓地に葬られる者達の死臭だったのだが、オレンジ七号は気付かなかった。
仇を求めて町に飛びこんだオレンジ七号に、当然町人達は怯え、町を守るため魔王海軍がオレンジ七号へと攻撃した。そしてその攻撃で、オレンジ七号はこの町も、この町を守る集団(魔王海軍)も、敵だと認識してしまった。
なおその集団が、かつて所属していた場所だとオレンジ七号が気付く事は、捕らえられる最後の日まで、とうとうなかった。
バジルに忠誠を誓っていても、魔王海軍自体への執着は薄かったのだろう、と、話を聞いたジェレミアはやや苦々しく言っていた。ザイツもそう思う。
その日からオレンジ七号は、仇と相まみえるためバロークの町を襲い始めた。
匂いが自分へと届く度オレンジ七号はバロークの町へと向かい、少女奴隷達に必要そうな食料や日用品を強奪しながら、仇であるレッドドラゴンと、その主である竜騎士を探した。
当たり前だが、既に死者である仇達がオレンジ七号の前に姿を現す事は無い。それでもオレンジ七号は、必ずいるはずだと信じ、襲ってくる『敵』を軽々あしらいながら、竜騎士達を求め続けた。
そしてその結果、執着している仇を利用されたオレンジ七号は計略にかかり、魔王海軍に捕らえられたのだった。
「……しかしおかしくなってたとはいえ、守ろうとしていたエスター達に全く気付かず、戦ってたオレンジ七号ってのもどうなんだよ?」
「ケイトさんは、エスターさんが髪を切っていたのも災いしたんじゃないかって言ってましたね」
「容貌が違うように見えたか」
「そういう事です。……隠れ家にいたあの女の子は、かわいいお下げ髪でしたしね」
「……そういえば、あいつらはどうなったんだ? ……一応奴隷だから、隠れ家に残っていた蓄財と一緒に、財産押収って事で魔王海軍が保護してるんだっけか?」
そうですけど、とキョウは微笑む。
「総司令官のバルトロさんが魔王陛下の御許可をいただいたので、あの子達は奴隷身分から解放されました」
「お、運がよかったな」
「『折角魔王海軍が恰好良く助け出したガキを、奴隷として転売なんかしたら、格好悪いじゃねぇかっ』との事です。魔王軍のイメージアップ作戦でしょうか?」
「あのおっさん、本当に恰好良さにはこだわるな~」
「だったら服くらい着て下さいって感じですけどね~。彼女達は身の振り方が決まるまで、バローク町の孤児院に預けられるとの事ですよ」
「そうか」
それも安楽な道ではないが、しぶとく生き延びた少女達なら、なんとかやっていくだろうとザイツは思った。
「そうそう、バロークの町と言えば、ジェレミアさんがギョームさんを家に戻したそうです。今後魔王国側が編成し直す、バロークの町役場で職員として働く事を条件に」
「まぁ、やらされてた事はともかく、有能な経験者が入るのはいいんじゃねぇか」
「しかも在宅ですよ。在宅ワーク。ギョームさんの病気の奥さんへの配慮ですよ。……ジェレミアさんって人族嫌いなのにそういう気遣いできるあたり、やっぱり優しいんですよね」
「……個人的に憎んでねぇ場合は、確かに人族にでも優しいけどな……」
ザイツはバロークの町で、町の男達に事件について説明するジェレミアを思い出す。
――という事で、今回の一件はすべて前町長の陰謀であり、これらの罪は前町長の断罪をもって償われる事とする。前町長は速やかに全国指名手配犯し、見つけ次第捕縛→市中引き回しの上処刑、晒し首だ。裁判も必要無い。全てあいつが悪い。いいな?―
―……あ、はい―
細かい真相は一切伏せた上で、ジェレミアは全ての罪を全町人に憎まれている前町長に被せ、前町長を指名手配犯としていた。
これが一番穏便に収まる方法だ、とジェレミアは説明していたが――ザイツは、エスターそっくりの少女奴隷を虐待していた前町長に対するジェレミアの憎悪を、ひしひしと感じ取った。
「……コリンも大変だなぁ」
「え? ……い、いやー……大丈夫ですよ。ジェレミアさん、エスターさんの幸せを祈ってるって言ってましたし。そんな無茶な意地悪は……」
―ん? なんだこのホコリはコリン一等空士? 貴様は掃除すら満足にできないのか?―
―ひぇえ?!! ご、ごめんなさいなんだぞー!!―
―ビクビクするな!! そんな軟弱なザマで、エスターが守れると思っているのか!!―
―ふぇええん!! ごめんなさいなんだぞー!!―
「……」
キョウは昨日船倉で見た、小姑のようにコリンを叱るジェレミアを思い出した。
「……いや、ほらあれですよっ。鍛えられて男の子は強くなるんですよっ」
「……うん。まぁそういう事でいいんじゃねぇの? 別にあのイケメンマーマンも、コリンの事を認めてないわけじゃねぇと思うし」
「がんばれ、と祈るしかないですねっ」
「俺ら、もうすぐ出発するしなぁ」
事後処理の証言や協力を終えたキョウとザイツは、バロークの港にいる。
出発前に必需品を買いに行ったケイト、ハウルグと、馬車の傍で待ち合わせているからだ。
「おぉーいっ!!」
「ん?」
ふと海を見ると、エギーリャから来たのだろう高速船の窓からから、コリン、エスター他ハーフリット達、そしてゴブリンシャーマン達が手を振っているのが見えた。更に船の後ろには、数台の船が列をなしてこちらに向かっている。
見送りか? と思ったザイツは、何故ワイバーンで来ないのだろうと少し不思議に思った。そんなザイツの疑問を他所に、コリン達は船から飛び降りて馬車へと走って来る。
「姫様っ、そしてお供の方々、この度はまことにありがとうございました!!」
「いえ、気にしないで下さい。ザイツさん達はともかく、私は何もしてませんし……」
「……いや、最後に色々すごい事してたと思うけどな……」
「――おや、ハーフリット君達」
「おっと、見送りかい? ありがとうな~」
ハーフリット達に続いて、町からケイトとハウルグが帰ってきた。ちなみにかなり多い荷物は、押し切ったのか全てハウルグが抱えている。
「ええと、見送りもそうなんだけど、お礼を持って来たんだぞっ」
「え? お礼ですか?」
『お礼――だと?!』
きょとんとしたキョウの後ろで、ザイツの目が輝く。
事件への協力はもちろん仕事の範囲内だが、くれるとわざわざ持って来たものを突っ返すほど、ザイツも無粋ではない。というよりくれるというなら欲しい。現金ならなお良い。
「そんな、悪いですよ……」
「そうですね、あくまで今回は、姫様のお役目のお手伝いであって……」
行儀良く断ろうとするキョウとケイトに、目で訴えるザイツ。
「……まぁ、折角だしいいんじゃねぇの?」
それに多少同情したか、味方をするハウルグ。
「もらってもらわないと、困るんだぞーっ」
「みんなで、お金出し合ったんだぞーっ」
「エスター隊長とオレンジ七号を助けてもらって、とっても感謝してるんだぞーっ」
そこにハーフリット達が重ねて言えば、キョウ達も断れない。
「それじゃあ、ありがたくもらいますね」
「うんっ」
『やったーっ。臨時収入ーっ』
「じゃあ、こっち来てなんだぞ姫様っ」
「え?」
もらえるお礼に喜ぶザイツだが、コリンが船へと戻って行くので、不思議に思う。
「――はいっ、お礼!! 持っていってくれなんだぞ!!」
果物に野菜、肉料理魚料理、多種多様のパン、ケーキ、パイ、タルト、焼き菓子に飴菓子に干菓子、そして大樽で詰め込まれている酒。
船の中には、所狭しと食べ物が詰め込まれていた。
『――?!』
その事実とあまりの多さに、ザイツはぽかんとなって驚く。
「感謝したとき、俺達ハーフリットは、自分が一番好きなものでお礼するんだぞっ」
「だからみんな、一番好きなものを買って持って来たんだぞっ」
「食べて欲しいんだぞっ」
「あー……気持ちはとっても嬉しいんだけど……ちょっと多いかな?」
キョウの言葉に、ザイツ以下仲間達も頷く。他種多量の食べ物はとても美味しそうだったが、旅の食料として持ち運ぶには多すぎ、食べる前に腐らせてしまいそうだった。
そんなキョウに、コリンは不思議そうに言う。
「え? 四人なら、これくらいで一日分だと思ったんだぞ?」
「どんだけ喰ってんだお前ら?!!!」
思わず突っ込んだザイツに、コリンどころかエスターまで、不思議そうに首を傾げた。
そんな周囲を見回し少し考えたキョウは、やがて笑顔で言う。
「――それじゃあ折角だし、ここでみんなで食べましょうか」
「それってパーティー?」
「うわぁいっ。パーティーなんだぞっ」
「……まぁ、それが適当だよな。……ああ、これだけ買う金って……もらったらかなり懐暖まったなぁ……」
「みみっちぃ事を言うなザイツ。ふふ、いいじゃないかこういうのも」
「おっ、酒があるのはいいねぇ」
【それでは我輩、お給仕するであるぞ~っ】
良い解決策にザイツ達は頷き、ハーフリット達から歓声が上がった。
「……にうー♪」
食べ物の気配を嗅ぎ付けた黒猫も、こっそりとザイツ達に近寄っていた。
こうして、魔王女一行と見送りメンバー、更には周辺にいたマーマン海兵やバロークの町人まで加え、魔王女一行御礼パーティーは開催される。
「わ、ワシらもか?!」
【まぁ、こういうのも偶にはいいんじゃないのか?】
「周囲がピリピリしてると、楽しくないんだぞーっ」
なお、これがきっかけで、マーマン族とバローク町人達は、少しずつ歩み寄りを始めるようになるのだが、それはもう少し未来の話だ。
「姫様ーっ、ザイツーっ、またなんだぞーっ」
「御恩は一生忘れませんーっ」
「コリン君っ、エスターさんっ、元気でねーっ」
「……じゃあなー。……メシ、すげー美味かったぜ」
そしてハーフリット達の礼を受けた魔王女一行は、バロークの町を旅立ち、次の目的地へと向かうのであった――。
バロークの町編終了。




