83 奇襲するが何かがおかしい
弓形発射台から出撃した奇襲部隊は一瞬で編隊を組み、勢いを利用してぐんぐんスピードを上げながら、切り裂くように鋭く夜闇を飛行した。
強圧な風圧を緩和する魔法防壁が耳障りに軋んだ音を立て、それでも殺せない風が騎乗者を殴り、更にワイバーンが強く羽ばたくたび、胴体は強く上下しその衝撃が襲う。
最高速で飛ぶ戦闘用騎竜の騎乗は、慣れていない者にとってそれだけで試練だった。
「――ザイツ!! 大丈夫なんだぞ?!」
「……」
座席に分厚いベルトで固定されたザイツは、すぐ前にある後部魔撃手の身体にしっかりとしがみついていた。そして。
「――俺は空を飛んでない俺は空を飛んでない俺は空を飛んでないここは地面の上ここは地面の上このワイバーンはスゴイ勢いで地面を走ってるんだ飛んでない飛んでないったら飛んでないすぐ傍には地面があるんだちょっと飛び降りたら地面に無事着地できるんだちょっと勢いあるけど大丈夫だこれは飛んでない飛んでない地面を走ってる走ってる下を見るな下を見るな下にある雲と海は幻だ本当は地面の上を走ってるんだコイツは俺は飛んでない俺は飛んでない俺は飛んでない俺は飛んでない俺は飛んでない――……」
自己暗示していた。
「ざ、ザイツ……本当に大丈夫なんだぞ?!!」
【怖いヨコリンー!! この人族ノ兄ちゃん怖いヨー!!】
「……だ、大丈夫だ。多分問題無い」
「多分を付けるななんだぞー!!」
「仕方ねぇだろ!! 怖いもんは怖いんだよ!! 俺はお前らみたいに慣れてねぇんだよ!!」
「えぇ?! ……あははっ」
自棄のように開き直るザイツの怒鳴り声にコリンは驚き、やがて肩を揺らして笑った。
「やっぱり変なんだぞーっ。お前、俺よりずっと力も魔力も強いはずなのにっ」
「どんな腕力と魔力持ってたってな!! 高い所から落下したら死ぬんだよ!!」
「あははっ」
幸か不幸か、情けない状態のザイツに気負っているコリンの肩からも、力が脱けたようだった。
そして声を出すだけ出してしまうと、ある程度開き直ったかザイツも落ち着いてくる。
ザイツはなるべく下を見ないように気を付けながら、コリンとコリンに付いて飛ぶ、ワイバーン飛行士達に注意した。そして改めて驚く。
「……速いな」
「ん?」
「ああ。このワイバーン、俺一人増えてんのに、速いじゃないか。全然遅れてない」
「そんなの、当たり前なんだぞ。胴衣装甲を一枚外して、重量調整したんだぞ」
「……えっ」
装甲外し、と呟いたザイツは、思わずしがみついている手に力を込める。
「……だ、大丈夫なのかそれ?」
「当たらなければどうという事はないんだぞっ」
「……」
恐怖がぶり返しそうな気がしたので、ザイツは聞かなかった事にした。
一方安心できない言葉をザイツに返したコリンは、飛行士座席の前方に発動している魔力映像を睨み、表情を引き締める。
「追跡役から、オレンジ七号の飛行経路がどんどん更新されて来てるんだぞっ」
「ケイトからか。オレンジ七号はどんな感じだ?」
「――近いんだぞ!! 水面近くを飛んでて、このまま一直線で進めば、三十数える内に目標のブレス射程圏内だぞ!!」
「もう追い付いたのか。あっという間だな」
コリンの指示で、奇襲部隊は飛行速度を落とす。
視界は暗く、高度を上げて飛んでいるワイバーンの周囲に物陰は無い。
だがそれでもオレンジ七号に接近したのだと知らされれば、ザイツの気も自然に引き締まる。
「――でもオレンジ七号は……ウロウロしてるんだぞ。あっち行ったり、こっち行ったり。真っ直ぐ飛んでないんだぞ。この辺からは離れないみたいだけど」
「ふぅん? 飼育されて育った割に、野生部分も残ってるのかな?」
野生動物や魔獣が安全のため、一直線に巣穴へと戻らないのは常識だ。
「それとも、尾行に感づいて、まこうとしてるとか?」
「それなら無駄な時間を使わず、すぐに追跡役かオレらを襲ってくると思うんだぞ。今まで追いかけたワイバーンは、みんなそうやって落っことされたんだぞ」
「そうか。それなら今の所、順調なんだな? ……この下を、飛んでるんだよな?」
「……」
コリンは手綱と操縦桿を握り締め、オレンジ七号が居るはずの下方を睨む。
曇天である夜空にはワイバーンが発信する弱い信号光以外の灯りは無く、その闇の中で編隊を組んで飛ぶ事ができるコリン達ハーフリット飛行士達は、やはり訓練を積んだ兵士なのだとザイツは感心する。
「――俺、夜戦は得意なんだぞ」
そんなザイツにコリンは固い声で、ややずれた言葉を返した。
「視界良好な白昼戦だと、エスター隊長に歯が立たないけれど、真っ暗な悪条件での戦績だけなら、負けてないんだぞ。……俺と相棒、夜目がすごくいいコンビなんだって、バジル様に褒められた」
「うん」
「……だから、大丈夫。……作戦は必ず成功する。……隊長の代わりに、オレンジ七号を止めて見せる。……あいつを助けてみせる。……もう一度頼む、力を貸してくれザイツ」
オレンジ七号に追い付き、作戦決行を待つばかりであるこの時に、やはりどうしようもない緊張を感じているのだろう。コリンの声には、強い決意と共に不安が見え隠れしていた。
「――言ったろ? なんとかしてやるって」
そんなコリンに、ザイツはそのために来たのだと示すように、ザイツは手甲に装備した複数の呪具を振る。
高機能各種のそれは、事前の準備として、わざわざ夜市で馴染みの闇商人を見つけてザイツが買って来たものだった。
幸いザイツには、呪具の材料になる妖精魔法力という回復可能な商品があるので、かなり高額なものも身を削って、複数手に入れる事ができた。――その反動で丸一日、身体のあちこちが不自由だったが。
「オレンジ七号がたとえ重症を負っても、これだけの回復系呪符があれば、死んでなければなんとか助けられる。俺だって、雇い主の信頼下げたくないんだ。できる限りの事はするから、お前も全力出せ」
とにかく、そこまでやったザイツも、失敗する気などない。
エスターのためでもなく、エスターを守りたいと願うコリン、そしてキョウのためでもなく、ザイツはただ、自分のためにこの作戦を成功させたいと思っていた。
「任された仕事を成功させるのが、冒険者として最も信用を得る手段なんだよ」
「信頼、されたいのか?」
「勿論。信頼はワリの良い仕事、良い報酬に繋がるもんな」
「……お前、すっごく俗物なんだぞ」
「その通り。冒険者は、衣食住固定給保証の兵士とは違うんだよ。……だから、生活かかってる俺のやる気は信じていいぞ」
コリンはしばらく沈黙して考え。
「……成功したら、俺もお礼を出すんだぞ」
ザイツが最も喜びそうな言葉を返した。
「現金で頼む。できれば今価値が跳ね上がってる、魔王国通貨で」
ザイツは注文をつけた。
「お前な――」
魔力映像からケイトの声が響いたのは、コリンが苦笑して言い返そうとした、丁度その時だった。
《「追跡役から情報配信先へ。追跡役から情報配信先へ――ガガ――ピ」》
「――っ」
雑音と共に聞こえてくるケイトの声に、その場の皆耳を澄ます。
《「オレンジ七号が不規則飛行する区域中央付近に、孤島発見」》
《「更に孤島一部区画に、人族に近い生命魔力反応感知」》
《「オレンジ七号の、目標地点である可能性高し」》
《「奇襲役、交戦タイミングを見極められたし」》
《「繰り返す――」》
ケイトの言葉に、その時が来た事が判った。
「――隠れ家! 見つけたな!」
「よし!! ――あれか!!」
魔力映像のオレンジ七号飛行経路の中に、ぽつりと青い×印が浮かぶ。
「アレだザイツ!! この×印は、あそこを指しているんだぞ!」
「……あそこ」
曇天から、僅かに月明かりが差し込んできたのはなんの偶然か。
コリンの声でザイツも恐怖を抑えて下を凝視すると、広く暗い海の中に、水面とは違う質感の点が、ぽつりと浮かんでいるのがなんとか確認できた。
『島――こんな何もない場所に? ……人里があるのか、それとも無人島か?』
目標地点を確認したコリンは、信号光を振り、奇襲部隊に指示を出す。
「降下指示があるまで高度を保ち空中に待機!! 更にブレスファイヤ、遠距離砲準備!!」
安全を確認し、安らげる巣穴に戻って来たオレンジ七号に生じる一瞬の隙を突き、背後を狙い、そして討ち取る。
『目指すはブレス攻撃での一撃戦闘不能。――落下しても大丈夫な低高度でうまく昏倒させられれば、生きたまま捕縛も可能だ。――俺はこの一瞬に賭ける!! お嬢様!! 待っていてくれなんだぞ!!』
共に飛ぶ仲間、そして後ろにしがみつく味方に力付けられ、コリンは握り拳に戦意を込めた。
「……おい、バカラス、お前も一応、魔法詠唱準備しとけ」
【Zzzz……ふみゅ? ね、寝てないであるぞっ?】
「自白してんじゃねぇ」
【あいたっ?!】
―何故だ―
一方同じ頃、オレンジ七号は言いようのない不快な感覚に悩まされていた。
―もう追っ手もいない。帰ってもいいはず……なのに。何故だ、何かがおかしい―
それはオレンジ七号が長年戦場で培ってきた、直感のようなものだった。
一瞬が生死を分ける場所で飛び続け磨き続けた直感は、オレンジ七号の危機を何度も救った。だからこそオレンジ七号の本能は、直感を信じていた。
―……もう帰りたい―
だがそれでも、仇を見失い意気消沈したオレンジ七号が、それ以上警戒を続ける事はできなかった。
―……大丈夫だ。……誰もいない……帰ろう。捕まえた魚を食べさせてやろう―
オレンジ七号の片カギ爪には、道すがら捕らえた牛ほどの大魚がビチビチと暴れている。
―丸々太った新鮮な魚だ。……あの子達もきっと喜ぶ。……お腹いっぱい食べさせてやろう―
新鮮な魚を見て喜ぶ姿を思い出すと、帰りたくて仕方がなくなる。
―……帰ろう―
オレンジ七号は大きく旋回し、一度離れたその島へと、一直線に向かい始めた。
「――来た!! 来た来た来た!!」
その飛行経路を確認したケイトは、オレンジ七号が今度こそ、目標地点の島へと戻っているのだと確信した。
「オレンジ七号、一直線に目標地点へ接近。オレンジ七号、一直線に目標地点へ接近。奇襲部隊、作戦決行のタイミング有り。奇襲部隊、作戦決行のタイミング有り」
飛行経路情報と共に言葉を送るケイトは、秘かに島に生い茂る巨大な原生林に隠れるほど降下して、オレンジ七号の姿を捜す。
そしてやがて、遠くからゆっくりと、一体のワイバーンが近づいてくるのを肉眼視する。
「――頼むよ奇襲部隊。……多分今のオレンジ七号は、これ以上ないくらい『帰りたがっている』はずだ。……気持ちが急いている今なら……頼む」
ケイトは上にいるはずの奇襲部隊を見上げ、作戦の成功とオレンジ七号の生き残りを、秘かに祈った。
「っ――降下!」
ケイトから配信された言葉を確認すると同時に、コリン率いる奇襲部隊は目標地点へ向かって、オレンジ七号の後を追う経路で、降下飛行を開始した。
音も無く落ちるように飛ぶワイバーン編隊は、一糸乱れぬ動きで目標へと迫る。
『――いいぞ、僅かな光で――見える!!』
先頭を行くコリンの目に、巨木に包まれた孤島と、その島へとゆっくり近づいていくワイバーンの後ろ姿が見えた。
ワイバーン――オレンジ七号は、片足に暴れる魚を持ちながら飛び続け――やがて島でも一際目立つ巨木の、地面に近い場所に在る、分厚い枝へと降り立った。
『――よし!!』
喜びに叫び出したくなるほど、良い位置と体勢だった。
そして急降下する奇襲部隊は、その絶好のタイミングで、オレンジ七号の背後をブレス射程圏内へと捕らえる事ができた。
『よし――よしよしよし!! いけるんだぞ!! ――いくんだぞ!!』
即放てるよう、ワイバーンの口の中で輝くブレスがうねりを上げる。
オレンジ七号は気付かず、その背後は無防備なままだ。
それは正に――千載一遇の奇襲チャンスだった。
「――っ!!」
コリンはブレス発射の合図を、出した。
奇襲部隊は一斉に、ワイバーンの魔法攻撃、ブレスファイヤを放った。
外すはずのない、最高の一撃だった。
それを見た者は皆、オレンジ七号の被弾と撃墜を確信した。
だが
「――っ?!」
――その瞬間、オレンジ七号が掴んでいた大魚が、大きく跳ねた。
『な――』
当たり前だが捕らえられていた魚に、作戦をどうこうする気など全く無かった。
魚はただ、絶望的な己の運命から逃れようと、最後の全力を振り絞って、思い切り――オレンジ七号の『背後』にまで、飛び出しただけだった。
『う――そ!!』
オレンジ七号は、当然魚を追って、背後を――背後に迫るブレスファイヤの輝きを見た。
【グャアアアアアア!!】
オレンジ七号は、本来なら到底避けきれない程至近距離に迫るブレス攻撃を、全本能と全神経を総動員して、回避した。
「そ――んな!!」
――奇襲は失敗した。




