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次期魔王に雇われたが何かがおかしい  作者: 宮路広子
空の英雄と魔王女一行 ~ワイバーンは何が欲しい騒動~
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82 一撃必殺するが何かがおかしい

――いない? ――消えた?―


 撃墜した『仇』達にブレスと牙爪で追撃して殺そうとしたオレンジ七号は、『仇』達が海に落ちた途端、『仇』の気配がその場から消えてしまった事に狼狽えた。


―あいつらが消えてしまった? どこだ竜騎士? レッドドラゴン? どこにいる?―


【消臭薬を撒け!! 匂いを速やかに消すんだ!!】

【やっぱり匂いを消すと、これ以上攻撃してこないな……とにかく帰還だ!!】

「おなかへったんだぞー」

「おやつたべたいんだぞー」


―……仇ではなかったのか? いや、仇だった。忘れるはずもない。あの臭いは―

―だが……消えてしまった―

―下で蠢いているのは、仇ではない―

―……仇ではない者に……襲いかかってしまった?―


 油断無く宙を旋回しながら、オレンジ七号は消えた仇を捜す。

 だが当然、その場に仇は存在しない。


―……また見失ってしまったのか……―


 落胆と焦燥を憶えながらも、オレンジ七号の闘争衝動は急速に収まっていく。

 オレンジ七号は勇猛ではあったが、狂暴ではない、。

元々平和なハーフリット庄で陽気なハーフリット達に育てられたオレンジ七号は、敵以外に害を与える事の無い、温厚な気質だった。


―……帰らなくては。……あの子達が待っている―


 憤怒と衝動が収まり冷静な思考が戻ってくれば、オレンジ七号の脳裏にはまた、自分が今守っている者達の姿が浮かぶ。


―……そうだ。……帰ろう―

―あの子達は……守らなければ―

―約束……した……―


 海に落ちた者達を庇うように、船から自分へと発射される魔砲撃を難無くかわし、オレンジ七号は風に乗り速度を上げる。


―……帰ろう……―


 いつも通りの鋭い飛行。

 だが仇を見失った落胆した脱力感からだろうか。周囲を警戒しているはずのオレンジ七号の感覚は、遥か上空から自分を解析している、黒塗りワイバーンの騎乗者を捉える事はなかった。



「――よし! 彼女の索敵(サーチ)と繋がったぞ!」


 その同時刻。飛空母船エギーリャ管制室で作戦進行を確認していたジェレミアは、管制室の魔力映像処理機(モニター)へと送られて来た、ケイトの精霊魔法索敵(サーチ)で表示されるオレンジ七号追跡図に、思わず拳を握った。


「情報拡散を避けるため、軍人でも軍属でもない彼女に作戦の一端を担わせてしまったが……人族(ヒュー)の精霊魔法も、なかなか大したものだな」

「ケイトは、人族の中でも高ランクの冒険者らしいぜ」

「なるほど、度胸もあるはずだ」

「惚れるなよ~」

「誰が人族などに惚れるか!! 無節操なお前と一緒にするなハウルグ!!」

「ま、否定はしねぇがよ……」


 ジェレミアの後ろで軽口を叩いたハウルグは、それでもやや真面目な表情で、追跡図を睨む。


「……追跡が、オレンジ七号に感づかれねぇといいがな。速度と隠密性を重視したせいで、ケイトが乗ってるワイバーンはとことん軽装甲なんだろう?」

「交戦になりそうなら逃げるよう命じている。……彼女と彼女を運ぶワイバーンの役目は、あくまでオレンジ七号を精霊魔法索敵(サーチ)で追跡し、その追跡経路を今から出撃する、追撃組に伝える事だ」


 これが作戦の第四弾。

 おびき出された後、隠れ家に帰るオレンジ七号の追跡だった。

 オレンジ七号に感知されないギリギリを、追跡用ワイバーンにのったケイトが追いかけ、ケイトが精霊魔法索敵(サーチ)で表示した、オレンジ七号の逃走経路とその目的地である隠れ家の位置を、エギーリャの管制室へと送る。


「――そしてその情報を使って、追跡役の後ろを、オレンジ七号奇襲役が追う」


 更に作戦第四弾の直後に、作戦第五弾の決行メンバー達が出撃する。

 作戦第五弾。その目標は、隠れ家に到着したオレンジ七号への、背後からの奇襲だ。


「ここでしくじって逃げられたら、オレンジ七号が隠れ家を捨てて、どこかに逃げて行ってしまうかもしれないからな。――卑劣だろうがここは、多勢に無勢の奇襲で、速攻勝負を決めてやるぞ」

「……勝負を決めるのは、奇襲組か」

「エスター少尉ならば、オレンジ七号の一瞬の油断も見逃さず、やってくれるさ」

「……」


 ハウルグは、管制室内に多数浮かんでいるモニターの中の一つに映る、エギーリャ甲板の出撃発射台に目を向けた。

 作戦決行命令を受けた飛行士と後部魔撃手達が、次々甲板に出て来る。

 その中で防護帽(ヘルメット)の留め紐を、しっかりと締め直している小柄なハーフリットの娘が、第五作戦決行メンバーの責任者、エスターだ。

 その冷静に引き締まった表情には、既に迷いは無い。


『……最も能力のある適任者に、重要任務を与える。……全く間違っちゃいない。……間違っちゃいねぇが……それでももうちょい、配慮してもいいんじゃねぇか? 彼女しか使い物にならないって訳じゃねぇんだろうし』


 それでも若い娘の辛い心情を思ったハウルグは単純に、気に入らないと思った。


『……さてと。……気に入らないどころか、エスター少尉の起用に大反対してた魔王女殿下は、果たして大人しくしてるかねぇ?』


 そして危惧のような期待のようなハウルグの疑問は、この数分後解決するのだった。



 敵と戦う事への恐怖は、自ら髪を切った時に捨てた。

 敵を殺す事への躊躇いは、初陣で捨てた。

 ――それでも、敵でなかった大好きな者と戦う事への恐怖、殺す事への躊躇いは、まだ捨てる事ができない。


『……捨てなくてはならない』


 冷徹な表情で騎乗準備を進めるエスターは、そんな自分の迷いを振り切るように防護帽の留め具を固く締め、手袋をきつく締めた。

 普通の子供だった頃には無縁だった、無骨な魔王軍の装備を肌に感じていると、自分の立場を再認識できるようだった。

 エスターは自分の感情も過去も忘れ、ただ敵を倒す兵士としての自分だけを、今この場では示そうと努めた。


【問題ないネ?】

「ええ。そっちも大丈夫ね?」

【任せるヨ~相棒! このサファファ姐サンに、ドーンとおまかせダネ~♪】


 いつも通り心強い後部魔撃手サファファと挨拶を交わし、敬礼する隊員達に頷き返し、魔王海軍ハーフリット飛行士、エスター少尉の姿を保つ。


『立場上手加減はできない。……ならばせめて、オレンジ七号を一瞬で苦しみから解放してみせる』


 オレンジ七号にできる唯一の手向けを決意し、エスターは苦難を共にしてきた愛竜に乗り込もう――としていた、その時。


「え――エスターさぁあああああああああん!!」


 ものすごい勢いで甲板へと走って来る者がいた。キョウだ。


『ひっ?!』


 自分の倍は身長がある長身美女が、突如眼前に迫ってきた迫力にエスターは一瞬怯えるが、自分の立場を思い出して気合いで耐え、冷静に一礼する。


「い、いかがなさいましたか、魔王女殿下?」


 エスターの言葉に、キョウは目を潤ませエスターを見返す。


「……お、お見送りに来たんです。……ごめんなさい……私、何もできなくて……」

『……ああ』


 怜悧な美貌には不釣り合いな、その泣きそうな表情に、エスターは子供の頃のコリンを思い出して少し気持ちが和む。


『素直でお優しくて、少し泣き虫な方なのね。……どうする事もできないなんて、王族の方がお気になさらなくてもいいのに……』


 少なくとも自分を心配しているのが判るキョウに悪感情は抱けず、エスターはできるだけ穏やかな声で、キョウをなだめる。


「身に余る御厚情を賜り恐縮にございます、魔王女殿下」

「エスターさん」

「なれど私は、魔王軍の兵士。軍に貢献する事こそ本懐です」

「……」

「どうか、これ以上私のために、お心をお痛めなさいませんよう、お願い申し上げます」


 キョウはじっと真剣な目でエスターを見つめ、そしてエスターの手を取る。


「……」

『握手? ……激励?』


 王族に畏れ多いと思いつつも、離すのも無礼だと思い、そのままエスターは、一礼と共に頭を下げる。


「……エスターさん」


 キョウはそんなエスターの手を両手でしっかりと握り――握り締め、エスターにしか聞こえない小さな声で、一言呟く。


「――ごめんなさいっ」

「え――――」


 その直後に響く、ゴッ!!!!! という鈍く重たい音と、エスターの頭部を襲う激痛。


「?!!!!」


 そしてカラン、と音を立てて甲板に転がる、ぱっくりと割れたエスターの防護帽。


『――え――なんで防護帽――割れ――――――頭突き?!!!!』


 体勢に気付いたエスターが朦朧とする意識の中キョウを見上げると、キョウは痛いのか泣きそうな表情で額を抑えながら、小さな声でもう一度呟いた。


「……ごめんなさい、エスターさん」

『……? ……??』


 意味が判らないまま、堕天魔族(フォルディノー)の怪力で脳天を強打されたエスターは気を失い、そのままズルズルと、為す術無く甲板へと倒れ込んだ。


「た――たいちょぉおおおおおおおおおおおおおお?!!」

「エスターたいちょぉおおおおおおおおおおおおお?!!!」

「エスターぁあああああああああああああああああ?!!!」

【魔王女殿下ぁああああああああああああああああ?!!!】


 魔王女が、魔王軍士官を頭突きでKO。

 突如勃発した惨事に、作戦決行寸前の甲板周辺は、騒然となる。


「……うぅ、ザイツさんこれ、強引すぎますよぉ……痛かった」

「一撃必殺、流石だ姫」


 そんな中で、涙目のキョウとやや離れた場所にいるザイツは、こっそりと視線をかわし合う。


「反対しても駄目、命令を覆す事も難しい――なら、作戦決行直前に、エスターが不慮の事故にあって出撃不可能になってしまえばいい」


 ザイツが考えた、単純だが効果的なエスター出撃妨害工作だった。


「ま――魔王女殿下!! こ!! これは?!!!!」

「うっわ……防護帽子が真っ二つとか……痛そうだな」


 やがて惨事を見たか報告を受けたか、管制室から駆けつけてきたジェレミアとハウルグに、気絶したエスターを横抱きに抱えたキョウは、ザイツに入れ知恵されたまま、堂々と言い放つ。


「すいません!! ついうっかり下げた頭が、エスターさんに当たってしまいました!!」


 うっかり?!! うっかりなの?!! と、騒然とする周囲は更に驚く。

 

「あ……貴女様は!! 殿下ぁ!!!」


 流石に誤魔化されないジェレミアは激怒するが、立場上それ以上は言えない。ハウルグはなにやら苦笑いを噛み殺している。


「エスターさんをノックアウトして、作戦に重大な支障をきたしてしまったのは、私の責任です!! ですので、エスター少尉無しで作戦決行に当たるワイバーン飛行士さんに、私が助力します!!」

「な――なっ!! 殿下自ら交戦など許されません!! 貴方様に何かあれば、マーマン族ハーフリット族ゴブリンシャーマン族、それぞれ皆断罪されます!!」

「そんな事は、魔王陛下はしません!! 自分の責任は自分で果たすのが、魔王家に生まれた者の務め……らしいです!!」

「らしいて」

 

 キョウに続いて、ザイツが声を上げた。

 ザイツは発射台で呆然と立つコリンへと近づき、その座席から予備の防護帽を一つ手に取ると、ジェレミアに聞こえるよう叫ぶ。


「――奇襲部隊には、魔王女殿下が信頼する使い魔、そして護衛も協力する! 殿下をお守りする俺らは、それなりに役に立つぞ!」

【? 良く判らないが、姫様のため、お役にたつであるぞーっ】


 準備と思い切りが良すぎるザイツの発言に、ジェレミアは剣呑な視線でザイツに怒鳴り返した。


「っ――貴様か!! 魔王女殿下に妙な入れ知恵をして、エスター少尉を妨害したのは!!」

「さぁ? でも、悪い話じゃないだろう? 姫は蘇生まで使える高位聖属性魔法使い、このバカラスも暗黒魔法の使い手だ」

「――っ」

「時間は迫っている、人員にも限りがある。使える者ならなんだって使ってしまいたいと、実は思ってるだろうあんた?」

「くっ……」


 内心を見透かされたジェレミアは、一層剣呑な視線をザイツに向けた。


「お前の負けじゃね? ジェレミア」

「ハウルグ!!」


 一触即発になりかけた場の混乱を制したのは、ハウルグだった。


「――ですが、交戦目的のワイバーン騎乗は、魔王女殿下には無理ですね。使うなら、ザイツとカンカネラだけだ」

「えっでも!」

「それが一番、面倒にならないんです。……貴女に不測の事態が起きて、老い先短いバルトロ老を斬首させたいんですか? 魔王陛下は許しても、宰相閣下や大貴族連中はうるさいですよ」

「えぇ?! ……うぅ」


 ちらりと視線を向けるハウルグに、ザイツは頷く。

 ザイツは、キョウの参戦はダメで元々だと思っていた。そしてその辺りが、ジェレミアやバルトロの妥協点だろうとも思った。

 

「―― コリン一等空士!! この中で一番翼が強いワイバーンはお前の騎竜だ!! エスターの役目はお前が果たせ!! 助力に人族を乗せろ!! 足手まといなら海に落としてしまえ!!」


 やがてジェレミアは、様々な葛藤を噛み潰したような苦い顔で、吐き捨てるようにそう命じた。


「っ――コリン一等空士、任務了解しました!! なんだぞ!!」


 呆然としていたコリンは、やがてやや明るい表情になってジェレミアに返すと、敬礼した。


「本当に、落とすなよ?」

「落とさないから、力を貸してくれなんだぞ!! ――俺!! エスター隊長の代わりに、必ず役目を果たしたいんだぞ!!」

「……任務了解。なんてな」


 こうしてエスターを欠けた奇襲部隊に、ザイツは加勢する事になった。


「……ところでザイツ、お前空飛ぶのはもう、大丈夫になったんだぞ?」

「…………いや。だから乗っているワイバーンが、地面を走ってるんだと思う事にする」

「……無理ありすぎなんだぞ」

「……」

キョウ「でもこのヘルメット、ちょっと弱すぎじゃないですか?」

ザイツ「……ああ、そうかもな」

キョウ「ですよねーw いくらなんでも、頭突き一発で真っ二つとか」

ザイツ「……」

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